第32話「めちゃくちゃつよそう(小並感)」
迷宮探索から二日後、演習場と教室を行ったり来たりの通常日程を過ごした後に、私たちは久しぶりに全員揃って出掛けることとなった。
実技演習の際は共に行動することが多かったが、それでも授業外で一緒に居られる時間が一番大切。特にリリアは寮の部屋が離れていてまだトーマを怖がっている様子なので、早く親睦を深めたいものだ。
そして今日の目的は冒険者ギルドでのクラン登録…卒業後もこのまま組んでいたいというライライたちの要望を受けて、まだ名前は決めていないが作るだけ作ろうという話になっている。
「セルカ様、まだトレントの素材…というより本体を収納したままなのか?」
「うん、そうだよ。はっきり言ってちょっと不便」
トーマの問いかけに私は苦笑する。大量に買い付けた回復薬などを部屋に置いてきたので余裕は出来たが、それでも木を丸々一本収納しているとほとんど何も入らない。取り出そうにも小分けにせずにしまったので、異空間収納から出すと急に木が…しかもトレントが現れた…となってしまう。そうそう出せるものではなかった。
「だろうなぁ」と眉尻を下げるトーマだが、彼に出来ることはなかった。皆、トレントを収納出来るほどの容量はないのだ。
「でも、今から冒険者ギルドに行ってね、そこで解体を頼めば減らせると思うね〜」
尻尾をぷらぷら揺らしながらバウが言う。そう言いながらも彼女の視線は私でもトーマでもなく屋台の食べ物に注がれていた。相変わらずの食欲に呆れながら、私は言った。
「そうしたいけど……その前に腹ごしらえしなきゃね」
揺れる尻尾を目で追っていたリリアのお腹が鳴った。
入学してからは王都に行くこともなく食堂の料理も美味しくて、外で食べることは無かった。……食べ歩きはした。
しかしそのおかげで誰も良い店を知らないときた。唯一ライライだけは「あの店の支店があるはずなのです…」と自信なさげに呟いたので、先頭は私から彼に交代となった。
話によればライライの親が贔屓にしている居酒屋チェーン店だそうで、クオリティは支店によって差があるが、それでも一定のクオリティを下回らない『確実に美味しい』お店なのだとか。
期待値が上がる中、ついにライライはその店の見慣れた看板を発見したようだ。私も店内は入ったことはないがその看板は王都で見たと記憶している。記憶に残る店名だったので。
「着いたのです!ここが 居酒屋・アル中の溜まり場 なのですよ!」
チェーン店だったのは意外だ。なぜ以前入らなかったのかというと、理由はやはり店名にある。凄く…この見た目で入ってはいけないような気がしたのだ…。この世界ではお酒に年齢制限はないが、日本で生きていた時間も長いので仕方ない。
中に入ると、店名に似合わず落ち着いた雰囲気の内装だった。カウンター席には強そうなお酒に上品に口付けるおばさまやダンディーなおじさま、テーブル席には冒険者らしき影もちらほら見られる。
特筆すべきは壁に流れるような書体で書かれたメニュー。見たところお酒に合うおつまみ系が多く、その中にガッツリ系が数品……意外なことにこの世界でも生魚を食べる文化があるようで、マリネのようなものもあるようだった。
席についた私は既に注文を決めていたので他のメンバーを待つ。みんなお腹が空いているので全ての料理が魅力的に思えて迷っているようだったが、それぞれ弱い酒とガッツリ系の料理、おつまみを一品ずつ選んだ。私が店員を呼んでまとめて注文した後に、ライライが口を開いた。
「セルカはお酒はいらないのですか?」
たしかにお酒を頼んでないのは一人だけだなぁと思いながら、私は頷いた。リリアは何か思い当たったのかにこにこと笑って、それから嬉しそうに言った。
「あたしもお酒の独特な風味が苦手なの…でもあまーい果実酒なら大丈夫だと思いますよ!」
彼女の笑顔を横目に、違うんだけどなぁと心の中で呟く。飲んだことないし知らないからそういうことにしておいてもいいかもしれないな。
雑談しているうちに早く出来上がったおつまみ系とお酒が運ばれてきて、私はその中にあったマリネをサッと目の前に引き寄せた。マリネだ…魚は知らない種類だと思うけれど、凄く嬉しい…。私はマリネが大好きなのだ。
「僕はみんなのも気になるのね〜?」
早く食べたそうにしているバウは、自分の頼んだ品以外にも目移りしていた。全員同意して、それぞれの料理を一口ずつ食べられることになり、バウは耳がぴこぴこと動いている。
私はまずマリネをフォークで持ち上げた。野菜類はわりと世界共通のものが多いので、人参や玉ねぎが入っていて、見慣れた感じ。薄く透き通った魚は柔らかいがハリがあって、前世のスーパーで半額で売られていたサーモンマリネと比べるのが申し訳ないくらい。
どれほど美味しいのだろうと期待しながら口に運べば、サーモンとは違うクセのない身によく絡んだソースが相性抜群……私は真面目に神様、フレイズ様に感謝した。
そのまま二くち三くちとゆっくり味わいながら食べ進めて、四切れ残してフォークを置いた。そのタイミングでちょうど良く運ばれてきたとり肉のココナッツミルク煮込みなるものを見て、私はゴクリと喉を鳴らす。とり肉といってもこれは鳥系の魔物肉。どんな味がするのだろう。
私はココナッツミルクの中の香味野菜ととり肉、それらの香りに胸を高鳴らせながらナイフとフォークを運んだ。
はい、美味しい。やっぱり美味しい。うん。
あまりの美味しさに語彙力の低下が発生した。香味野菜は見た目の彩りも素晴らしいが、飾りではなく『必要な食材』だ。ココナッツミルクの優しい味付けに個性溢れる野菜の味が合わさって飽きさせない。
この煮込みがこんなに美味しいのなら…他のは?
私は同様の考えに至ったほか四人と、非常に悪い顔をして目を合わせた。
美味しかった。
会計を済ませた私たちは、幸福に満ちた表情で学院街を歩いていた。ライライによれば『当たりの店だった』とのことで、美味しさに納得した。面倒だったのでまとめて私が支払った時はリリアがあたふたとしていたが、私がリーダーだし初の全員揃ってのお食事だから奢り、と説明したら落ち着いてくれた。
次の目的地は冒険者ギルド。クラン登録と、ついでに素材換金する予定。私は迷うことなく冒険者ギルドに辿り着き、その開きっぱなしの扉を通り抜けた。
同時にちらちらと向けられる好奇心に満ちた視線を無視して、私は真っ直ぐ受付カウンターに向かう。よく教育されているのか、クラン登録と素材換金を頼んでも驚かれることなくスムーズに話が進んだ。
リリアが若干視線に恐怖を感じているようだったが、気にするなと声をかければ握りこぶしを作って覚悟を決めたようだ。むしろおかしいくらいに力の入った彼女を見て、むさ苦しい空気に慣れていた男性冒険者たちが僅かに表情を和らげた。
しかし受付嬢に案内された先は小さめな解体室だった。流石に狭すぎる…というか、トレントは外じゃないと出せないので、裏手にある試験場に案内してほしいと告げると怪しまれたが連れて行ってくれた。
試験場に入るのは初めてだった。
冒険者は単独でもクランでもAランクへの昇格の際には試験を受ける必要がある。それまでは特定の強さの魔物の討伐や依頼の達成回数で昇格できるらしい。この試験場はAランクになるための試験に使われるのだ。
ある程度の広さを持った、魔力の防壁に覆われた広間。そこには学院の演習場よりは狭いがトレントを出すには充分すぎるスペースがあった。
私は「では、素材を出すので解体と一部買い取り、お願いしますね」と前置きしてから大木を異空間収納から出した。
ごおっと風が起こり、厳めしい顔のある枯れた大木が高くそびえ立つ。動く様子のないソレは明らかにトレント種の上位種…エルダートレントとわかるだろう。
受付嬢は目を丸くした。それはトレントに対してか、それとも異空間収納の容量に対してか、私には知り得ない。
「解体員を呼んできますっ」
急いで走り去った受付嬢は数分後には十名の解体員を連れてきて、そのまま解体作業に取り掛かった。枯れ木に見えても全ての部位が貴重な素材、皮や小枝、幹によって用途が異なり、またそれぞれ高値がつく。彼女たちは材質の僅かな違いから『亜種』であることを見抜いた。
「セルカさん、こちらのエルダートレントの亜種はどこで討伐しましたか?」
最初からいた受付嬢が枝を抱えてやってきた。彼女も検討はついているんだろうなぁと思いながら、私は口にする。
「大樹魔林の一階層ですよ」
と。すると受付嬢は不思議そうに、
「三階層の森ではなく、一階層ですか?」
としきりに聞いてくる。私は何か変なことを言ったのだろうかと思ったが、分からなかったので真実だけを口にすることにした。
「大樹魔林一階層の森の奥で、遭遇しました。擬態ではなく幻惑で隠れ、捕らえた冒険者を隠していました。それを倒して、そのまま持ってきました。…恐らくバーサーカー化の状態異常にかける魔法も…」
話を聞いた受付嬢ははじめは何を言っているんだろうといったように私を見ていたが、それから少し思案顔になり、何か一つの答えに至って慌て始めた。そして私たちが不安に思いながら解体終了を待っていると、めちゃくちゃ存在感のある巨体が現れた。
「ほぉ、これが新規エリアボスだった亜種か」
巨体はよく見れば服の隙間から鱗が覗き、加えてその頭部には立派な竜角が一対存在していた。竜人……そして首に下げられている職員証は支部長クラスの…………え?
「君たちが討伐したんだっけな、よぉくやった」
そう言った竜人は形態変化が得意なのだろう、髭の生えた顔は完全に人間のそれだった。オールバックの髪は白髪混じりの紺で、青竜だと予想できた。
「ありがとうございます、私はまとめ役…をしている、セルカ・エルヘイムです」
「ほぉほぉ、優秀そうなリーダーだな。クラン名は何だい?」
「実は今日はクラン登録をしに来たんです。解体は来る途中で思いついたので……」
竜人がグイグイくる。私は少し緊張しながら言葉を交わし、だんだんと親戚のおじさんと話しているような気分になってくる。でも絶対にこの人は…
そこまで思考が動いた時に、竜人が目を細めた。
「忘れてたな、俺ぁここのギルド支部長をしているグラードだ。優秀な新人…大歓迎だ」
やっぱりそうだったか、とさほど驚かない私を見て少し寂しそうにしている彼は子供のようだった。でも、かっこいい。かっこいいおじさまはいい人が多い(気がする)。支部長が何故ここに来たかと思ったが、大方ギルド内の解体員の多くが急に試験場に集められたのだ、個人的にも立場的にも気になったのだろう。
私はグラードに『優秀、なんて大袈裟ですよ』と目で訴えながら小さく礼をした。トーマは後ろで美しく礼をして見せて、負けじと残り三人が続いた。
そうして私達はギルド支部長グラードと知り合った。忙しい時間帯になり受付嬢が去ると、その代わりとでも言うように彼がギルド内へ私達を誘った。
話によれば、素材の解体が長時間かかりそうなので先にクラン登録をさせてくれるようだ。彼の気遣いに感謝し、私は笑顔でついて行った。……ああ、そういえばクラン名考えてなくない?