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第35話「あたしの天使様」

 リリアはセルカの声を聞いて身体に力が漲るのを感じた。こころなしか、盾になった剛竜王の鱗も彼女の声に応えるようにいっそう強く輝いている。

 彼女の一声で全てが好転するのだ。剛竜王もおそらく、彼女に惹かれたのだろう。セルカには全てを魅了するチカラがあると、リリアは信じ込んでいた。未知の力を扱う使い魔も、彼女に心酔している。出逢ってからそう経っていないが何度も勇気づけられ何度も強さを目の当たりにした。

 リリアは短く息を吐いて相手の槍を受け流す。流れるように繰り出される技に翻弄されていたが、今はギリギリ目で追える。

 連続突きの最後を盾技『反発』で跳ね返し、盾の矛先を突き上げた。思い切り槍を跳ね上げられた相手は多少体勢を崩し、リリアはここぞとばかりに魔法を一発撃った。魔法が苦手な彼女が実戦で使える唯一の無属性魔法だった。

 小さな半透明の刃が飛翔し槍戦士の革鎧の隙間を切り裂き、僅かに紅が覗く。狙ったわけではないが運がいい。しかし少ない魔力総量の半分ほどが削られたことで酔うような感覚が体を襲う。

「……っく」

 相手の反撃を間一髪防ぐが腕が痺れる。盾が吸い込んが魔力も尽きたようで左右に展開されていた防壁が消失した。

 その間にも槍が迫り、リリアが対処しきれないときにはタイミング良くセルカの魔法が妨害し、相手の弓使いの矢を吹き飛ばす。あれでも恐らく魔力は半分以上残っているのだろうと考えるとリリアの心は安心とやる気に満ち溢れた。

 ギリギリでも対処できる攻撃は防がないセルカは、リリアには全力を見せて欲しいと微笑みかける天使のように見えていた。彼女と出逢うまで恐怖で動けず誰の役にも立てなかったリリアには『この場』はチャンスだった。自信をつけるための、天使様の役に立つための…。

 リリアの後ろでぽんぽんと魔法を放つセルカは武器をしまっていて、信頼されているのを感じた。全方位…味方全員をカバーする彼女は次第に観客(実力者)の注目を集めていく。実力のないものは派手なライライやマジム、ランクAと渡り合っているトーマに興奮気味の声援を送り、セルカの素晴らしさを理解し切れない様子だった。

 普通に考えれば、常にほぼ全属性の攻撃魔法を放ち何度も補助魔法をかけ使い魔すら宿す彼女が一番の実力を持っているのに。それに魔法を避けきって無傷で一番最初に格上を倒したことを忘れてやいないか。

 リリアはいつの間にか優しい笑みを浮かべて盾兼矛を扱っていた。そのまま補助魔法が切れても、腕は震えず攻撃を受けることはほぼなく、『あたし、いま、天使様の足でまといになってません』と思うと胸が熱くなる。

 同時に繰り出された刺突は相手の腹部を抉るように的中し、片足ついたその槍使いをセルカの魔法が拘束した。リリアは少ない傷を回復薬で癒しながら仲間を援護するために駆けた。




 敵の魔法が止んで会場を歓声が包んだ頃、ライライは舌を打った。どうやら従魔の虫魔物たちは黒竜の牙にとっては倒し慣れた中級迷宮の魔物のようで、容易く打ち破られていくのだ。無駄死にはさせたくないので喚ぶのを一旦止めるしかない。

「夜空妖蝶、魔法で援護を頼むのですっ」

 言いながら、纏った鎧形態のクリーチャーの脚を使って敵の三人組に突っ込んだ。黒竜装備でかためられた拳闘士、弓使い、盾使いの三人の男は互いを守りながら後退する。弓使いは他方にも矢を放っているので最優先で倒すべき相手だったが、特に身軽な彼にはどうにも届かなかった。

 しゃかしゃかと多脚を動かし踏みつけようとするが当たっても黒竜装備に守られた彼らにはなかなかダメージが通らなかった。

 妖蝶の操る幻や痺れ粉がなければ操縦者であるライライは狙いをつけられ戦闘不能に陥っていただろう。実際に幼女守護団の中で最も後衛寄りのステータスを持つ彼は既に矢を受けていた。戦闘開始からそう経たぬうちに射られたもので、すぐ薬で治したが…。

 その時、ひときわ大きな歓声と、それに呑まれないセルカの声が響いた。トレントの前でも聴いた、魔力の込められたような声。不思議と心が熱くなり同時に力と自信が身体の奥底から引き出されていく。

 咄嗟にギルドカードを見ると、状態が『天使の守護』となっていた。セルカの持つ技能かと勝手に納得して、ライライはクリーチャーの前脚を横に薙ぎ払った。

 それを軽々と避ける拳闘士と弓使いだが、盾使いは盾の重さで跳躍が足りないと判断したのかその場で盾を構える。しかし彼は愚かであった。ライライのクリーチャーが液体に近いタイプの個体であったことを、すっかり失念していたのだ。

 弾くわけでもなくひたすらに耐えるという方法を選んだ盾使いは、盾とぶつかり合いせめぎ合うそのスライム状の足と睨み合い、そこでようやくその間違いに気づいたようだ。もう遅いとばかりに盾を取り込みそのまま腕へと絡みつくクリーチャーが、ギョロりと目玉を露出させると、男は盾から手を離し逃げることを優先しようとする。流石に身体能力で劣るライライとその操作するクリーチャーも追いきれないが、盾を奪ったのは好都合。

 そうやって少しの満足を感じるライライの前に、緑の獣が飛び出してきた。

 巨獣は光の粒子を散らしながら無防備な盾使いへと突進し、その身体を空中に打ち上げる。盾もなくただ鎧を纏うのみとなった男は抵抗出来ずにそのまま獣の尾で掴み取られ、そのままぐったりとする。手足を暴れさせて尾から逃れようとしても、胴体を締め付ける力は強くなるばかりだった。

「ありがたいのです、マジムさん」

 ライライは巨獣に歩み寄り、クリーチャーで盾使いを受け取った。クリーチャーの流転する肉体が男の胴体に絡み、ついに彼は指すらも動かせなくなる。

 マジムはそのまま一番近くで善戦しているバウの元へと駆け出していった。

「ベン!」

 捕まった盾使いを見てその仲間の拳闘士が叫び飛びかかってくる。試合なのに必死になり過ぎだとは思ったが、無視するわけにもいかずに残りの脚で防御する。

 弓使いは他の前衛に加勢しているようでかなり後方に下がりこちらを見て見ぬふりをしているようだ。恐らく拳闘士一人で倒せると踏んだのだろう。

 事実ライライはベンとやらを捕らえたことで身動きがしにくくなり、後衛寄りの妖蝶は接近戦に介入できない。唯一警戒すべきはセルカの魔法だが、こんなに近い距離ならフレンドリーファイアを恐れて撃ってこないだろう、と思ったはずだ。

 しかしそんな甘い考えを持つ拳闘士と弓使いの行動は間違っていた。

 クリーチャーに殴りかかりその流転する身体の一部分を爆散させた拳闘士の利き腕に、白く輝くナイフが突き刺さった。強力な光属性の魔力を帯びたそれは黒竜の鎧との相性が悪く貫通しないはずだが、今回の場合は()()()()()()()()()()()()()()()()()素材の持つ黒竜の残滓がセルカの魔法に込められた魔力量に押し負けたのだ。

「ぐっ…」

 呻き声とともに素早く次のナイフを避けた拳闘士はそのままもう一度殴る。動くことをやめないで蹴りと打撃を繰り出す彼に、クリーチャーはだんだんと散らされていく。

 対してセルカの魔法は動くマトをも捉え拳闘士にダメージを与えていく。熟練の魔法使いでもそうそう見られないレベルに達するセルカの魔法操作技術は、黒竜の牙のメンバーの予想以上のものだった。

 拳闘士もその魔法を見切って回避したり拳で相殺するといった抵抗を見せるが、不規則かつ永続的に飛来する闇のナイフは避けるきことなどできない。

 そしてナイフに気を取られすぎた拳闘士はライライに足を捕らわれ、そのままベンと同じ状況に。

「夜空妖蝶、共に行くのですよ」

 その命令の直後に弓使いは倒される。それとほぼ時を同じくして、魔力切れによりクリーチャー武装が解除された。従魔の直接操作は魔力消費が相変わらず激しいなと苦笑するが、クリーチャーは捕らえた三人を離さずに拘束し続けている。クリーチャー()に意識はないので、そのまま捕まえているだけだろうが…ありがたい。

「戦線離脱ですねぇ」

 ライライは脱力した声で告げた。するとセルカの防御障壁が彼とクリーチャーの周囲に展開され、安全が確保される。感心して、それから彼は会場の隅で縮こまった。

 妖蝶は虫化によってただの蝶となり、彼の隣をヒラヒラ舞っていた。




 トーマはセルカの勝利後も加勢を許さず一対一で斬り合う。その様子を見ながら、バウは地面に倒れていた。

「やっぱりね、一番危険視されるんだね」

 重力を操る上級無属性魔法の込められた高額な魔道具で、彼女は押さえられていた。レベルに似合わず弱いステータスのバウは、その魔道具ひとつで身動きが取れなくなってしまったのだ。

 慣れた者は、動きでわかる。そのためバウはその魔道具を持った敵にしつこく追われていたのだ。どうやら完全に動きが止まったのは相手も予想外だったようで、驚きを隠せずにいる。

「あれ、獣人は力が取り柄なのではなかったのかい?」

 目の前にいる魔道具まみれの斥候は、彼女を見下ろしゲラゲラ笑った。バウは魔道具を警戒して距離を置いていたのだが、瞬間的に機動力を上昇させる補助系魔道具に気付けなかったのが敗因だ。

 セルカの天使の声でも強力な魔物を想定して作られた魔道具の拘束力には抗えず、バウは獣のような唸り声をあげた。

「じゃあさっさとやるかぁ」

 斥候がニタリと口を歪めて呟いた。性別もわからないセミロングの斥候は、バウを見下ろして魔道具をひとつ取り出した。余裕があると感じているのか、その動きはひどく緩慢であった。

 その魔道具が投げ落とされようとしたとき、バウはぞわわわと毛を逆立てる。苦手な『得体の知れぬ力』の気配を感じたのだ。無論それは魔道具のことではなく……


『油断大敵ーーーーーーっ…ですよ!』


 ……気の抜けるような声とともに接近し、魔道具を斥候ごと蹴り飛ばした人型のマジムだった。彼はバウの動きを止めていた魔道具をひょいとつまむと投げ捨て、彼女が起き上がるのを手助けする。

「ありがたいね、助かった…ね」

『セルカ様の仰せのままに』

 にこにこ、役に立てて嬉しいというように笑みを浮かべるマジムは見かけは優男だが、バウは彼が『まだ力を出し切っていない』と知っていた。

 獣の勘……狩人の勘といったところか、バウはマジムから到底かなわないような強さを感じ取っていたのだ。隠す理由はわからないがわざわざ伝えるようなことでもないので、彼女もセルカに伝えずにいた。

 不気味な使い魔の気配に鳥肌をたてながらバウは灼熱の短剣を構える。

 もう捕まらない。こんなところで寝ていては、セルカの師匠なんて名乗れない。

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よければ見てきてください(*^^*)

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