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第4話「はじめての場所」

思った以上に長くなりそうだったので、当初の予定より進みませんでした(⌒-⌒; )

 私はずっと一緒にいてくれたリスさんとお別れして、玄関に入った。振り返れば、林の木々と薄闇の間に蛍のような光がふわふわと浮かぶ光景を目にすることができた。

 綺麗で儚げなその風景に嘆息した後、私は少し大きな声で言う。

「ただいまー!」

 するとどこからともなく現れたのは若いメイド。黒髪ロングのストレートの彼女は私に深くお辞儀をして、「おかえりなさいませ」と挨拶した。

 私はメイドに軽く会釈して軽く怪我の有無を確認されて、そのまま自室に向かう。とりあえず部屋着(ワンピース)に着替えてから、それから何をするか考えよう。

 部屋についてすぐ、私はキュロットスカートを脱ぎ捨てた。その際にお尻のところに草の汁が付着していることに気付いてしまい、背中にも付いていると予想して項垂れる。

 上着を脱げば、やはり草の汁が付着していた。

「怒られるかなぁ」

 私は淡い色の服を着ていったことを心の底から後悔しつつ、呟いた。今すぐ洗えば落ちるかもしれないので、着替えが終わったらとりあえず洗面所に行こう。

 一階の洗面所には灯りが点いていなかった。いつもは魔石の魔力を使ったランプが点灯しているので、おそらく魔石切れを起こしたのだろう。見れば、魔石を入れるところに一つも魔石が残っていなかった。

「ここに使える屑魔石はもうお家に無いから、おとう様に言って買いに行ってもらわなくちゃ」

 私は仕方なく、魔力を指輪に込めて時導の魔法を発動させる。その時刻を知らせるエメラルドグリーンの光を照明代わりとして、作業を始めた。

 私は排水口に蓋をしてから、汚れた服を洗面台にある水道の蛇口のようなものの下に置く。そして蛇口擬きに微量の魔力を流す。すると蛇口擬きから水が流れ出てきて、すぐに洗面台を水が満たした。

「よぉし!」

 私はやる気に満ちた声を出して、じゃぶじゃぶとまず水洗いする。石鹸は水だけで落ちなかった時にだけ使う。ここでは石鹸はちょっと高いから、最初から使うのは勿体無く感じるのだ。前世から引き継いだ貧乏性である。

 なるべく服が傷まないように、汚れの部分を揉み洗いする。これで大体は落ちたが……。

「むぅ……石鹸、どうしよう」

 私は石鹸を使うか否か、迷っていた。これくらいの汚れならこの後はいつものようにメイドさん達に任せてもいい気がするが、落ちなかった時のことを考えるとなかなか決断できなかった。

 その時だった。

 洗面所のドアが開いて、先ほど玄関で会ったメイドが入ってきた。

 目が合うと、メイドは驚愕の表情で数秒間固まり、硬直から回復すると私から汚れた服をやさしく奪い取った。服は洗面台に置かれ、彼女は言う。

「中々汚れた服が来ないと思ったら、こんなところで。草の汁で汚したくらいでは誰も怒りませんから」

 メイドはしゃがみこんで私と同じ目の高さにすると、私の冷え切った手を握った。両手で包み込むように。

「まだ回復しきっていないかもしれませんから、体調には気をつけろと旦那様からのお達しです。……これからはちゃんと言ってくださいね」

 優しく微笑みながらそう告げた彼女に、私はムッとした表情を向けていたらしい。メイドは困ったように眉尻を下げて、それでもニコニコと笑みを絶やさなかった。

 どう返したらいいのか迷いに迷った私は、彼女の手をきゅっと握り返しながら言った。

「私ももう十五歳を超えたから、大人なのよ。だから、これからはちゃんと大人の扱いをほしいわ」

 おそらくこのメイドは新人だろう、セルカの記憶には無かった。加えて、見た目的に十代で私の精神年齢と近い。なんとなく、子供扱いは嫌だった。

 私の年齢を見た目通りだとでも思っていたのか、彼女は唖然として、こくこくと何度も頷いた。先程の台詞は同年代の令嬢に対しての言葉遣いではなかったため、それを自覚してか視線が彷徨っていた。

 私が握られたままの手に目を向けると彼女は「あっ」と小さく声を漏らして手を離し、慌てて濡れた洗濯物を抱える。怪我で療養している間に雇われた使用人のようだしあまり咎めるつもりはなかったけれど、メイドは礼をして逃げるように洗面所から退出した。

 流石に短期間で彼女の他にも新人を起用するとは思えないので同年代から子供扱いされる心配はなかろうが、忘れていなかったらおとう様に軽く尋ねよう。

 その後私は色々なことを考えながら、夕食や湯浴みを経て就寝した。そろそろ友達を作りたいな。


 朝になって、美味しい美味しい朝食を食べた後、私はおとう様に洗面所のランプの魔石切れの件を話した。

「そうですか、報告ありがとうございます。……そういえば、セルカは今まで王都に行ったことはありませんよね?」

 おとう様は私の頭をぽんぽん軽く叩きながら笑った。それがどうしたのだろう、と首を傾げる私に、おとう様は言った。

「丁度良いです。あなたももう大人ですから、そろそろギルドに登録しても良いと思います。そのついでに魔石を買ってきてください」

 その提案に、私は大きく頷いた。

 今やこの家ではギルドに登録していないのは私だけで、それ故に私は適性属性を自分で調べたのだ。なんだか昨日のことが少し無駄だったように思えたけど、登録時の不安が一つ減ったと思えば良い。

 でも、一人で行くのは見た目的に危険だと思う。

 私はおとう様を見上げる。するとおとう様は私の言いたいことを汲み取ってくれたのか「大丈夫」と一言言った。

 私はそれだけで誰か御付きの人をつけてくれるのだと理解し、ぱぁぁと笑顔になる。誰かと一緒に行動する機会が少なくて寂しかったのだ、嬉しくなるのも当然だった。

「今日なら手が空いている者がいるはずです。準備は直ぐにできますか?」

 魅力的な提案に惹き込まれた私は使用人のことはすっかり忘れて、準備を急ぐためにぱたぱたと走った。

 自室に戻りウサギのリュックサックに必要なものを詰め込み、私はキュロットスカートに着替える。やっぱり動きやすい方が色々と良いからだ。

 それから私は玄関に向かう。

 すると、そこにはおとう様と話をしているおにい様がいた。

「おにい様!」

 私は彼の服装が魔物討伐に行くときのような服装であることから、同行人がおにい様だと確信して喜んだ。おにい様は私を見ると「やっときたか」というように苦笑した。確かに少し時間がかかったけど。

 急かすように視線を向けるとおにい様は左手を目の前に差し出し、その手には少し大きめの革袋があった。袋を揺らせば、ジャラジャラと音がした。

「セルカ、父さんから受け取らずに部屋に戻っただろう」

 それはおそらく……いや、確実に魔石を買うためのお金だ。私は自分の失敗に気付いて恥ずかしさから赤面する。これでは本当に、目の前のことしか見えていないお子様みたいではないか。

「ごめんなさい……楽しみすぎて……。次から気をつけます!」

 私は恥ずかしさを誤魔化すように明るく言った。

 おにい様はそれを見て破顔する。いざ、王都へ!




 とはいったものの、我がエルヘイム家に与えられた領地は王都のすぐ南の森林(魔境)付近なので、王都にとても近い。

 この領地が与えられた当初は「厄介な土地を押し付けられた」やら「捨てられた」と、色々と言われたものだが、エルフにとって森は庭。おじい様の手助けとおとう様の活躍によって、魔境と呼ばれた森も整備され、今では領民も他領よりは少ないがある程度集まっていた。

 話が逸れたが、私の言いたかったことは……

「もう王都が見えてきたね」

 ……馬車に乗って街道に入ってからは、二十分ほどで王都に着く距離にエルヘイム領があるのだ。

 窓の外に見える高い壁と、その向こう側に先端を覗かせている王城が、もうくっきりと見える距離にあった。近付けば王城は見えなくなるが、代わりに壁の大きさに圧倒される。

 いちいち新鮮な景色に反応する私を見てくすくすと笑うおにい様はとてもかっこよくて、でも何故か私を見る目がたまに疑るような色を含むので、どうにか以前のセルカを演じようとした。その目が違和感からくるものなのかはわからないが。

 何はともあれ私は王都に着いた。

 朝早い時間とあってか、狩りに出る冒険者達とすれ違いはしたが入りの門の列は短く、護衛を連れた商隊が二、三団体並ぶだけだった。

「今日は運がいいね。遠征帰りの冒険者も居なければ、検閲に時間のかかりそうな商品を運ぶ商隊もいない」

「そうでございますね、スラントぼっちゃん」

 おにい様は御者と仲良さげにそんな話をしていて、私は一人でぼーっと門番の忙しそうにしている様子を眺めていた。もう少しで私達の番がくる。

「通行証かギルドカードを見せてください」

 門番は他の人に対するものと変わらない言葉をおにい様に投げかける。おにい様はキラキラ輝く黄金色のギルド証を見せると、私を一瞬見た。

「彼女は俺の妹で、セルカという。これからギルドカードを作りに行く予定だ」

 彼の言葉に門番は頷き、それから私の胸元に付けられたエルヘイム貴族の紋章(ブローチ)を見て、再度頷いた。

 そうして門を通り過ぎた私たちの乗る馬車。まだ太陽も登りきっていない時刻だというのに、窓の外にはたくさんの人がいた。朝市だ。

 新鮮な野菜果実をよく通る声で宣伝する八百屋さん、保存食を冒険者に売り込む老いた商人、高級感のある装飾品を並べて静かに微笑む占い師風の女性……朝だと思えぬほどの賑わいに、私は圧倒された。今までこんな賑やかな朝を見たことがなかった。

 私が感動していると、おにい様はまた馬車を降りてしまった。何事かと思えば「ついてこい」とジェスチャーで示されて、私はそれに従って、初めて王都に降り立った。

 丁寧に敷き詰められた石畳にふわりと着地する。

 おにい様は私が内部に物を忘れていないことを確認すると、御者に指示を出した。

「いつもの施設に預けてくれ。そのあとは買い物でも何でも自由にしていい……日が暮れる頃には戻れ」

 御者は指示を聞き終えると馬を巧みに操って人を避けながら街に消えていった。ここからは徒歩なのだろう、私はわくわくしながらおにい様の後にぴったりと張り付くようにして迷子にならないように歩いた。

「セルカも覚えておくといい。よっぽど偉い貴族か頭の腐った貴族以外は街中では馬車に乗らない。お前もこれからここに来ることがあると思うが、それだけは気を付けておけ」

 おにい様は私の頭に手を置いて言う。私はその言葉を受けて、

「なんで?」

 と首を傾げた。

 すると彼は楽しそうに表情を変えて、言った。

「だってよ、んなことしたら邪魔だろ?流石に貴族の法律には書いてないけど、ここでは暗黙の了解になってる。平民や商人から好かれない貴族は、どうしたって長く続かないんだ」

 何故このタイミングで笑ったのかはわからないが、おにい様はそのままペラペラと貴族について語り出した。得意げな表情で過去の貴族の失敗談やら没落までのストーリーを語っていた。現実味のないものやご都合主義が多かったので、おにい様は趣味でそういう本を読んでいるのかもしれない。

 私はおにい様の後について朝市の人混みに入る。満員電車と比べれば全然マシな人口密度だったが、この小さな身体ではどうも身動きが取りにくくて仕方がない。

 美味しそうな匂いの元や気になる宣伝の商品を見ようと背を伸ばすがガタイのいい冒険者の群れに阻まれて見えない。

 私はもやもやしながらもおにい様から離れないようにと買い食いを諦めて、おにい様の背中を見る。

 優しいおにい様。頼れるおにい様。セルカ()のことが大好きで、将来親バカになりそうなおにい様。私の自慢のおにい様。

 雪音は一人っ子だったから、改めておにい様を見ると、不思議な気持ちになる。あんまり似てないなぁ、とか、記憶の中のおにい様はみんな(クラスメイト)が言ってたようにうざかったりしないなぁ、なんて思ったりする。

 私って、本当にいい環境に転生させてもらえたんだな。

 私はフレイズ様とマジムのことを思い出して笑みを浮かべた。また会えたら、ちゃんとお話しして感謝を伝えたい。

 振り向いていたおにい様(スラント)は、急ににやけだしたセルカを見て釣られたように笑顔になった。

 しかしセルカはおにい様(スラント)が立ち止まっていることに気付かずにぶつかった。背中に全身を預けるような体勢になった。

「何か笑ってるところで悪いが、もうすぐそこに冒険者ギルドがある」

 おにい様は私の腕を引いて人混みから少し外れる位置に救出した。私は言われて初めて市場を通り抜けていたことに気付く。導かれるままに歩けば、通りの雰囲気が変わってくる。

 周囲には人混みは無く、ちらほらと冒険者がいて、その誰もが冒険者ギルド……であると思われるシンプルかつ大きな建物を目指していた。駆け出しのような若者冒険者、スキンヘッドの傷だらけ巨漢、お小遣い稼ぎの獣人の子供など、多様な人種の者がいた。

 私はおにい様の肩越しに冒険者ギルドの入り口を見る。この扉を開ければ、中には沢山の冒険者で溢れかえっていることだろう。

 おにい様に促されて前に出る。何かを察したのか周りの冒険者達は私たちを見て歩みを止めて、見守ってくれている。

 私は扉に手をかけて、それから一気に開けた。

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