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第30話「大樹魔林」

 そこは荒々しく削られたような岩石で構成された洞窟。しかし突然に蔦に覆われ始め、その後には開けた場所になる。広く整備された道…正道の両脇は既に森林と小路が見えていた。迷宮『大樹魔林』はその名の通り魔の巣食う森を内包した異世界のような場所だった。

 正道とはいえ油断禁物なので、先頭は魔物との戦闘や索敵に慣れたバウに任せ、それぞれも周囲を警戒している。私達はある程度まで進むと小路に入ることを事前に決めていたので、配布された地図を確認しながら横道に逸れた。ちなみに地図は浅層のものはギルドや学院からの資料で提供されていて、中層や深層のものはギルドや情報屋からの購入で手に入る。今回は学院で提供されたものを腕輪の機能で表示しながら歩いていた。

「横道に逸れるだけでこんなに変わるの…?」

 私はバウの後ろを歩きながら呟いた。正道は浅層にのみ整備されているが、つまり中層以降はこの鬱蒼とした熱帯雨林を模したような場所の狭く暗い道を攻略する必要があるのだ。考えたくなかった。

 まだここは広い洞窟に木々が生い茂っている状態だが進めば進むほど異界化が進み、空があったり海があったりとどう考えても洞窟や建造物内にある迷宮だと思えない内部になるという。

 歩いている限り一階層は情報が出尽くしているので冒険者とすれ違うことはなかったが、それだけ魔物は多いということ。私は耳を澄ませながら歩いていた。バウがお得意の魔力探知と聴力、嗅覚での索敵を行っていて、私の出番はなさそうだったが。

 私は地面に転がる無害そうな昆虫を踏み潰し、小さく声を出した。

 同じタイミングでバウは立ち止まり、後続に「待っていてね」と指示すると一人で先行する。すぐにグギャッと気味の悪い声が聞こえ、バウはその声の主を引き摺って戻ってきた。

「資料通り、大樹魔林では猿系の魔物が多いみたいだね。と言っても一階層は本当に弱い魔物ばかりだから、一人一体を討伐していけばノルマの三体は余裕だね」

 右手に持つのは猿の足首。短剣も収納後のようで左手は何も持っていなかった。肝心の猿だが、それはセルカより大きな身体を持ち迷彩のような毛並みで四本ある腕には血管が浮き出ていた。

 それは擬態猿と呼ばれる雑魚魔物。バウはその場で手慣れた手つきで部位を剥ぎ取り私に手渡してきた。

 一番容量の大きな仲間に渡すのは間違った行為でもないので、私はそれを受け取った。

「ありがとね、僕は魔力も容量も少ないからね…」

 バウは申し訳なさそうに眉尻を下げて言うと、先に進み始めた。


 そのまま進み、特に問題もなくトーマとライライが猿を討伐した。これでノルマは達成したが、私と肝心のリリアはまだ魔物を倒しておらず、そしてそこそこ深くまで来たはずなのだが魔物との遭遇が無くなっていた。

「おかしい…ですね。ライライ君の虫も近くに魔物はいないと伝えているんですよね?」

 リリアは剛竜王の賜盾をしっかりと構えながらライライを振り返る。もちろんだ、と頷く彼の目はウィンドウに映し出した資料に釘付けで、眉をひそめていた。

 私の記憶が正しければ、正道から離れれば離れるほどに魔物の数が増え、知能も上がるという。その上冒険者が一階層や二階層といった浅層を素通りするためにその傾向が強いはずなのだ。つまりこの状況は余程運が悪いか何か異常があるということ。一同は皆同じ考えに至り緊張していた。

 木々が邪魔だと判断した私は弓をしまい短剣を構え魔力を練り続けるが、なかなか変化は訪れなかった。


 その中で唯一()()を感じ取った者がいた。


「纏雷」

 駆け出して『魔剣:極黒鬼イヴァ』を抜いたトーマはイヴァに雷を纏わせて特攻した。その先には大樹。とてつもなく大きな…。

 切っ先をその身にめり込ませた大樹は悲痛で聞くに耐えない奇声を上げた。わさわさと枝を揺らし刃のように鋭利な木の葉を撒き散らし、足元の白骨やらを隠していた幻惑を解いた大樹(トレント)は虚ろな目を開く。

 先制攻撃を終えたトーマはすでに塞がりかけている切り口を見て眉をピクリと動かすと、魔物の動向を訝しんで距離をとる。体を大樹に向けたまま後退した彼は私を守るように前に立った。

「「エルダー・トレント 亜種…!?」」

 幻惑を操る魔物樹など聞いたことない。私とバウは声を上げた。自ら仕留めたのであろう足元に転がる人骨や猿の白骨、そして蔓に捕らわれ現在進行形で体力を奪われていっている冒険者数名。彼らは突然開けた視界に救いを見出すが、そこに居たのは幼女と少年少女たち。

「学院生か…っ」

 耳に届いた掠れた声で意識があるとわかり、私は声を張る。

「機を見て脱出してください!!」

 しかし冒険者たちは絶望に満ちた眼差しで私達を射貫く。巨大な敵影に加えて負の感情に満ちた視線を向けられると、実戦経験の少ないリリアはそれだけで涙目になる。

「セルカ様、もういい!放っておくぞ」

 トーマは声を荒らげてイヴァを振るう。しなる枝での攻撃は『炎刀』に弾かれ、表面を焦がす。新調した魔剣イヴァでなければ刀身にヒビが入っていたと思うほどの重い一撃だった。

 声をかけるのを中断した私は私を守るトーマに回復魔法を掛けて、自らの周囲にに防御障壁を展開する。細かな傷が消失した彼は振り返らずに魔物樹の懐へ飛び込んだ。

 少し遅れてライライが数匹の虫たちを呼び、躊躇うことなく虫化の解除を実行した。みるみるうちに魔物へと変貌したそれらは特に秀でた個体なのだろう、夜空妖蝶がそれらを率いて捕らわれの冒険者たちを解放するべく飛翔した。

 ライライは以前見せたとおりにスライム系のクリーチャーを身に纏い、操作する。狭いこの場では体積の多いその形態ではうまく動けないのか、彼はトーマや夜空妖蝶のサポートに徹していた。

 私はそれを見て頷く。バウは汗を拭うと森の中に消えたが、後に回るのだろうと予測できたので無視した。一人で魔物樹にダメージを与え続けているトーマは力任せにイヴァを振るうが図体がデカい敵なので外れることは無い。枝や蔓が迫ると体制を崩し、見ていて心臓に悪い。しかし私はそれから目を離し、座り込んだリリアに駆け寄った。

 彼女の目は冒険者に釘付けになっていて、呼吸が浅い。私はその視線を遮るように立ち、リリアを立ち上がらせた。

「剛竜王の賜盾があれば怖くないよ、大丈夫。トーマのサポートをお願いしていい?」

 優しい声を心掛けるが後ろでは大型の魔物との戦闘が繰り広げられていて心中穏やかとは程遠い。だがリリアは盾から手を離し、剛竜王の賜盾は鋭利故に地面に刺さる。私は時間がないと判断し、混乱に陥るリリアを球状に展開した防御障壁で包み込み戦火に飛び込んだ。

 どこからかバウが静止する声が聞こえたが、このままではトーマが持たない。迷いなく短剣を手にし無詠唱の魔法を構築し、トーマの隙を埋めるように行動する。

 共に戦った時間の少なさゆえにちぐはぐな連携だったが、それでも負担の減った彼は蔓の餌食になることも少なくなった。

 でも…いきなり大型の魔物と遭遇するなんて。心の中で悪態をつくと、私は風の槍を放つ。魔法耐性が高いのか蔓の二撃で霧散させられたが、手数の減ったトレントに遅れをとるトーマではない。何度も再生する蔓を懲りずに切り落とし、鬼は吼えた。

 咆哮と共に連携を無視して襲いかかる彼をカバーし切れない。咄嗟に部位召喚で巨獣(マジム)の腕を喚びトレントを殴りつけるが、敵の狙いはトーマから離れない。

「…っ」

 私は無理矢理突撃し、短剣で蔓を切り落とす。至近距離で魔弓を放ち風で切り裂き圧倒的な手数で攻める。これには流石にトレントも無視をつき通せなくなり葉を飛ばすが魔法で弾く。

「トーマ冷静になって!捨て身にならないで!」

 私は叫んだ。様子がおかしい。トーマはこんなに野生的な攻撃を仕掛けるような人じゃないのに…。

 防御障壁を展開していた私は免れたが葉による遠距離攻撃で思うように動けなくなったライライはクリーチャーの制御を解いて虫を追加する。即座に虫化を解かれた魔物虫たちは小柄で飛行型、トレントの葉の嵐を妨害するように立ち回った。


 夜空妖蝶は鱗粉で配下を護りながら冒険者のもとへ向かっていた。食料を奪われてはかなわないと根による邪魔が入ったが、トレントの意識はトーマたち前衛に集中しているようで夜空妖蝶には当たらない。

 攻撃に巻き込まれそうになった配下に加えて冒険者たちまでもをいちいち護り配下に指示を出している妖蝶は美貌を少し歪めていた。

 冒険者たちは怯えた表情で妖蝶を見据え、どうやら味方だと分かっていないようなのだ。

 《面倒っスねぇ…》

 これ以上近付こうものなら向こうから魔法などを飛ばされかねない。舌打ちしながら降り注ぐ蔓を受け流し、多少のダメージを負いながらも冒険者の盾となる。

 その時鬼の咆哮が響き渡り、冒険者は肩を跳ねさせる。それを見て好機だと悟った夜空妖蝶は雨のように降る葉の刃の嵐を蹴散らし冒険者の眼前に躍り出た。夜空妖蝶を警戒して詠唱待機されていた魔法は冒険者の集中力が途切れたことで消えていた。

 《聞こえてるっすか?そこのオジサンたち!》

 一部の刃が羽根を切り裂くが気にせずに優しい笑みを作ろうとする。ライライ仕込みの営業スマイルだ。その行動と発言から予想外に知性を感じた冒険者たちは、咄嗟に頷いた。

 《ここにいる虫たちはみーんな、青髪の少年の従魔っス》

 無防備に背中を晒し、それを配下に任せ、傷付いていく夜空妖蝶とその配下を、冒険者は疑るような視線で見ていた。

 夜空妖蝶はそれがあまりにも歯痒くて、いくら主人の命令でも難易度が高過ぎるこの問題にどう対応するべきか思い浮かばない。そして、ついに妖蝶は諦めたように笑った。

 《このままでも死ぬっスよ。どうせならこっちに賭けて欲しかったっス》

 それは忠誠心故の発言だった。妖蝶は冒険者を救うことを命じられた。ならばこの身果てようともここで守りに徹しよう…そう考えていた。

 だから妖蝶にとって、目の前の冒険者が落ち着いた声を出すことは考慮していなかった。

「賭けるぞ…この拘束を解くだけでも構わない。俺らを解放してくれ」

 夜空妖蝶はその真っ直ぐで馬鹿正直な視線を受け止めて、美貌を歪めて配下の一部を冒険者の元へ走らせた。

 彼女のすることは変わらない。守ればいいのだ。

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