第34話「さぁ、手加減はしませんよ!」
投稿予約忘れて寝落ちてました…。
やってしまった…
3時間遅れすみません!
平和に過ぎた数日。そしてこの日、私たちは久しぶりに全力を出す心積りで全装備品を纏いギルドへ向かっていた。今日、街を流れる空気は普段と少し違っていた。
思った以上の騒ぎになっていたので、私は心底驚いていた。グラードと出会った日から学院を出ていない私には知りえなかったが、救われた冒険者が頑張りすぎたのだと後に聞いた。
「あれじゃねーか?」「おお!?」
一人の冒険者が私たちを指差して、視線が集まる。私はそれを気にしない振りをしてギルドに足を踏み入れた。
途端に空気が変わる。
そわそわと落ち着きのなかった街中から一変して、お祭り騒ぎで熱気に充ちた空間がそこに待っていた。滑り込みで賭けに参加する飲んだくれや、尾ヒレのついた噂を語り合う新米冒険者の姿が目に映る。それを見て私はぐっと体に力が入る。緊張していた。
私は集まりかけた視線を撒くようにさっさとギルドの奥の部屋へ走り、全員入ったところで急いで扉を閉め、喧騒と隔離されたその場……支部長室で私はへたりこんだ。
「こんなに騒ぎ立てる必要あるの!?」
私は茶菓子を黙々と食べているグラードに向かって抗議するように目を向けた。しかしグラードは大して気にした様子もなく、宣伝を外部にも頼んだ私も同罪だとでもいうようにニヤニヤと茶菓子を手渡してくる。頬を膨らませたまま受け取ると、彼は楽しそうに尻尾を振って立ち上がった。
その手には分厚く重ねられた書類の数々。どうやら今回の賭けに関するものだろうが、当初の予想よりも賭け金や参加人数が多いようだった。見た感じでは私たちに賭ける者は少ない。私たちにかけている者にはグラードも含まれている。
「これは儲けたぞ」
まるで私たちが勝つことが決まっているかのように嬉しそうな彼は、感情が昂ったせいか竜の気を抑えきれずに暴風のような威圧を放つ。リリアが気絶する寸前でそれを抑え込んだグラードは私に笑顔を向けた。
「数少ない娯楽だ、盛り上がるのはいいことだな」
穏やかな口調だが、勝てよ、という期待と威圧の入り交じったような一言だった。新人に対して重すぎる期待だ、と思いながら手に汗を握る。
試合開始まで一刻の猶予が与えられている私たちは、ここで最終チェックをする。ひとつでも不備があれば……忘れ物があれば……そう考えると肝が冷える。物珍しそうに私たちの装備品を眺めるグラードは気楽そうだった。
私以外は異空間収納から武器を出して装備し、最後にギルドカードでHP・MPを確認し終えると準備は整った。私は渡された茶菓子を頬張り緊張をほぐそうと努力するが、考えれば考えるほど悪化していく。
負ける、大怪我をする、誰かが死ぬ……格上と戦うと考えると、嫌な事ばかり思い浮かんでは消えていく。自信があるわけではないので、未だにグラードの「実力は申し分ない」という判断を信じきれていないのかもしれない。
頑張らなきゃ、と意を決する。そのとき、ふわりと後から抱き上げられた。
「セルカ様、たかがクラン戦なのに、やけに思いつめた顔してるな」
トーマだ。私と裏腹に自信に満ちた声色で話す彼は、体の軽い私を軽々と持ち上げてゆらゆら揺する。
「マジムを呼んでいない状態で老木に勝てたんだ。セルカ様が自重しなければ楽勝だよ」
魔剣:極黒鬼イヴァの刀身がその言葉に同意するようにキラリと光る。私は、トーマがバーサーカーの状態になっていないのならば勝てるかもね、と返して口を尖らせる。
負けることが怖いんじゃない。私がみんなを守りきれるかが心配なんだ…と心の中で呟いた。トーマは私が拾った私の物だし、クランリーダーとなったのだからメンバーを守る義務があると思っている。
私を抱えていた彼は、表情の変化を読み取ったのか揺する手を止めゆっくりと私を床に下ろした。マジムがいて、トーマがいるだけで、私は心配する必要ないんだと安心が胸に拡がっていく。トーマは緊張の和らいだ穏やかな表情をした私の口元をハンカチで拭い、ニタリと笑む。
「いっちょやってやろうぜ、セルカ様」
私以外はそもそも緊張していない。リリアですら瞳をメラメラ輝かせて剛竜王の賜盾を握り締めていた。それならリーダーも肩の荷を下ろして雑魚相手に闘うような気分でいてもいいじゃないか?
私の口は、自然と弧を描いていた。
歓声沸き上がる試験場、正方形の会場の対格に並ぶ大人と子供。使い古された武器防具に身を包み油断した様子のない大人たちの品定めするような目線が、盾の子供、ローブの子供、手ぶらのロリ、剣を持った赤鬼、狩人風の獣人の順に射抜いていく。しかしAランク昇格の見込みありとされた子供たちは怯まない。それでこそ、と大人は頷く。
グラードはその様子を見てザワザワと血が騒ぐのを感じた。覚悟決めていやがるどころか、セルカたちは『気楽』に、いつも通りの表情だったのだ。
彼はそのまま拡声器を口元にもっていくと叫んだ。
『昇格試験及び賭けバトルの幕開けだぜ!!!』
歓声が津波のように音の壁をつくって押し寄せる。しかしセルカはむしろ楽しんで、客席に手を振りぴょんぴょんと跳ねてアピールをする。
『挑戦者は新規クラン:幼女守護団!リーダーはセルカ・エルヘイムだー!!』
笑顔が可愛い、と素直に思いながら彼女を見る。
『受けて立つのはAランク中堅クラン:黒竜の牙!リーダーは黒竜討伐の功労者、技巧剣アルガリーだーー!!!!』
呼ばれた黒竜の牙の面々は少し頭を下げるだけで、まだ幼女守護団に視線を注いでいる。セルカたちを褒め過ぎたのかな、とグラードは申し訳なく思った。
『それでは早速試合を開始するぞ!!』
同時に響いた開始の合図…銅鑼の音が鳴り響く。
勝てよ、と祈った。
銅鑼の音と同時に、私に向かって矢が飛来する。バウより速いが魔力を纏わないそれは小手調べのようで、私が短剣でそれを上に弾いて落ちてきたそれを手で掴み取り女神の天弓で撃ち返すと、相手が動き始めた。
矢は当たり前のように防がれるがその時には私の次の矢が放たれている。技巧剣アルガリーとトーマの剣がぶつかり合う音、ライライの虫軍が上げる土煙、魔法を引き寄せ弾く剛竜王の賜盾の光…五感が研ぎ澄まされて色んなものを認識できる。
私は無詠唱で水属性の攻撃魔法数種類を構築し放った。酸の矢、水の刃、槍…多様な魔法たちは黒竜の牙の後衛二人に降り注ぐが、それは片方の植物属性の魔法や地面属性の防壁に絡め取られ吸い取られた。相手も無詠唱、そして速度は相手の方が上。差を埋めるために魔法の構築を延々と続け、後衛二人に放ち続ける。防壁は張らずに身体能力だけで魔法の雨を避けた
。
そのうち、相手はどうやら地面・植物の適性があるエルフの女性と水の適性がある人間の女性のようだとわかった。水属性の女性は私より周りの前衛の援護に意識を向けている。
それならば、と双方の苦手とする闇属性と視認しにくく弱点もない無属性の魔法を使えば、それは正解だったようで彼女らは対処に追われる。二人の注意は一気に私へと集中し、前衛のサポートも止まる。
私はその隙に味方への補助魔法を覚えているだけ全て付与し安物の魔力回復薬をあおる。まだ減りは少ないが飲んで損は無いし、相手の油断を誘う目的もあった。
するとどうやら相手はそれを『魔力不足』と判断したようで、薬での緩やかな回復が完了する前に…と攻勢に出る。自身に補助魔法をかけたのか動きが良くなり、大きな魔法のために守りの手数が減ったぶんを自力で避けきった。
力技だなと感心しつつ魔力を観察する。上級魔法だが攻撃性の少ないもののようで、私に気を遣っているとわかった。それでもし勝てるなら、私はその程度なのだろう。
私は敢えて魔力が無いフリをして手を止める。周りから見れば魔力消費を抑える役目のある杖も持たない素手の私は明らかに不利で、やはり負けるか…というような感情が注がれる。
矢を放つがそれは防壁で弾かれ、魔力を込めればそれは防壁を打ち破りエルフの女性の右手…杖を持つ方の手を射抜く。杖を落とした拍子に彼女の上級魔法は揺らぎ、消えかけるが持ち直す。
観客のリアクションが波を打つ。すげぇ!やった!くそぉ、惜しいな…!がんばれ!負けんじゃねえかこりゃ。怪我するところは見たくないわね。行動一つ一つに大きく変化していく。私はそれを楽しんで、さらに力を込めて演じた。善戦するが負けていく少女…いや
、幼女を。
相手の弓使いの矢を蹴落とし、短剣で弾き、たまに魔法をエルフと人間に放ち、全て攻撃は当たらず、どちらもそこから進展はしない。
実際は上級魔法を構築している相手が有利なのは目に見えていて、諦めにも似たものが観客を包んでいた。そしてその時は来る。完成した魔法が私に放たれた。拘束と魔力吸収を目的とした複雑な構成の魔法は、私に向かって一直線に放たれた。魔力でできたツタが蛇のように蠢き迫り、水の嵐とその中に…捕らえるための網が紛れている。
私は足を止め、それらを正面から見据える。女神の短剣に魔力を込めて空間魔法の術式を刻み込む。コンマ一秒後、私は魔法の渦に飲み込まれた。
…ように見えた。
「なっ」「どうして!?」
水の女性は声を上げた。その横で後退りするのはエルフ。二人とも、これで決着をつけるつもりだったようで魔力も残り少ないだろう。
客席がざわめく。過ぎ去った渦から全くダメージを受けていない様子の私に称賛を贈る声がする。実際に私は負傷など無く、ただ短剣に込めたぶんの魔力が減っているだけ。それも空間魔法一発分。
私は説明をする気も相手に時間を与える気もなかったのでそのまま驚く二人に術式を送った。途端に身動き出来なくなった二人はその身体を拘束する魔法を見て目を疑った。それは二人が放った魔法そのものだったのだ。
異空間収納で盗んで解析して……模倣しただけだが。それが与える衝撃は大きいだろう。
私は捕らえた二人を隅に追いやると、そのまま天弓を持って駆け出した。援護が無くなって多少は楽になったろうが、地力の差がある。みんなに大怪我を負わせない。私が守る。
「マジムっ!」
ノータイムで現れる従者。彼は私の言葉を待たずに、私の思った通りに行動する。彼は獣の状態のまま相手の盾役に突っ込んでいった。
それを横目に私はリリアの数メートル後ろに辿り着き、その守りの後ろから曲射で前衛を狙う。リリアの動きは鎧の重みを感じさせない軽やかなものだが相手は生粋の前衛職、鎧がなければここまでもたなかっただろうし、私の矢も避けられてしまった。
槍を持った相手前衛は器用に突きを繰り出すが、魔法をたっぷりと吸い込んだあとの剛竜王の賜盾はその左右に防壁魔法を展開して、リリアを守る。
「セルカちゃん…っ」
私の援護に気付いたリリアが声を出すが、私は返事をせずに魔法を幾つも放つ。彼女は魔法に便乗して盾の鋭利な部分で刺突攻撃を仕掛ける。リリアは矛盾士だ…よく見れば相手にもダメージが溜まっている!
「安心して、やっちゃって!」
「はい!!」
固有技能:天使の声が響く。リリアは力強い返事をして盾を構え直した。