第37話「トラブルメーカー参上」
予約投稿の設定がズレて11日0時となっていることに先程気付きました。報告してくださった方、ありがとうございます。
更新が遅れてしまってごめんなさい!!m(*_ _)m
全員が目覚め私が料金を支払い終えると、街に出た。すっかり普段の様子に戻った学院街だが、試合前とは少し違う。
「よぉ、凄かったな!」
道を往く顔も知らぬ人が、時たま声を掛けてくるのだ。私以外はまだ少し眠そうだが、みんな明るく笑顔で対応している。グラードの宣言のおかげで悪感情のこもった視線を向けられることもほぼなくなり、やっと落ち着ける。
昨日、私たちはちゃっかり外泊の許可を貰っていたので、怒られる心配もなくいい気分で学院に向かった。
街の中心に位置する学院に辿り着いた私たちはそのまま日常に戻る……と思っていた。
「先輩方から聞いたぞ、Aランクのクランに勝ったと!!」
なんと、情報の早いクラスメイト……ティルベルが寮の前に仁王立ちで待ち構えていた。そういえば最近はあまり接点がなかったなぁと思いつつ、彼女の次の言葉を待つ。
「私はクランではなく個人の実力がAランク。リーダーのお前がどれほどの実力か、後衛同士で試合をしようじゃないか!」
彼女はめらめらと闘志を燃やしながら私を指差した。やっぱり変な子だ。しかし彼女の実力を見てみたいという思いが、ふつふつと湧いてくる。ここまで炎特化の魔法使いなんて、早々見られるものではない。私は炎属性が苦手なので、彼女の技術を盗めたらいいなぁ。
沈黙する私を見てティルベルが断られるのではないかと不安そうな顔になるが、私はそれを見て可愛いなと思いつつ笑顔で返す。
「いいよ。今日の授業後なら空いてるけど、あなたは?」
すると彼女は急に強気になる。
「DランクのうちにA上位と戦えること、運がいいと思うんだな」
その言葉に私は早くランクを上げなきゃなぁとぼんやり思い、わかりやすく喜ぶ様子を見せて彼女が去るのを待った。
ライライとリリアはBランク、私とトーマは共にDランク。実力とランクが逆転しているクランなのであった。私はティルベルの背を見つめ、堂々としたその姿に見惚れる。
プライドが高くて強気だけど、その見た目はブロンドヘアの天使って感じ。可愛いし見た目で強さがわかりにくい魔法使いだから、きっと私と同じように侮られることもあっただろう。
どうしてあんな風に、トゲのある口調になっちゃったんだろう。
少し気になったけれど質問する気は起きず、様子の変わった私を心配するトーマをなだめて、とても久しぶりに感じ寮に足を踏み入れた。
そのまままっすぐ自室へ向かい、入ると、とても安心する木の香りが鼻腔を満たす。
「はぁぁ……トーマのせいですごく疲れた!」
私はぐっと伸びながら言う。一番怪我をしていて、しかも回復も強化も届かずに最後まで戦った彼は心外そうに私を見た。
「いいだろ、セルカ様が治してくれるのはわかってたからな」
「なんだとー!主人を心配させておいてそれはないじゃない」
生意気な私の奴隷は、私の髪を櫛で梳かしながら微笑むが、私は頬をぷくーっと膨らませる。ロウェンさんはトーマの戦闘訓練と執事教育をすると言っていたのに、性格は全く変わっていないんだから。そのうち貧乳とか言い出したら弓で射ようと決めた。
それでも彼らが楽しそうにしているのは、とても嬉しかった。楽しんでいれば、成長も促進される。嫌々戦うより、楽しんだ方がいいとおじい様も言っていた。
初めて入る私たちの部屋に、リリアはきょろきょろと忙しなく目を動かす。同じ二階だしさほど違いは無いと思うのだが、彼女は不思議そうにしている。まさか、構造が違う?
「リリア、部屋を見てもそんなに面白くないと思うけど」
私は一人立ちっぱなしのリリアに声をかけた。彼女は私の言葉に首を横に振ることで返事とした。
「あたしの部屋、一番奥の六人部屋で、私一人しか使用していないんです」
ほほう、とわざとらしく反応する。一人とは、寂しいものだろう。男性比率が多めなので、恐らく女性一人余ってしまったのだろうが…普通ならそうならないように組み直すのでは?
私は改めてリリアを見た。明るく努めているが寂しいと思っているのも確かなようで、私と目が合うと「羨ましいです」とアピール。可愛らしいピンクの髪が、彼女の首を傾げる仕草に合わせて揺れた。あざとい。
そんなリリアを見て、ライライがトーマに耳打ちをする。するとトーマはあからさまに意地悪な笑みを浮かべて口を開く。
「こいつ、ライライより強いのにオバケが怖いんだってさ」
リリアに視線をちらちらと向けながら私に言ってくる。貸している剛竜王の賜盾が退魔の効果を持っているので安心していいと思うが、そうなんだ。見た目通りに女の子らしい、かわいい。
私はそうなんだーと言って少し笑みを作る。するとリリアは馬鹿にされたと感じたのか眉を下げた。馬鹿にしてないから安心して!
私は少し考えて、それから腕輪のウィンドウを起動させた。ちなみにこの腕輪、正式には『ルーンバングル』というようで、国立総合学院ルーンの名前がそのまま使われている。
ルーンのウィンドウを開いた私は下までスクロールして、使ったことのない『寮管理人』の項目を指先でしめす。すると『メッセージ送信』の欄が現れ、私はそこに迷わず文章を打ち込んだ。
そして誤字脱字を確認してから送信すると、それほど間が開かないうちに返信が送られてきた。……了承っと。
急に黙り込んでウィンドウ操作し始めた私を不思議そうに見ているリリアとバウ。私はクスリと笑ってから、リリアに抱きついた。
突然抱きつかれたリリアは石像のように硬直して瞬きを数度、それから焦ったように「どうしたの!?」と私に問いかけた。その答えは今から言おうと思ってた。焦らないで。
「おめでとう、リリア!」
「へ?」
リリアは首を傾げる。喜んでくれるかな?とすこしソワソワしながら、私はリリアを見上げて満面の笑みを見せる。
「リリアの部屋に、私たちが引越しするよ!」
そう言うと、リリアはまた硬直。かっちり、凍ってしまったみたいになった。それから彼女は私をぎゅぅと抱きしめ返して……ちょっと痛い。
「セルカ、大好きです!!」
リリアは大声で告白して、その数秒後に羞恥にさいなまれるのでした。ちゃんちゃん。
引っ越しは極めて簡単だった。私の異空間収納で全員の荷物を一気に運んで終わり。それだけだ。
貴重品まで私に持たせて良いのかと不安になったが、どうやら彼らは私を信頼してくれているようで、嬉しさと少しの責任感を感じた。自分がリーダーなんだな、と改めて自覚。
家具配置の変更も終え、完璧に引っ越しを終えた私たちはその広い部屋を見渡す。リリアの言っていた通りに内装はかなり違いがあり、一番奥だということもあり窓がひとつ多い。とても明るく、窓の配置に伴いベッドや備え付けのクローゼットの位置も変わっている。
「広めだし、従魔たちに餌をあげるのもやりやすそうなのです」
ライライが嬉嬉として言う。共感だ。一気に全ての従魔を出すには四人部屋は少し手狭だったのだ。それほどに彼の従魔が多いということでもある。
慣れない部屋だがトーマは既に寛ぎ、一応執事であるという立場を忘れていそう。バウはバウで新しい匂いに興味津々のようで、鼻をヒクヒク耳をピクピク、尻尾をフリフリしながら見回している。先程のリリアよりも忙しない。
でも、しばらくすると落ち着いたようで、自分の選んだベッドに座り込み水をがぶ飲みする。そういえばほとんどみんな二日酔いだっけ…と思い、異空間収納から陶器のカップを人数分出すと、トーマに奪われた。
「執事らしいことさせてもらうぞ」
彼はそう言うとどこかに消えて、しかしすぐに充たされたカップを盆に載せて戻ってきた。水じゃないのかと不思議に思い覗き見ると、それは薄く緑に色付いた冷たい液体だった。爽やかな香りが鼻を抜ける。
「…ハーブティー?」
私が首を傾げると同時にライライの手がカップにのびた。ライライは一番お酒を飲んでいたので、実は我慢していたのかな。
ライライはハーブティーらしきものを少し口に含み、それから頷く。トーマはそれを見て満足気に語り始めた。
「スラントぼっちゃん、つまりセルカ様の兄が酒癖悪くてな……ロウェン師匠にこの茶の淹れ方を叩き込まれたんだよ。酒癖の悪さは遺伝だ!とかなんたらかんたら」
……でも私がお酒飲まないから出番が無かったと言いたいのだろう。頑張った成果を見せたい気持ちはわからなくもない。でもそれより、性格の矯正よりお茶を優先したのか、とロウェンさんに問いたい。
「セルカ様は折角小金持ちになったんだからとか言って高級酒買うと思ってたんだけど」
「そんな風にお金使うのは勿体無いからしないって」
私はトーマに困り顔で告げる。前世からの貧乏性はなかなか直る気がしない。生きる為には莫大な金額の出費も惜しまないが、娯楽だと思うと気が乗らないのだ。
昨日のお祭り騒ぎは、応援してくれた皆へのお礼だからノーカウント。
私がぼーっと考え事をしながらカップに口を付けていると、口角を吊り上げているトーマはまだハーブティーを手に取っていなかったリリアとバウにカップを差し出して私に向き直る。
そして彼は至極真面目なことを言うように、真剣な表情で口を開いた。
「酒飲んだら胸の成長止まるかもしれないしな」
私とリリアは硬直し、ライライはむせる。…これは貧乳いじりに入るだろうか。フラグ回収お疲れ様。
どう怒ろうかと迷う私。いざ正面から言われてみるとそれほど気にならなかったので怒り方がよくわからなかった。すると意外な方向から鉄槌が下った。
「まだ酔ってるね」
間の抜けた声とともに放たれた拳撃はトーマの鼻っ柱に直撃して彼は体を仰け反らせる。めちゃくちゃ痛そうだけど自業自得なので魔法で治癒はしてあげない。声の主は尻尾の毛を逆立てて、ほんのり笑顔を浮かべていた。
そう、鉄槌を下したのはバウ。彼女は胸が無……じゃなくてこの中で胸が最も小さい者なのだ。なので普通は怒りの理由を察する筈。
「え、おいバウ、なんで急に」
だがトーマは冷や汗をかいていながらも理解出来ずに曖昧に笑っていた。
「バウ、お前、お」
何か言おうとしたけどトーマは、しかし自分の過ちに気が付いたのか咄嗟に口を噤んだ。数秒の間が空いて、バウもトーマも素知らぬ顔で寛ぎ始める。
やけに親しい様子だし、距離も近いし、二人は恋仲なのだろうか?そう考えると少しさみしいような気もするが…。
そうして何故怒りが収まったのかよくわからないまま私たちは部屋を出た。そろそろ行かないと授業に遅れる。ほかの部屋からも遅起きな生徒達が出てきている。
私はもやもやした不思議な気持ちと向き合う暇もなく、教室に向かって歩き出した。




