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第31話「生きた竜の護り」

 虫兵の一匹が目の前で犠牲となった。

 私はトーマに治癒魔法をかけ続けて極たまに魔力回復薬をあおる。リリアを守る防御魔法の維持に攻撃魔法にトーマのカバー、自身の防衛…それらの前には異常な量という認識であった体内魔力も尽きかねない。万が一にも戦闘不能に陥らぬように余裕を持って回復薬を飲んでいた。

 カラになった瓶を収納し、私はトーマを見る。まるでオーガ…理性の無い魔物だった。その様子に、心当たりはあった。


 確信を得るために私はステータスを確認して、目を細めた。



 セルカ・エルヘイム

 Lv:15

 ランク:D

 年齢:17歳 (+16)

 種族:クォーターエルフ(銀の氏族)

 職業:魔弓士(主人:トーマ、状態:バーサーカー)

 HP:83/110

 MP:315/392



 トーマの状態が通常ではないとわかる。『状態:バーサーカー』と明確に表記されているので、事実なのだろうと思われた。

 だが、果たして彼の使える技能に自身をバーサーカー状態にするようなものはあったのか。私の記憶違いでなければ、なかったと思う。執事の教育や戦闘訓練を受けた後には幾らか彼の技能は増えていたが……。

 彼の技能に強化系のものは()()()()。つまり考えられるのは、トレントによって引き起こされた状態異常なのか、それとも最後にステータスを確認してから今までの短い間に覚えたか、である。

 しかし、彼は劣勢という訳でもないのに『バーサーカー化』を使うような人だったか?


 私は木々に燃え移ることなど心配せずに炎の雨を放った。無論、味方の周囲には降らせないように考慮しているが、トーマはその中に突撃し、表面を黒く焦がしたトレントに追い打ちをかける。

 傷口を灼けば再生もしないようで、トーマの炎刀は着実に大きな傷を増やしていった。逆に彼にも傷が増えていく。


 雨に多量の魔力を消費した私は再び魔力回復薬を一気飲みし、額に浮かぶ汗を拭う。トーマには治癒魔法を掛け続けているのに、彼は傷を増やすばかり。私は唇を噛んだ。

 するとその時横を通過する数人の大人が目に入った。騒ぎを聞きつけた応援かと思ったが、それらには見覚えがあった。蔓に巻かれていた痕の残る骨張った腕を見て確信した。彼等は捕らわれていた冒険者だったのだ。

 逃がすんじゃなかったの、と言いかけた言葉を飲み込み、私はライライを振り仰ぐ。彼は慌てて弁明した。

「逃げようとしなかったのです!大丈夫、夜空妖蝶が護るのです!」

 虫を使役する彼は従魔の夜空妖蝶を見て言った。意思疎通が出来ていないバラバラの連携に『話し合っておけば』と後悔するがその気持ちは後回し、私は追加で冒険者たちにも防御魔法をかけて、授業を思い出して支援魔法をかける。

 支援魔法は技能としてはまだ覚えていないが見様見真似でも発動し、私はそれを全員に行き渡らせた。それを終えると、リリア、ライライと冒険者の魔法使いのいる後衛陣とトーマたち前衛陣の中間から、私は一旦引いた。


「すみません、少しの間任せます」

「わ、わかった」

 私は早口に告げて男魔法使いの横を通り過ぎる。任せると言ってもそれは攻撃魔法のことで、防壁は張り続けているが。

 全ての魔法をひとりで展開していたことに驚愕したのか男魔法使いは狼狽するがすぐに魔法を構築し始めた。流石に迷宮初心者とは違い判断が的確で、放たれた魔法は手数や威力こそ劣るがタイミングが絶妙だった。

 感心しながら、私は座り込むリリアの元へ。彼女は立ってこそいなかったが確りと盾を持っていた。私はその瞳から恐怖より強い覚悟を読み取り支援魔法を掛けた。私の魔力と剛竜王の賜盾の魔力が呼応し、リリアの四肢に力が漲る。

「リリア、安心してね…私がいるんだから!」

 言葉を発すると、明らかにリリアの様子が変わり、僅かな震えすら見られなくなった。不思議に思いギルドカードを手に取れば見慣れない文字があった。


 固有技能:天使の声


 恐らく「激励」や「フィアボイス」などと同様にカテゴライズされるもの…特殊な声を使える能力なのだろう、私は勝手に納得してその技能を全体に行使した。

「一人も死なせないから!」

 言葉選びが下手くそなのは自覚があったが、私は皆の動きが良くなったのを確認するとリリアの前を行く。トーマは落ち着いたみたい…これでやっと現状での最高戦力になる。

 リリアが前線に出たことで彼女の守りに割いていた魔力の削減、矛盾士の技能『挑発』によるトーマの負担軽減、そのおかげで彼が動きやすくなったぶん私の負担も減り、さらに冒険者達の助力。

 それら全てが私達を優勢に導いた。


 結果として、圧倒的手数と再生力で生き長らえていたトレント亜種は圧され、焦ったように根をばたばたと地面に打ち付け苦渋に満ちた表情で必死の抵抗をするのみとなっていた。

 私は勝てると確信し、同時にリリアを見る。元々Aクラスのメンバーだ…恐怖に支配されなければ実力は確かなようで、彼女によってつけられた傷も多い。手放せない人材だ!

 半狂乱のトレントは大きく跳び上がったトーマを追い切れない。タイミング良くライライの虫が蔓を弾き、空中で無防備なトーマにも攻撃は届かない。

 トーマは薄く炎を纏うイヴァを掲げ、その刀身が炎と同化し揺らいで見える程に『炎刀』の出力を上げた。そのままそれを振り下ろす。

「…っ」

 短い吐息と共に放たれた鋭い一撃を邪魔するものは何もなかった。




 それは時間にして約三十分…体感時間はその倍以上となる、私達の初陣であった。


「冒険者さん、手を貸してくださりありがとうございます」

 私は捕まっていた…手助けしてくれた冒険者たちにトレントの枝を持てるだけ持ち、差し出しながら言った。朽ちかけた老木の枝切れに見えるそれは立派な魔物素材で、亜種であり強さも申し分無かった(冒険者談)ので高値で買い取ってもらえるだろう。「ほとんど君たちが〜」などと言って返してくるが、彼等の装備品はボロボロになっていてこのままではろくに迷宮探索もできないだろう。私は資金源にしてねと笑顔で言って、受け取り拒否の意志を示した。

 それに、私はもう貴重な部位を貰っているしお金がないということもない。むしろもっと多く彼等に渡したいところだが、異空間収納に入り切らないのだとか。

「セルカ様、どうぞ」

 トーマが集めた葉を手渡してきて、それを無造作に収納すると、私は巨木に手を当てる。魔物の死体は放置すると厄介なので回収しておきたいのだが…これは入るだろうか。

 唸るが、森の奥なので収納する他に手はない。取り敢えず魔力を込めて慎重に干渉していった。

 私の容量を知らない冒険者たちとライライ、リリアが不思議そうにその様子を眺める中で、私は一気に巨木を取り込んだ。大きなものが消失したことにより風が起きた。収納しきれなかったのだろう、細い枝が一本、地面に乾いた音をたてて落ちた。

「よしっ、時間は残ってるけど私はもう何も持てないから、これからは倒した魔物はみんなで分割して持ってね」

 私は言外にそのまま探索を継続すると伝え、元々そのつもりでいた三人は元気に返事をした。冒険者たちははじめは呆然としていたが、逆に安心したのか破顔した。

「正道まで一緒に進みましょうか?」

 私の提案も断られることなく、しばしの間私たちはボロボロの冒険者たちの護衛を務めることとなる。道中運の良いことに二体の魔物との遭遇があったので、ありがたく倒させてもらった。




 冒険者たちと別れた後は正道を挟んで反対側…魔物が逃げ込んだ森の小道に進み、すでにノルマを達成した私達はゴールに向かった。

 当然トレント程の強さの魔物は他に見られず、疲労の溜まった私たちでも怪我ひとつせずにゴールに辿り着くことができた。予想外に疲れた様子の私たちにナハト先生は不思議そうな目を向けたが、聞かれることもなく到着受付と討伐証明を行った。

 しかし、猿や獣の耳、そして最後にトレントの枝をひとつ渡した時に先生の目は見開かれた。

「これは…変異種?それとも異常発生……一応第三階層から出る魔物だが、質が違うな」

「幻惑魔法を使っていたのです」

 驚くナハト先生にライライが伝え、先生は頭を抱える。気だるそうに先生は言った。

「まあノルマは達成しているからいいだろう。まだ昼じゃないがそこの床にある転移陣で外に出てから飯にしてくれよ」

 頷いた私は先陣切って魔法陣に乗った。今日の授業はこれでおしまい!


 その後寄り道することなく学院の食堂に着いた私は五人座れる丸テーブルを陣取って、遅れてやって来た残りメンバーに手招きする。

 昼食はまだ頼んでいないが、話しながら決めれば時間も丁度良くなるだろうという考えだった。私は全員の顔を見てから言った。

「今回の探索の反省をするよ」

「「「「はーい」」」」

 返事をしたのを確認すると、私は語り始めた。事前に決めておくべきだった連絡手段や練習不足だった各個の連携…連携は即席のチームだということから仕方が無いとも思ったが、よく考えてみよう。私とトーマ、バウは結構前から知り合って話し合う機会もあったのだ。それなのにバラバラの連携。もっとお互いを知るべきだった。

 私の話を聞いて全員頷く。年長者であるバウは申し訳なさそうに耳をペタンと伏せていた。するとリリアが手を上げる。

「リリア、話していいよ」

 私は笑顔で告げて、彼女は口を開く。

「えっと、みんな強いけれど、セルカちゃんに頼り過ぎ……だと思いました」

 その言葉に私は首を傾げるが、私以外は納得しているようで深く頷いた。魔弓士は魔法も弓も使えて身軽なので沢山の役割があり、私にとっては「こういうもの」なのだ。普通程度の短剣技が使えるから、一応前線にも出ていたが…そのことではないだろう。

「同感なのです。攻撃魔法、防御魔法、支援魔法、前衛、後衛……はっきりいって自重しなければ単独討伐も夢では無いように思えたのです」

「僕もそう思うのね」

 ライライの言葉にバウが共感した。私は思い返して「確かにそうかも」と変な汗をかく。別に全員生還するためにできる限りのことをしたので悪いことではない。

「俺が守る立場のはずだったのに」

 しゅんとしているトーマは、トレントに『バーサーカー化』させられていたことを物凄く悔しがっていた。

 ……相談した結果それぞれの主な役割を決めて、その範囲を超える行動は生死に関わる状況でない限り控えることになった。それぞれの成長を妨げないように、そしてセルカが目立ち過ぎないように。本人はその意図に気付いてはいなかったが…。


 この時の私たちは知らない。新しいエリアボスがそろそろ出現するのではないかと囁かれていたこと。その新しいエリアボスが、幼女一行によって討伐されたエルダートレント亜種であったことを。

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