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第28話「あなたのための、」

 月明かりがカーテン越しに薄らと透けるそのへやで、緑の少年はそっと少女を覗き込む。綺麗。長い睫毛に透き通る肌色、彼女は彼にとって何よりも大切でかけがえのないものだった。

 マジムは暫くそうしてセルカを見つめたあと、闇に溶け込む。それからもう一度その世界に降り立った時には、全く違う場所にいた。真っ直ぐに降り注ぐ月光に、光の粒子を散らせながら歩くマジムは一枚の絵画のように良く映えた。

 そこは学院の外、さらに少し離れた森の浅い場所。最早見飽きた傀儡がマジムに向かって歩いてきていた。

 声にならない咆哮を上げ、マジムは傀儡の正面に仁王立ち。怒りを抑えきれないようにギリギリと歯を軋ませて言葉を噛み殺していた。

 自分勝手はお互い様。だけど大切なご主人様に間接的にでも、未然に防がれていても、それでも手を出したことには変わりがない。

 ()()も、手を出しているうちに入る。もしマジムがここに止めに来なければ、この傀儡は街へ……そして学院の寮へと進入するだろう。

「い い 加 減 、諦めてください……ッ」

 低く掠れた声で言いながら、傀儡を砕く。何体目かは数えていない。毎日毎日来るのだから数えているとキリがないのだ。

 魔境でないためいつもより弱い傀儡だが、どうせ数日後にはこの普通の森で作れる最高のクオリティの傀儡へと改造して来るのだろうと思うと腹立たしい。こんなところで時間を割かずに世界の管理をしたらどうなんだ、と悪態をつきたくなる。

 マジムは忌々しい傀儡を殴り、元ご主人様に思いを馳せる。(フレイズ)は知っているだろうかと。敵は姑息で悪知恵の働く者なので、恐らく上手く隠しているのだろうとは思うが……やはり望んでしまう。

 主神が動かないのならば、自身が動かねばならぬのだから。




 朝、目を覚ますと、いつもよりさらさらした掛け布団に包まれていた。慣れない匂いに、慣れない空気…そこまで体感して、やっと自分が寮で眠っていたのだと思い出した。

 きしりと小さな音を立てて、私は起き上がる。みんなまだ眠っているようで生活音はせず、カーテンが閉められているので室内に光が乏しい。のろのろとベッドから下りて、寝惚け眼の私はカーテンを開けに行った。

「……時間は……時導(ときしるべ)

 呟けば、指輪がふんわりと優しげな光に包まれた。どうやら時間はまだまだ余裕があるようで、慣れない場所で早起きしてしまったのだろうと苦笑した。

 指紋ひとつ付着していない硝子を避けて窓枠に手をついて外を眺めると、そんな私の後ろにいつの間にやら来たトーマが少し絡まった髪を櫛で梳く。そういえばトーマの赤色が向かいのベッド内になかったな、と思った。彼は先に起きていたのだ。

「いい天気だな、セルカ様」

「うん」

 髪をほどいて梳かし、さらさらと指の間を流れる髪を結っていく彼は、少し楽しそうな声をしていた。


 しっかりいつもの髪型に戻った私は学習用の机の前に座り、腕輪を起動する。薄く透けるウィンドウが浮かび上がり、そのまま今日の時間割りを表示した。時間割りといっても毎授業が均等な時間に割られているのではなく半刻ほどだったり半日だったり授業時間の振れ幅が大きいそうだ。

 今日はどうやら魔法技術と歴史を短時間、残りは全て王都付近にある迷宮探索らしい。これ程早く迷宮に触れることになるとは、実力重視の学院らしい。王都内にある学校は筆記や知識重視のはずだ。

 私は授業内容を確認し終えるとウィンドウを閉じ、椅子から立ち上がる。学院に出向くにはまだ早いが、この時間なら商店街で朝市が始まっているだろう。

 私は寝ている二人をおいて、支度を終えた。顔も洗ってスッキリさっぱり、お金も赤眼熊の素材からがっぽり手に入ったので、有り余っている。

 王都と違う商品はあるのかな、と心を弾ませながら、私は寮から立ち去った。トーマは無言でついてくるが、まぁ従者教育……というかエルヘイム流執事教育を経ているので『主人から離れるな』とか何とか教えられたのだろう。一緒に居てくれるのは嬉しいし、何か言うこともない。




 学院の施設が並ぶ場所を過ぎ、学院の周りの街に足を踏み入れれば、すぐに賑わいが伝わってくる。冒険者が多くギルド支部まで設営されているので、一般市民も多いのだ。それらの人々が、朝の市場を盛り上げている。

「王都に負けないくらい……」

 私は活気を目の当たりにして呟く。私は癖でおにい様に語りかけるように続けた。

「王都から近い訳では無いけど……やっぱり迷宮に一番近いからだよね?」

 見上げると、そこにいるのは勿論おにい様ではなくトーマ。彼は「うん、前主人もよく利用していたと思うよ」と微笑みを返すが、私は少し恥ずかしくなって頬を染めた。おにい様じゃない人が隣にいることに、慣れないと!

 私はえへへと笑って、それから「じゃ、行こっか」トーマの手を引く。人混みには色んな種族がいるが赤い肌はそうそう見られないので、迷子にはならないと信じているが。


 ある一角では、採れたての野菜や果物を宣伝するおばちゃんが傷のついた果物をほぼ無料といっていいほどの値段で売り出し、競争になっていた。若そうな冒険者や子供が多い。

 それを横目に人混みを縫うように進み、私達はただ目的もなく彷徨った。食事は食堂で出来るし、来る前に既に回復薬などは購入済み……強いていえば、矢のストックだろうか。しかし魔力でも魔法でも飾り弓(女神の天弓)なら打ち出せるから正直必要ない。深層ならば、魔法無効だったりする魔物対策用に持っていくこともあるだろうが……いきなり高難易度は学生にはキツい。流石にないと信じている。

 私は歩きながらあと一時間ほどの暇をどう潰そうかと思索する。そうしてフラフラと路地に踏み入れた時、声がかかった。

「おぉ久しぶりぃ、使い心地はいかがぁ?」

 歌うような不思議な調子で語る彼は、不審者の出で立ちだ。襤褸切れのようなローブに全身に雑に巻かれた薄汚れた包帯、赤目に乱れた黒髪……それはいつぞやの武器屋さん。私は心の中で不審者さんと呼んでいる。

 その見た目から思わず身体に力を入れるトーマだが、私は安心させるように目配せしてから不審者さんに向かって一歩を踏み出した。

「久しぶり。使い心地は最高だよ!てっきり王都の迷宮産専門の……不明品区画に引きこもってるのかと思ってたわ」

 にこやかに話しかければ、不審者さんは少し嬉しそうに目を細めた。こんな明るい朝のうちに外にいるなんて意外だった。日光を浴びたら灰になりそうな感じなのに。

 なんとなく見つめていると、彼はフードを深く被り直して手招きする。私はどう動くべきか図りかねているトーマの腕を引いて、不審者さんについて行った。




 結果、辿り着いたのは光を吸い込む漆黒の扉。人の目につかない路地の奥にポツリと存在していた。これはもしやと思えば、不審者さんはゆらりと滑るように動き扉を開け、どうぞ、と入るように促した。

 暗くて見えない内部に不安を感じながらもゆっくり足を踏み出せば、部屋中の明かりが一斉に灯る。明る過ぎない……不明品区画の店でも見た、鬼灯の形をしたランプが妖しげに壁や天井を照らしていた。トーマが後に続き、最後に不審者さんが入り扉を閉めるとそこはもう現実ではないかのような……。

「今日はあなたの従者の……赤い鬼のために、開店したんだぁ」

 適当に積まれたような武器防具に体を向けて、不審者さんは言った。私は後に控えていたトーマを振り返り、彼に前へ出るようにと促す。彼は渋々不審者さんに近寄ると「どんな用件で?」と訊く。

 不審者さんはその態度に気を悪くした様子もなく振り返り、見せつけるように剣を掲げる。トーマは現在量産品の安価い剣を使っているが、それとは比べてはならない程のもの。迷宮産だと分かる、独特の雰囲気を持っていた。

「これは?」

「迷宮の深層で、そこそこの魔物を倒したあと……宝箱からぁとれたんだぁ」

 つまり迷宮さんからの特別報酬(プレゼント)だ、と不審者さんは言った。しかしここに売られているということは不明品、彼の言う特別報酬にしては……とトーマと私は眉をひそめた。

 斬れ味も良さそうで純度の高そうな魔石も埋め込まれ立派な魔剣のように見えるのに、不明品として店に並ぶなんて。

「不思議ぃ?不明品なんて思えないでしょ」

 心を読んだかのように不審者さんは言った。黒い刀身をチラつかせ、彼はからかうように笑った。艶のある黒が鬼灯の光を映して光った。

「それには、訳があるんだぁ。……これを手に入れる前に立ちはだかった魔物はぁ、名前持ち(ネームド)『極黒鬼イヴァ』。この剣はその鬼が持っていた剣にぃ……超そっくり!」

「……で?」

 身振り手振りを加えて語る不審者さんに、トーマは冷たい声で答えを促した。時間はあるが無駄な時間にはしたくないし、ほぼほぼ私が放置されているのが気に食わないのだろう。

 不審者さんは気にせずに続けた。

「この剣はぁ……鬼人族やオーガなどの鬼でしか魔剣効果や斬れ味上昇の効果を引き出せない……鬼のための剣なのさ」

 その鬼のための剣を投げて寄越した彼と、慌てながら柄を掴むトーマ。ずしりと心地よい重みが加わり、喜ぶように剣が切っ先を輝かせた。その無駄のない美しさに思わず魅入った。

「今回は、銅貨八枚……わざわざ出向いたぶんの金だなぁ」

 不審者さんは右手を差し出して代金を催促する。買うとは明言していないが……心は決まっていたので礼を言ってから八枚の硬貨を手渡した。ちゃらちゃら、とぶつかり合う硬貨の音が静かな闇に消えていく。

 私達はそのまま店を出て、ふと時間を確認した。短いように感じていた不審者さんとの邂逅は実はそこそこ長い間だったようで、丁度いいくらいの時間。

 私は不思議そうにしているトーマの横で、ふふふっと笑いながら歩いた。私もいまいちわかっていないけれど、二度目だから彼のようには驚かなかった。流石にあの値段には溜め息が出てしまったけど。

 学院に向かって落ち着き始めた人の波に突っ込んだ。行き先は同じなので手は繋がなかった。今日は初めての迷宮探索……即席でチームを組むのかランダムに決められているのかはわからないけど、ライライと同じだったらいいなぁ、と思いつつ。

 活気はいつの間にか学院までも包み込み、若い声が至る所で聞こえ出す。王都よりもハツラツとした明るい雰囲気で溢れ、ここでの暮らしは良いものだろうと思わされる。

 そうなればいいなと小さく呟いた。

いつも読んでくれて、ありがとう

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