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第36話「慧眼」★

 バウの短剣が、彼女の微かな魔力に反応したように熱を帯びる。特別なその武器は彼女の気持ちに応えるように、今までにないくらいの熱気を溢れさせていた。

 走り出し、蹴り飛ばされて地面に崩れ落ちている斥候の上に足を乗せる。

 同時に斥候の魔道具の効果が発動してバウを攻撃するが、そのくらいはするだろうと予期していたので避けきった。

 どうやら斥候本人は防御に自信がないようで、その身体には防壁展開や身代わりの効能を持つ魔道具が多くつけられていた。

 バウはそんな斥候に向かって走り、すれ違いざまに灼熱の短剣を振り下ろした。立ち上がった斥候は魔道具で防ごうとするが、彼女が振り下ろした短剣は体ではなく魔道具と服とを繋ぐ接続部分を溶かし切り、それらは発動前に地面に落ちる。

「マジムもね、ほら、優しく教えてあげてね」

 無慈悲に刃を振るうバウがそう口にすると、マジムは地を蹴ってぐんと加速する。そのまま斥候の魔道具を力づくで剥ぎ取った。

『そうですね…道具に頼っていては成長しませんよ』

 なすがままの斥候は、次第に避けようとする気も無くなったようだ。それはそうだ、速度だけが取り柄の魔道具頼りの斥候が、魔道具を奪われれば……勝ち目が無くなる。

 そのまま一方的にやられた斥候は、自らの持参していた拘束魔道具に捕らわれて、戦いを終えた。




 それぞれ敵に相対し負けそうになり、セルカに助けられた。結果おさめた勝利は『個人でのAランク到達はまだまだ』だということ。しかし最後に残った彼は、赤い軌跡を描きながら鬼のつるぎを振るう。

『黒竜の牙で最後に残ったのは技巧剣アルガリー!!固有技能の「決闘結界」により他の介入を許さず、幼女守護団の剣士トーマと接戦を繰り広げている!』

 実況をするのはグラード。彼は会場を盛り上げつつ、心の中は冷静だった。

 彼の見込みよりもバランスの悪い編成。それが幼女守護団の現実だ。

 Bランク相当の三名と、A上位かSランクの力を持つリーダー、そしてAランク中堅と渡り合う剣士。総合的にはAランククランとなる実力を持っているが、それはリーダー・セルカがいてからこそだ。

 しかし全員、成長の余地はあるだろう。

 国立総合学院ルーンの生徒は、将来的にどの冒険者ランクとなる見込みがあるかでクラス分けをされる。幼女守護団のメンバーは皆がAクラス。

 特にトーマという赤い鬼人族は、種族特性によって成長率が段違いだろう。アルガリーに対抗出来ているのはそのパワーあってこそだ。

 グラードは実況を交えながら、こっそりと心のリストに二人を追加した。

 魔力回復薬を流し込んでトーマに声援を送るセルカは、不安げにしながらも力強く声を上げた。




 手に入れるのに要した硬貨の量も回復効果も高い魔力回復薬の瓶を収納した私は、トーマの戦闘を他の仲間たちと共に見ていた。

 バーサーカー状態に陥っていたトレント戦では全く見られなかった剣技をちょくちょく使い、多少力押しではあるがアルガリーの剣を受け流す。技巧剣と呼ばれるだけあって多岐にわたる剣技を使いこなす彼は、トーマの力に技で返す。荒削りであるトーマの技はアルガリーの流れるような受け流しに呑まれる。

「頑張ってー!」

 結界は壊せなかった。だから応援するだけ。




 魔剣イヴァに纏った炎が軌跡を描く。初めて本気を出せたように感じる。筋力で半ば強制的に軌道を変えた剣先はアルガリーに防がれるが、そのまま強引に引き戻し二撃目。当事者だからこそわかる技術の差は、どうにかして埋めていた。

 人間であるアルガリーが力に長けた鬼人族と斬り合っていられるのは、彼が実力者だからだ。力では勝っている。あとは技だけ。

 そう思えば、はじめ浮かんだ焦りも収まって勝ちたいという貪欲な望みへと成り上がった。セルカ様にいいところを見せてドヤ顔をキメたいのだ。

 そうずっと考えながら剣を振るうトーマは、アルガリーにとってはバケモノそのものだろう。

「っ」

 息が上がるがまだまだ動ける。対して相手は呼吸を乱すことなく、差を感じた。しかし諦めるには早い。冷静に冷静にと省エネを心掛けるトーマの動きは、段々と無駄を省いたものへと昇華していく。

 アルガリーが次第に険しい表情になっていくのがわかった。トーマは自身が強くなっているとわかり、それでも(はや)る気持ちをおさえつけてイヴァで剣技を織り交ぜた斬撃を放つ。

 次第に互いの動きが目に見えぬ流れに巻き込まれるように、斬っては受け流し、受け流しは斬るということの繰り返しとなる。まるで剣舞。

『おぉっと、トーマの剣技の質が変わった!この短い中で成長したというのかー!?』

 遥か遠くからぼんやりとギルド支部長(オッサン)の声がした気がするが、それほどに遠い場所だったか。

 決闘結界により隔離された状態で、トーマはほぼ無意識に剣と舞う。隙が見当たらずこちらも隙を見せない状態のまま、止まることなく剣を振るう。

 しかし彼の体力はすでに尽きる寸前。剣舞は体感上一刻も続いていたが実際は数分の舞い。鈍った彼の剣がアルガリーに大きく弾かれて、客と仲間が息を呑み、そのまま痺れた手からイヴァが滑り落ちる。

「ぅ……らぁっ!!」

 このまま負けると思っただろう、とトーマは心の中で馬鹿にしたように呟いた。その左手は握り拳をつくっていて、その肌は淡く魔力を纏っていた。

 それを視界に収めたアルガリーだが、彼は魔力を見ることを得意としていないのか、トーマを斬ることを優先した。そのすくい上げるように空を切る剣先は試合であることを忘れたかのような、研ぎ澄まされた純粋の必殺の一撃。狙いは心臓。

 そしてトーマはそれを受けるが、無理矢理に身体を捻じ曲げることで比較的浅い傷に留める。驚愕する相手を見据え、剣士としての負けを悔しく思いながらも彼は拳を振るう。

 拳技:壊臓。荒々しい『技』とかけ離れた一撃がアルガリーの腹部を深く抉り、その闘いは幕を下ろした。


 決闘結界の消滅条件を満たしたその瞬間、トーマは倒れかけたがイヴァを拾い杖代わりにして片膝をついた。起き上がれぬ重体のアルガリーは砕けた黒竜の軽鎧に手を当てて浅い息をしていた。

 降り掛かる歓声が身体を四方八方から圧し、削り切った気力と相俟って意識を奪い取ろうとしてくる。

 その視界には気付けば彼女がいた。




 崩れ落ちそうになったトーマは駆けつけた私を見て、急に強がって立ち上がろうとする。馬鹿じゃないのかと思い口に回復薬を突っ込むが、なかなかに治りが遅いので魔法での治療も加えて、ようやく彼の出血が止まり傷が塞がる。トーマの赤い肌に赤黒い液体はあまり目立たないが、無理に繰り出した拳撃で相当な量の血を失ったに違いない。

「無理しないで負けても良かっんだよ、トーマ」

「俺は、全然……無理してない、からな」

 明らかに無理をした様子の彼は、それでも私に笑顔を見せる。そして、

「俺は、一人で勝った」


挿絵(By みてみん)


 彼はドヤ顔で私に宣言して、その直後「んじゃ寝る」と簡潔に告げて目を閉じた。大量に買い漁った魔力回復薬のおかげで全快した私は彼を風魔法で何とか優しく地面に下ろすと、大袈裟に喜んでみせる。


『勝者はセルカ・エルヘイム率いる幼女守護団だー!!』


 私に賭けてくれたグラードは心底嬉しそうに結果を告げた。観客は一層大きな声を上げて、私たちを賞賛する。

 一部の大損した観客や黒竜の牙のメンバーは悔しそうな表情で、しかしアルガリーに関しては晴れやかな表情で。得をした観客と賭けに参加していない一般市民は素直な憧れや尊敬を抱いて。

『ここをもって幼女守護団をAランククランと認定する!!彼女らは先日出現した大樹魔林のエリアボス「エルダートレント亜種」を犠牲者無しに討伐した実力を持っている!』

 予定通りの説明に、観客は驚愕する。アルガリーはその間に治療のために運ばれていったが、その口元が「勝てるかよこんなん」と言葉を紡いだのを私は見逃さなかった。

 その中で私たちの功績を語るギルド支部長は、一段と楽しそうにくしゃりと笑顔で叫んだ。

『今回のイベントは不正を疑う者や見た目から侮り金銭を巻き上げようとする輩を防ぐためでもある。……みんな!!この幼女は、強いぞ!!』




 支部長室でしばらく客が減るのを待った後に、私たちはギルドのロビーに顔を出した。楽しそうにゲラゲラ笑い酒を飲んでいる冒険者のうちに、見覚えのある新品装備を纏った男達を見つけた。

「冒険者のおじさん」

 私が駆け寄って声をかけると、彼は驚いたように身体を跳ねさせてから振り向いて、私だとわかると最高の笑みを見せた。

「おじさんじゃなくてせめておにいさん、な。セルカさん、お疲れ様です」

 敬語を使われた私はムズムズしたけれどそれに関しては言及せず、にこにこ笑って言った。

「聞いたよ。おにいさん、私たちに全財産賭けたんだって」

「強さを一度見ていたので、勝つと思っていましたよ」

 勝ててよかった、と心底思った。つい先程にグラードから「全財産賭けた者がいる」と告げられた私は肝が冷える思いをしたものだ。試合前に告げられていたら戦闘どころではなかっただろう。

 私に気付いた冒険者のおにいさんの飲み仲間は、どんどん飲み物食べ物を渡してきて、「コイツの奢りだ、食え食え」と言う。

 トーマたちが恐る恐るといったふうに出てきてからは、それはもう収集のつかない大騒ぎになってしまった。ギルドロビーにある酒場の酒が尽きるまで、肴が売り切れるまで、私はひとりジュースを飲みながら宴会を見届けた。

 それでも私と冒険者(おにい)さんの所持金は尽きなかったので「アル中の溜まり場」などの店をいくつかハシゴして、少ない賭けの勝者と黒竜の牙含めた珍妙なメンバーは楽しい夜を過ごした。

 気付いたら朝だった。全員寝ていた。私は誰より早く寝てしまったのでひとり目を覚ますが、幸せそうに夢に浸る彼らを見て、起きるまで待っていようとカウンター席に座って眺めた。

 起きてきた酒場の店主がそっといちごオレを差し出して、私はありがたくそれをいただいたのだった。

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