第29話「かわいこちゃんげっと!」★
「無遅刻無欠席……当たり前のことが出来るのは素晴らしいことだ。継続するように。……ではホームルームを始めるぞ」
ナハト先生は時間ぎりぎりで教室に現れ、茶髪を掻き上げる。無地のTシャツに七分丈のズボンというラフな格好であった。ここ……一年のAクラスには制服を着ている生徒は一人も居らず、皆が自前の戦闘服を着ている。特に今日は迷宮探索があるのでフル装備の者が多いだろう。
それを眺めたナハト先生はそれぞれの特色のある装備に何度か頷き、手元の紙を見て言った。
「あー、今日は知っての通り迷宮探索だ。わかっているとは思うが、昼の時間とかぶっているから携帯食料や魔物避けの魔道具があれば用意しろよ」
気怠げな助言に、生徒は揃わない返事をする。どうやら連絡はそれくらいしかなかったようで、ナハト先生はさっさとホームルームの終了を告げて教室から去ってしまった。
ホームルーム終了予定時刻よりも随分と早い時間にとり残された生徒はバラバラに散って知り合い同士で雑談に耽る。初日に話せなかった生徒との交流をはかる者も見られて、その中でセルカたちに話しかける者がいた。
「初めましてセルカ……ちゃん。話すのは初めて……ですね」
「初めまして!えっと、リリアさん?」
ライライに連れられてこちらに近付いたその少女は、私と同じ中級貴族だと記憶にある。桃色の髪はふんわりとカールしていて、ふわふわ可愛い雰囲気を放っていた。化粧っ気のない彼女はライライの後ろで迷宮産と思われる鎧を纏っていて、魔法職ではないとわかった。
「はい!さんはいりません、タメ口でお願いします!」
元気よく返事するリリアは、小柄で愛らしい。タメ口を望んでいる彼女は敬語だがクセなのだろう、お咎めはなしとする。優しげな表情を見せる彼女は、恐らく知り合いであるライライを頼って……。
私がライライに目を向ければ彼は目をうっすらと開けて微笑み、私の机に手を付いて口を開いた。
「今朝ぶりですね、セルカ。この子はまだあまり仲の良い人がいないのですよ……出来ればチームに」
「うんいいよ」
「それなら良かったのです」
食い気味で返事をすれば、ライライは安心したようにへにゃりと笑った。目は相変わらず笑っていないのだが、嬉しいことは伝わった。私たちのやり取りを見て首を傾げているリリアは、小動物のようだ。
「リリア、職業は?」
ライライが質問すると、彼女ははっとしたように目を見開き、それから慌てて精神を集中させて異空間収納から得物を取り出す。それは中くらいの盾で、しかし盾というにはあまりにも攻撃力が高そうだった。
私はそれを見てもピンと来ずに、笑顔のリリアに目を向ける。ぱちっと視線が交錯すると、リリアは恥ずかしそうに告げた。
「あたしは、矛盾士……この盾は刺突槍として使えるようにオーダーメイドしたものです」
凶悪なフォルムの盾を軽く持ち上げる彼女は、ごつい鎧を着ていることもあってとても強そうだった。Aクラスに所属しているので強いことには強いのだろうが……。
私は盾をじっくりと観察して、許可を得てから触れてみたりと武器としてどうなのかを調べる。結果、メインの役割は盾のようで、武器としてはまだまだ伸び代があると思われた。まず素材が鋼鉄なので更に良いものに変えれば迷宮深層でも通用するだろう。
色々な考えを巡らせて、私は取り敢えず今日は組むと決まったので、戦力増強を図ることにした。恐らく矛盾士というのは上級職だろうが、武器や防具がしっかりしていなければ意味が無い。
そう結論づけた私はなんでもないように異空間収納から剛竜王の賜盾を取り出してリリアに押し付ける。リリアは突然渡された盾に驚き思わず自分の盾をしまうと剛竜王の賜盾を受け取った。しかしその直後に情けなく「ひ、ひぇ」と声を出してしまう。
「りゅ、あ……ぇ?竜王の……生きてる盾……剛竜王……?キラキラ……うぇぇ……??」
まじまじと見て、狼狽えながらもその美しさに惚れ惚れとしている。チラチラと私に視線を送らないで……可愛さが溢れてるよ、リリア……。
「リリア、チーム組んでる間は貸すよ。その盾は竜鱗の形が残ってるから攻撃にも使えそうだしね」
「い、いいんですかぁ!?あっ、ありがとう!」
にっこり笑顔で告げる私に涙目になるリリア。その手にはどう見てもレア素材の高級防具。
周囲に目を向ければ、遠巻きに私達を眺めていた生徒の一部が何やら話しているのに気が付いたが、どうやらそれは陰口の類のようで目が合った彼等は口を噤む。不快ではあったが相手はクラスメイトだしそろそろ授業も始まるだろう。真面目な性格のセルカは、ライライとリリアを席に追い返し、ほぼ同時に開いた教室のドアを見てほっと息をつく。おじい様だった。
教師として教壇に立ち始業の挨拶も無く教本を開くおじい様の姿に、私はふむと頷いた。隠居したはずではないかとも思ったが、大魔法使いガロフとして有名であるので生徒達は驚きはするが違和感は感じなかった。
「第二項目の術式構築を見るのじゃ」
その言葉に一気に空気が締まったAクラス教室。大魔法使いから教わるなど滅多にない機会だし、加えて術式構築はどれほど高位の魔法を扱うようになっても鍛錬が必要になる大事な部分。おじい様は食らいつくように資料に視線を注ぐ生徒達を見て、なるほどこれがAクラスか……と感心しているようだった。
しかし一部には態度の悪い生徒もいる。実力を重視した余りに生活習慣面など確認しきれていなかったのだろうが、身分も実家もバラバラな生徒全員のことを完璧に把握するのは難しいだろう。仕方の無いことだ。
おじい様の心情を大体察した私は少し頬を緩め、偉そうな貴族長男やスラム出身の獣のような少女をチラ見して、それから意識を研ぎ澄ませて集中して勉学に励んだのだった。
魔法理論の後の歴史はいち教員のエルフが実際に見聞きしたことを交えた冒険心をくすぐられる授業だった。上から目線でない丁寧な態度を見た偉そうな貴族長男……ジュリオは満足気であった。
そんなこんなでぱっぱと終えられた座学。本日の座学はこれまでとなり残りの時間は全てが迷宮探索に充てられるようだった。
問題はチーム分けと移動くらいだが、まあ魔法国家アズマの有する最大迷宮『大樹魔林』の迷宮街フレーゲルはここと隣接しているので移動は問題ないだろう。チーム分けは……
「よし、じゃあ薄々勘づいてはいただろうがチーム分けを行う。ここで編成されたチームがそのままパーティーやクランに反映されるわけではないが、多くの場合はここで決まったチームのままで進むぞ。余程奇抜な編成でなければ許可を出すから自分たちで頑張って決めてこい」
パシンと手を叩いたナハト先生は、そのまま椅子に座り込んで脱力する。締まらない光景の極みではあるが、生徒は積極的に動いていく。孤立しそうに思われたティルベルでさえ貴族達と前々から決めていたようにチームを作った。
私達は勿論決まっていたので、ルームメイトとその友人を加えた五人……とマジムを加えた六人で即座に集まり許可申請。数秒後に許可が下りたと腕輪が知らせ、「いぇーい!」とハイタッチを交わした。
楽しそうな雰囲気の充満した教室内は修学旅行前の様子を思い起こさせる。ざわめきどころでなく五月蝿くなった教室に「静かにしろよ」と怒ったようなナハト先生の声が響いたのも、当然の結果であった。
学院が貸し出した馬車に乗り迷宮街フレーゲルへ着くと、そこからは自由行動となる。迷宮探索開始までは一時間の猶予が与えられており、その間に必要なアイテムを買うことができる。街との連携も出来ており、普段より多くの商品を陳列している店が多いのだという。
まあ、その開始時間というものも「これまでに出発すれば、スピードが遅くとも課題は達成出来るだろう」という基準なので、殆どはそれより早く迷宮に挑むようだが。
もちろん私たちのチームも先行する予定だ。荷物はそれぞれ異空間収納に準備が出来ていて、持ちきれなかったものは私が持っている。
唯一リリアだけは実力が知れていないが魔物との戦闘経験もあるようなので迷宮内で見させてもらうつもりでいる。
課題内容は至ってシンプル。迷宮の一階層で最低三体の魔物の討伐と素材剥ぎ取り、二階層入口までの攻略…つまり普通に一階層のみの攻略をしろということだ。大樹魔林は一階層の最初は洞窟に近いがすぐに熱帯雨林のような場所に変わる。そこからは魔物が多く、普通に歩いていれば一番広い正道を歩いていても三体くらいの魔物には遭遇する。時間も二、三時間多めに見積もられているので森林に足を踏み入れてもよし、魔物の数を増やしてもよし、本当に自由に探索しても良いのだ。
フレーゲルの街並みは石造りの建物が多いため灰色や黒い色が多い。その街並みを眺めながら、その中心にある迷宮までの直線に延びた道を進んだ。既に私達は武器を装備していて、服装からも冒険者であることがわかる。キョロキョロと慣れない景色を見回しているという行動を除けば、景色に馴染んでいた。
「トーマ、あれを見て!傀儡がお店を開いてる!」
私は初めて見るものに驚愕してトーマの袖を引っ張った。視線の先には飾り気のない傀儡と、それの手前のカウンター、それに並べられた魔法効果のありそうなアクセサリの類。さすが迷宮街と言ったところか…そこの小さな看板には『迷宮産装飾店支部』と書かれていた。店名はないのだろうか。
「鬼灯のランプか……」
トーマは既視感のある照明に目を引かれて、「見よう」と言う。皆も興味があるようで、それを一人一人に確認した私はカウンターに並ぶ商品に駆け寄る。
きらきら、きらきら。魔法効果の記入されたプレートを見ながら商品を見る。ライライは商家生まれなので何らかの方法で鑑定しているのか目に魔力の気配があったが、その魔力の気配なんぞ常に周りに気を張り巡らせている者でも気付けぬ程の微量なものだった。
私はそうとも知らずにライライの様子を見て鑑定かぁ、と興味を示し気になったものを彼に渡すようにする。すると彼はひとつのイヤリングを手渡され見たときに、小さく声を上げた。
「……これは、まだ魔法効果の付与ができる枠があるのですか」
プレートに書かれた魔法効果は『物理障壁(弱)』、その効果に惹かれた私が手渡したものだが。感心するような声に、傀儡から声が聞こえた。
『その通り、それにはまだ魔法効果の付与ができる。魔力が高くて付与方法を知っている人に頼めば良い効果が付くだろうよ』
「丁寧にありがとうございます」
ライライは傀儡が言葉を発したことに驚かずに、礼を言った。そして私は彼と目を合わせ、それから「買います」と言って値段ちょうどの硬貨を取り出す。すると傀儡は少し慌てて言った。
『あぁと、頼むから銀貨一枚はよしてくれよ。できれば全部銅貨がいい』
その口調は全く違ったが、その物言いに不審者さんを思い出した。傀儡は銀貨一枚分の銅貨をじゃらじゃらと受け取ると満足そうに頷く。
そのやり取りが終わるのを待っていたのだろう、バウとリリアがそれぞれ気に入った商品を手に取って、その代金を銅貨で支払う。バウはイヤーカフス、リリアは銀の装飾が入った青い宝石の指輪で、傀儡は銀の煌めきを目にして半歩後に引いた。
トーマは終始黙っていたが、私の後ろで私の銀髪に指を通しながら口を開いた。
「……剣を売った黒いヤツの店……の、支店なのか」
彼は確信していないのかあまりはっきりとした声ではなかった。しかし言われてみれば硬貨の件や売られている商品の安さ、カウンターなどの雰囲気、鬼灯の形をした照明具が似ていた。
傀儡はけたけたと笑って答えた。
『その通り、よく観察しているね』
私はその返答に納得しながら「よろしくと言っておいてください」と傀儡に頼んで、トーマは何も商品を見ることなく店をあとにした。
どこにでもお店があるなぁと感心して、そのまま私達は迷宮……大樹魔林へと歩みを進める。魔法で出入りの条件を満たしているかで通れるかが決まっているようで駆け出しのような冒険者や使い込んだ装備品を身につけた冒険者まで様々な人が出入りしている。
「じゃあ、行こう!」
私は先頭に立って声をかける。全員が口を揃えて返事をすると、私達は魔法の壁をすり抜けて迷宮に入っていった。