第38話「炎だけが取り柄じゃないそうです」
「席につけー」
ナハト先生が怠そうに首を鳴らしながら、生徒に向けて声を上げた。やる気なさげな雰囲気は入学当初から変わらず、それが彼のキャラクターとして定着しつつあった。
必要事項のみ告げる連絡は省略されてほぼ挨拶のみとなった朝のホームルームは、すぐに終わった。一限目の授業は座学のため、ほとんどの生徒は教室内でグループを作って他愛無い日常会話を繰り広げる。
そんな中のひとつに、私はいた。
「今日の最後の授業って魔力操作技術の訓練だったよね」
私はルーンを起動して時間割りを表示しながら聞いた。時間割りには演習場での実習との表記のみだ。本当は前回の授業の終わりに先生が言っていたのだろうが、試合前で緊張していて記憶が不確かだった。
私の問いに真っ先に反応したのはライライで、彼は私と同じようにルーンバングルで時間割りを見た。どうやらメモ欄に書き足していたようで、彼は確信を持って、
「あってるのです」
と言った。
それを聞いた私は小さく頷いて、それなら授業後にそのままティルベルと戦えるな、と考えた。恐らく彼女は元よりそのつもりで提案してきたのだろうが。
ルーンを開いたついでに昼食のメニューを見て時間指定と事前予約をする私は、ティルベルとの対決を授業程度に感じていたので普段通り。食堂から来た受付完了のメッセージに顔をほころばせた。
「あの貴族、相変わらず失礼な奴だったな」
トーマはこの中で最も地位の低い『奴隷』なのだが、彼は気にした様子もなく貴族の悪口を言う。しかし私も同意見なので「たしかに」と頷いてみせる。
階級差があるとはいえ同じ貴族の生まれである私を奴隷扱いし、勝手に勘違いしたくせに騙されたと喚き、挙げ句に喧嘩を売ったともとれる発言。どこかの小説に登場する悪役令嬢をなぞったかのようだ。
「だからといってあんまり酷い陰口を言ってたら、不敬だって注意されますよ」
そう言うリリアも同意見なのだろう、表情は苦笑いだった。ティルベルは一般人だったリリアからすればここに入学でもしなければ一生関わらないような立派なご令嬢。権力こわい。私もあの貴族には少し苦手意識を持っている。
同じ教室にいるのに堂々とこの話をしているトーマは余程図太い神経なのか、またはこれまでの態度に耐えかねたのか……私にはさっぱりわからないが、奴隷の罪は持ち主に罰が及ぶらしいので私もリリアと同じように苦笑いを浮かべた。
微妙な空気になり、その結果私たちはこの話題を強制的に終わらせて勉強の話に切り替えた。でも私は会話には参加せず、一人物思いにふける。
入学してから私はセルカのことを意識することが増えていた。私の意識が覚醒する前は、私はセルカという少女だったのだ。その記憶を有するので勉強や世界のことはほとんど初めから覚えていた。おかげで情報量に圧倒されることなくこの学院で勉強することが出来ている。
しかし授業を受け、一般的な教養を受けるうちに、セルカの異常さが浮き彫りになっていた。
まず、セルカは誰に教えられるでもなく魔法を使っていた。私は彼女の記憶から魔法の使い方を学習したが、彼女の魔法の発動方法は並大抵の魔法使いには習得できないものだった。
魔法は『詠唱』『魔法陣』のどちらかが必要で、詠唱は言葉に魔力を込めて魔法を構築するもので、最もポピュラー。魔法陣は高い魔力操作技術を要するのでBランクの上位から見られるようになる方法だった。
セルカはおじい様から教わる前に既に魔法陣を使っていた。それも彼女はそのことを隠していたようだが、私は初めは特に気にせずに使っていた。
加えて彼女の知識には戦闘に関するものが多過ぎた。はっきりいって、平和な日本で過ごしていた私がこの世界に順応出来たのはセルカの記憶にある立ち回り、戦法、身体が覚えている戦い方のおかげだ。
そして、記憶には小さな矛盾もあった。私はほとんどの属性魔法を使うことが出来るのに、セルカは地面、炎、闇の三属性が使えなかった筈なのだ。私が彼女を上書きした結果の変化だと言われればそうだとも思えるが、最初の「沢山の属性が使えて嬉しい」という思いは「なぜ」と疑念に変わっていった。
私はセルカの記憶は有するが感情などは曖昧にしかわからない。だから正しくはわからないが。
セルカは……いわゆる『良い人』ではなかったのではないか。
辿り着いた答えは不安なものだったが、私はセルカを上書きした。もう、考える必要はないはずなのだ。そうやって自分に念を押すことで思考の海から這い上がった。
顔を上げると、私を凝視しているバウと目が合った。綺麗な顔には表情が無く、こうしているとまるで人形みたいだ。私が微笑むと彼女は微笑み返してくれて、私は「ねぇバウ」と話しかけていた。
「今日の試合、どっちが勝つと思う?」
言葉に出すことでやっと気分が切り替わった。バウは私を見つめたまま耳をぴくぴくと動かし、少し考えると口を開いた。
「セルカの方がね、強いとは思うね」
そうなのかな?
「でもね、固有技能の性能と炎以外の実力にもよる……ね。あれだけ炎特化なんだし、それでも他の属性も使えるんだからね」
バウは珍しく感覚的でないしっかりとした考えの筋道を示した。さすが師匠だと思いながら、彼女の言葉を頭の中で噛み砕いていく。一応エルフである私としては、魔法では勝ちたいのだが。
そこまで考えて、私は首を傾げた。私は後衛職ではあるが、よく考えれば職業は『魔弓士』なので弓主体の筈なのだ。そしてその疑問を口にした。
「……弓と短剣は使ってもいいのかな」
ほとんど独り言だった。
まあ、試合の前に聞けばいい。
そんな話をしているうちに先生が来て、談笑していた生徒たちは散って自身の席に座った。それでもまだ時間ではないので話していたり後ろを向いている生徒もいる。
私たちもそれぞれの席に戻った。従者である二人は近いけれど、ライライたちは離れた席だ。授業が始まるとさすがAクラス、皆集中しているのか教室はしんと静まり返った。
私はただただ試合が楽しみだった。
終業の挨拶が終わり先生が立ち去った。チラホラと残る生徒もいるようだが、ほとんどの生徒は出ていった
。ここは室内演習場なので野外演習場と比べると狭く圧迫感はあるが、設備に不足はない。
結局残ったのは私たち幼女守護団と、不敵な笑みを浮かべるティルベルだけだった。
「ティルベルさん、先に聞いておくけど弓と短剣は使ってもいい?」
聞けば、彼女は自信があるのか「もちろんいいぞ」と言った。そんな適当でいいのかなぁと不安に思いながら、私は演習場の奥に向かって歩いていく。ティルベルは演習場の出入口の前、私は演習場の一番奥を初期位置とした後衛に有利な試合。無論、二人とも後衛職なので関係ないが。
向かいあうとティルベルは先程とは打って変わって真剣な表情になり、炎を象った高そうな杖を取り出した。魔力消費を抑えるのに必要な杖だが、私はヘッドドレスの効能で同じような役割が果たせているし、油断しなければ大丈夫だと思いたい。
「では、……いくぞ」
その声と同時にティルベルの杖の先に濃い魔力が集束した。彼女は杖をペン代わりに動かし、それで宙に魔法陣を描いて魔法を行使していた。それなら私の方が早いが、まずは相手の実力と魔法陣の特徴を見ることにした。
ティルベルもその意図を理解したのか私の攻撃に備えるのを止める。私が騙し討ちを狙っているなどとは微塵も思っていないようだった。
魔法陣が完成した途端、集束した魔力が散った。それらは十つの炎の矢を生み出し、そのまま私に向けて飛翔した。
速度こそ脅威だが狙いが脳天。単純で避けやすそう、と私は矢をギリギリまで引きつけ、頭を下げる。ついでに防壁を形成して髪が燃えるのを防ぎ、過ぎ去った炎の矢たちが方向転換して向かってくるところに水の壁を作り相殺させる。
はっきりいって、炎特化のティルベルと私は相性が悪い。火は水に弱いのは当たり前のことで、私はそれが得意である。
では私も……と立ちすくむティルベルを見る。魔力を魔法陣に整形して、同じように属性の矢を放つ。完成したものは地面以外の全ての属性の矢。ティルベルは真っ先に水の矢に向けて炎を放つ。対処しにくいものを先に狙ったのだ。
しかし途中で彼女は風の矢に気付く。これに限っては同属性の魔法で散らすのが最も効果的だが、速度が速い。彼女は真っ先に飛来した光の矢を防いだ防壁でそのまま風の矢を受けた。
結果として相殺させたのは水の矢と植物、闇。残りは相殺まではできずに防壁に頼ってしまった。少しティルベルの表情に焦りと敵対心が浮かんだ。
単一属性じゃないから防壁で防いで正解なのだが、私が彼女の魔法をすべて相殺した後とあってプライドを傷付けたのだろう。相殺されないように複数属性を使う等の対策をしなかった相手の落ち度だと思うが。
「あれだけの属性を同時に扱うなんて…」
ティルベルの呟きを聞く限りだと、複数属性の並行使用はそれなりに難しい技術だったようだし確かに疲労は単一属性のときより多い。少し冷や汗をかきながら、私は手を下ろす。彼女も杖を下ろす。
「じゃあ、ここからは本気でいこうね!」
「炎だけが取り柄でないと教えてやろう!」
そうして魔法の撃ち合いが始まった。とはいえ、私は女神の天弓を用いて魔力そのものをぶっ放したり本物の矢を交えたりと魔法より弓術メインで応戦した。
炎が大量に押し寄せた時は焦ったが、魔力の矢に水の属性を付与することで防ぎきった。その中に織り交ぜられた土の矢は水を吸収しながら飛来したが、短剣でどうにか防ぐ。
魔法防壁は地面属性には弱いのでこの際使わないでもいいか。次の矢を放つと私は異空間収納から植物の種を放り出した。深緑の魔力が種子を包むと瞬時に発芽し成長する。
「やっと本領発揮か」
ティルベルがそう呟くが、それは違うなぁと心の中で呟いた。エルフの十八番である植物属性の魔法だが、私にとっては数ある魔法の中のひとつ。それくらいの認識だ。
だからといって否定する必要もないので無言で植物に魔力を流す。それはツルを長く伸ばし互いに絡めてひとつのモノを形どっていく。
矢の撃ち合いから状況を変える鍵として私が利用したのは植物を操る魔法。形成されたぬいぐるみのウサギをモチーフにした怪物は、誕生を喜ぶように両腕を振り上げた。
瞬時にそれに反応したティルベルは、流石Aランクといったところか。頭の上に上げた両腕を振り下ろしながら小さな葉を刃のようにとばした怪物ウサギに、彼女は炎で応戦する。植物と炎、ぶつかればどちらが押し負けるかは……見なくともわかるだろう。
怪物ウサギは脅威の再生能力で無限にも思われる葉の斬撃を繰り返すが、全てが灰になる。私はそれを知っていても攻撃をやめさせない。
次第にティルベルは単調な攻撃に飽きてきたのか反撃を始めた。炎の玉が怪物ウサギを掠め、炎の鞭が怪物ウサギの腕に絡みつき焼き切る。
そちらの回避や対処に追われるうちにティルベルの地面魔法で怪物ウサギの足には枷がつき、傷口は岩のように固く土で塞がれた。この対処方法に慣れているようだし、大型との戦闘経験がありそう。
余裕が見え始めたティルベル。でも、私もこれだけじゃないんだよね。




