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第39話「とっておき」

後半に不快になるかもしれない表現があります。

(グロ、エロではありません。人間関係です)

お気をつけください…ヾ(・ω・`;)ノ

 ティルベルの警戒が解け始めているのを感じた。迷宮などといった危険地帯でなく一対一であるので、完全に武装を解くつもりのようだ。もう勝った気になってしまったのだろう。自信があるのは良いが、過信は良くないよ……と私は心の中でにんまり悪人顔を作った。

 その間にも目の前の怪物ウサギは行動を阻害され、四肢を抉られてゆく。遂に要となる胴体を断裂されて、怪物はぐらりと傾きそのまま倒れながら燃え尽きた。

 したり顔のティルベルと目が合い、無言の中に「降参すべきではないか?」という嘲りのようなものを感じた。

 私は警戒の薄いままなんとなくといった風に攻撃魔法を準備しているティルベルに視線を投げかけた。まだ続けようという意味を込めたが、しかし、彼女はとうとう気付かずに杖を仕舞った。

「勝負あり、だな。今後は調子に乗らないようにするべきだぞ」

 ティルベルの勝利宣言。

 あぁ、もう。どちらかの降参か戦闘不能が決着の条件だから戦いはまだ続いているのに。


 私はそのまま無防備にこちらに歩いてくるティルベルを見つめた。そっと魔力を操作して彼女を捕らえる算段をつけていく。次第に無色の光が糸状になり、蜘蛛の糸のように舞いながらティルベルに絡みついた。

 だがそれだけでは一瞬違和感が感じられる程度なのだろう、彼女は気付かない。細く形作られた魔力の糸は、見るという意志がなければ見つけられない。

私も私で、細かい魔力の操作のおかげで鼻血が出ていたが……早さ勝負なので全力を注いだ。

 そしてティルベルは突然に動けなくなったのだった。


「ねぇティルベルさん。いつ、『私の切り札は植物魔法です』なんて言ったかな?」

 私は鼻血を拭いながら、いじけたように頬を膨らませてみせる。実際に少しつまらないな、と気分がしらけてしまっているのは確かだった。そんな私を見るティルベルは、どうにか杖なしでも魔力を魔法陣の形に整形しようとしているが時間がかかりそうだ。杖に頼るからそうなるんだよ。

 ティルベルは集中が途切れ霧散した魔力を見て舌を打ってから、小さく言う。

「騙し討ちか…」

 さすがに濡れ衣だと思ったが、説明して通じる相手じゃないので聞き流す。途端に弱気になったティルベルは体が僅かに震えてすらいた。恐らくこのまま私が勝ちを宣言するとでも思っているのだろうが、そんな気は毛頭ない。

 私は糸の魔力を散らした。ふんわりと光って身体を解放されたティルベルは驚愕の表情で尻餅をついた。そんなに驚かなくてもいいのに。

「ほら、仕切り直し。まだ終わってないよ」

 私はティルベルから距離を置きながら言った。もっと彼女の炎魔法を見たいし、私の『とっておき』も見せてないのだ……終わらせるわけにはいかなかった。

 改めて杖を持ち直したティルベルは後頭部に結ったブロンドヘアーを揺らす。杖を構えて真剣な表情だ。どうやら彼女も戦意はあるようで、昂った魔力が火の粉のようにキラキラと彼女を包んでいた。

 私はティルベルの炎魔法をじっくりと観察しながら己の右手に弓を持ち、熱気でじんわりと汗ばんだ手に力を込めた。

「炎帝、敵対者たる森の民を捕らえるんだ!フレイムカイザー!」

 そしてティルベルが珍しく詠唱と魔法名詠唱をしたときに、私はその炎に見蕩れながら「慣れていない魔法なんだ」と呟いた。目の前に在るのは私のまだ到達していない領域、上級魔法の迫力は中級魔法なんかと比べてはならないと思えるほどであった。

 炎属性上級魔法フレイムカイザー、それは全身を炎で形成された巨大な人型、通称炎帝を作り出す魔法だった。

 系統は私の使った植物製の怪物ウサギの魔法と似たような魔法だが、上級魔法とされるだけの威力と魔力消費量、難易度を有している。

 未だ見蕩れる私に、炎帝は手にした炎製の剣を振るう。ウサギと違って自律行動をするタイプのようで、剣筋は素人(ティルベル)のものではなかった。即座に水の盾で防ぐが圧倒的な熱量に耐えきれず盾は蒸発し、私は飛び退くことで回避する。その際に幾つか水の盾を創り出し剣を逸らすことも忘れない。

 逃げの一手をとる私を見てティルベルはドヤ顔でその場に留まっているが、恐らく彼女はもうほとんど魔力残量が無いはずだ。上級魔法は消費がどでかいから。

 私は床を踏みつけて私を潰そうとする炎帝から距離を取り、指先をはしらせて空中に文字を描く。私も慣れない魔法を使うことにした。その魔法は魔力操作だけではまだ安全に使うことが出来ないので、指で描いた。

 そこに炎帝が追い打ちをかけようと数歩踏み出してくるが私は堂々と待ち受け、ひんやりとした冷たい蒼の魔力を錬成していく。炎と水の魔力を合わせるとできるこの魔力属性は……氷。

 恐らくまだティルベルも見たことのないであろうその魔力の色に彼女は怪訝な表情を見せるが、警戒はしつつも『見てみたい』という気持ちが勝るのだろう、手出しはしてこなかった。

 そして魔法陣を完成させた私に、炎帝が私に拳を振り下ろした。私の魔法との接点から、白い煙が大量に舞った。


「きたきたぁ」

 楽しそうに頬を吊り上げる観戦者・トーマは観戦している全員を炎属性の防壁で包んだ。誰もそれに気付かぬうちに、私の魔法は室内演習場を覆い尽くした。


 白い粉が舞い塞がれていた視界が開けた時には、炎帝は巨大な……氷山という表現の方が相応しいほどの氷に貫かれて動きを止めていた。炎と氷がせめぎ合い、なかなかどちらも消えないが、舞った氷や水の粒が炎帝を多方向から攻め立てる。

 ティルベルに至っては対処に遅れたために両足が氷の中に埋もれ、動けない状態だった。残り少ない魔力で炎を生み出し溶かそうとするが、上手くいかない様子だった。

 一瞬のうちに冬になった演習場だが、この魔法は本来そこまで強くない。密閉された空間だからこそここまでの効果を発揮できたのだ。

 この氷魔法はおじい様が研究中の『新しい魔法』。私はそれを教えて貰ってから、おじい様の協力者として実験や改良を重ねていた。まだ正式に登録されていないためギルドカードには載らない、隠し玉である。

 遂に魔力が尽きたティルベルは杖を取り落とし、それを合図とするように炎帝が押し負けて消えた。


 自信を喪失した様子のティルベルが座り込んだ。足が固定されているのでとても座りづらそう。私はトーマに頼んで部屋中の氷を溶かす作業を始めてもらい、同時にティルベルに魔力回復薬を手渡した。

 彼女は遠慮などせずにそれを受け取ると、一気に飲み干した。そしてそのまま回復した魔力の一部を消費して足を覆っていた氷を溶かす。肌が少し赤くなっていたが、彼女は強がって「大丈夫だ」と言った。

 それからティルベルも解凍作業に取り組み始め、一気に氷は溶かされていった。そのおかげで水浸しになった演習場だが、水魔法の処理は演習場のシステムに組み込まれているので簡単に終わった。

 私は元通りになった演習場の出入口に集まった幼女守護団のメンバーの中心で、笑顔になる。

「片付けの手伝い、ありがとう!」

 私がそう言うと、トーマが頭を撫でてくる。彼は私の氷魔法を知っていたとはいえ、あの状況で咄嗟にみんなを守ってくれたのだ。だから、子供扱いは好きじゃないが甘んじて受け入れる。

 そして頭を撫でられている私を囲む幼女守護団の輪の中にはティルベルの姿もあった。

 彼女は負けたことが余程ショックだったのか、焦燥した表情で棒立ちだった。自信満々で仕掛けた試合で圧倒的な力の前に屈することとなった…Aランク中位まで苦労はしつつも負けは無かったティルベルにとって、ここでの負けはとても大きなものだったのだ。

「私は強くないといけないのに……」

 悔しそうに唇を噛む彼女は、いつもの彼女と別人に見えた。いつも輝いて見えた彼女は、そのぶん影も濃かったようで。

「貴族に…騎士爵に……」

 彼女の無念の言葉は私の頭に強く焼き付けられた。


 私たちはそのまますぐに、ティルベルを残して室内演習場をあとにした。なんだか後味の悪い試合だったなあ、と思いながら。

 翌日の教室、そして授業では、いつも自信満々に挙手をして正答するティルベルが一言も発しないためにクラスメイトたちがひそひそと噂話をしていた。

 やれ親に叱られただの高ランク冒険者に打ちのめされただの、その噂話はまとまりのひとつも感じられないものだったが、その会話こそがティルベルに追い打ちをかけていた。

 始業ギリギリに登校した私たちはその様子に『まだ気にしているのかな』と申し訳なく思ったが、その想いは彼女になんの影響も与えない。

 玉の輿を狙う下級貴族や彼女の取り巻きたちは普段通りに接するが、ティルベルは必要最低限の発言のみ、ほとんど口を開かなかった。

「トーマ、あれ、私のせいかなぁ」

 少し憂鬱な気分になりながら、私は問うた。視線の先ではティルベルが心なしかしょんぼりと垂れているように見えるポニーテールとともに在った。取り巻きもチラホラと「触らぬ神に祟りなし」とばかりに距離を置き始め、とうとう一人になっていた。

 どんよりとした空気が彼女を包み、噂話はさらに膨れていった。


 五日後、いつもより早く登校した私たちは他クラスの女子までもが教室に集まり声を潜めて話している現場に遭遇した。内容は尾ひれのつきまくった……というかそもそも掠ってもいないティルベルの噂話。女子は本当にこういうのが好きだ。

「あたし、ああいうネガティブな噂はあんまり好きじゃありません」

 リリアはそう言うが、まぁその通りに嫌々話に付き合っている生徒もいるのだろう。話の中心人物は取り巻きたちのようで、心配している声よりも黒い感情を孕んだ声が目立っていた。

 それでも気にせず自分たちの席に座ると、彼女らも気にせずに会話を続けた。

「ちょっと強くて身分が高いからって、いちいち校則違反とか注意してきて、少しうるさかったから」

「確かにね〜今くらいで丁度いいかも」

「でも何があったんでしょうね〜。相当深刻な問題のようですが」

 ……どうやら私に絡んできた以外は模範的な生徒であったようで、生徒代表として選ばれていたことにも納得した。貴族が権力を振りかざすことが少なく、貴族とは人民を導くものという信念を掲げているこの国の貴族として相応しい人物なのだろう。

 とはいってもその傾向は私が生まれた頃、つまり約十六年前に出始めたもののようで、ここにいる貴族には古い思想のものもいる。会話をしている生徒もその類だろう。

 それにしても校則違反を注意した……正しいことをしても疎まれるなんて、向こうでも大体同じだったし皆そうなのかなぁ。

 日本で学生をしていた頃、私はティルベルのように模範的な生徒を目指していて、一部の人に陰口を言われていたのを聞いた。確か、ちょっと可愛いからって化粧のことチクるとか性格は酷いブスだよね〜とか言われていたっけ。

 トーマもバウも、他の二人も噂話に聞き耳をたてているようで一言も話さなかった。その間にも窓から日差す爽やかな朝は、黒い言葉たちで汚されていった。

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