第27話「思ってたのと違う」
私達と充分な距離が開くとトーマは剣に魔力を這わせ、刀身に薄く満遍なく広げた。それによって脚より長いその剣は安物とは思えない輝きを放ち始めた。
「まだまだ修行中だけどセルカ様の足は引っ張らないつもりだ」
彼はそう宣言すると傀儡に敵対者を演るように命令し、それを以て開戦の合図となる。人や魔物の動きを模倣するように動く傀儡は個体によって強さに差があるのか連携などは下手くそで、トーマはそれを見て余裕の笑みを浮かべた。
私は理解した。その傀儡たちは、トーマの師匠…ロウェンさんよりもずっと遅く、さらに赤眼熊の丸太のような太い腕よりものろのろとした緩慢な動き。傀儡故に仕方ないが単純な動作の繰り返しなので、やりやすいのだろう。
「炎刀」
トーマは目前に迫った傀儡を切り捨てる。その斬撃はいとも容易くその切りにくい身体を断ち、燃やしながらばらばらに散らす。刀身には炎の欠片も見当たらないが、魔力を燃料として発生させているのだろうか…興味深い技能だった。
後ろから迫った傀儡は初級魔法により生まれた炎で足止めし、振り向きざまに切り捨てた。
「纏雷」
次にそう唱えたトーマは、剣を持ち替える。安い剣の代わりに、黒くて艶のある反り返った片刃の…まるで刀のようなものを持っていた。
今度の『纏雷』とやらは『炎刀』とは違い、わかりやすく刀に雷を纏う。そのまま振るわれた切っ先が傀儡に掠れば、それだけで土を掻き集めただけの傀儡は霧散してしまう。
全十体の傀儡はあっという間に土に還り、無傷で息も一切荒れていないトーマが残る。そして彼は最後に一体の傀儡を呼び出し、十メートルほど先に警戒状態での待機を命じる。
周知を警戒し迎撃できるように体勢を整える傀儡を確認すると、彼は量産品のナイフを持ちだしてゆっくりと一歩を踏み出す。傀儡は勿論トーマに注意を向け、警戒を露わにする。
「最後に暗殺技」
彼はそれだけ言うと歩いて傀儡に近づく。私には肌の色の不利から彼は暗殺には向いていないように思えたが。
いつの間にか足音が無くなっていることに気付き、私は彼を注視した。変わった様子はない。彼は無造作に二本のナイフを傀儡を挟み込むように投げ、傀儡はそれから逃れるために動きを止めることを余儀なくされる。バグが発生したかのようにピタリと動きを止めた。
トーマはそれを見て息を吐くと飛び掛る。ナイフが通り過ぎると同時に攻撃の体勢に切り替える傀儡。二人が交錯すると予感した時、ふいにトーマの体が掻き消えた。
次の瞬間、傀儡の首が飛び残された体が土となる。その向こう側にナイフを持って棒立ちのトーマが見えた。
「こんな感じ」
何をしたのか全く目で追えなくて、瞬きもせずに見ておけば良かったと後悔した。トーマはそんなことも気にせずに私達のところに戻ってくると、ポンっと私の背中を叩く。そうだ、最後に私だ。
私はとててっと前に走り出て、弓を出した。私は傀儡は要らないや。
私は後ろから視線が集中するのを感じ取ると、バウと同じように弓を構える。師弟ゆえに構えが似ているが、弓の性能の差がここで表れる。
無詠唱で放たれた『曲射』は手前の小さな的を避けて奥にある大きな的を破壊する。だが、放たれた矢はバウの時と比べようもない威力と速度を持っていた。加えて初めて見るであろうライライは、弦の存在しない弓に驚愕を隠しきれない。その流れで連続で射られた矢は全てが的に的中し、的の割れる音が響いた。
「次は魔法を見せるよ」
弓をしまいながら告げて、私は魔力を練った。そのまま幾つかの魔法を完成させて発動待機状態で空中に並べ、苦手な炎属性から順に的に向けて放っていった。使える中で最も威力の高いものを選んだため、的は粉々にされる。
「無詠唱…多属性…同時使用…うぅ」
「大丈夫か…」
後ろでライライが呻き、それをトーマが心配する声が聞こえた。私は苦笑して、それでも魔法を放ち続ける。的が復元されると次の魔法を放つという動作を続けた。
最後に私はクエイクを準備し、少し不安を残したまま放つ。
「前方三的、地に引きずり込め!」
つま先で地面を二回叩けば、失敗すること無くクエイクが発動する。地が揺れ罅割れ…狙われた三つの的は地割れの中に引き込まれていく。
魔法の効力が切れて地震が収まると、地割れも消え的も復活する。私は無言になった観客や見物客を尻目に、女神の短剣に持ち替えて声を上げた。
「マジム、出番だよ!」
『りょーかいしましたぁ』
呼びかければ、一秒も待たずに返事が聞こえた。使い魔マジムは獣の状態のまま現れて、緑の毛並みを靡かせる。私は頷くと「模擬戦」とだけ呟いて、マジムは嫌そうに一度唸る。それでも彼は従ってくれた。
荒れた魔物のように突っ込んでくるマジム。私はその速度に息を飲みながらもぶつかる寸前で剛竜王の盾を取り出し受け流す。しかし重さが違うため私は少し押し出され、風を用いて何とか倒れないでいた。
盾をしまい無防備な獣の尾に切りかかれば彼はかろうじて避けきり、そのまま距離をとる。私は即座に弓を放ち牽制しながら獣に突っ込んだ。
するとマジムは人型に変形することで矢を避け私と対峙する。それからは対人戦闘。鉄すらバターのように切る私の短剣にマジムの爪は切られていくが次第に見切られていく。だが私も途中から『短剣技 技能』を使い始め、戦いは拮抗を保つ。まぁ、マジムは本気ではないが…。
次第に互いに傷が増え、私はそろそろやめ時かと「マジム」と彼の名前を呼びかけた。それだけで察したのか、彼は私の矢を避けるとそのまま空気に溶けるようにして消えて、私も短剣を収納へしまう。
「あー…えっと、ヒール。これでたぶん終了…かな」
私は照れ笑いをして、振り向いた。そこには笑顔の従者二人と引き攣った表情のルームメイト、そしていつの間にやら移動していたパーティーの数名が拍手をしながらこちらを見る。…恥ずかしい。
見覚えのない顔ばかりのそのパーティーのメンバーたちは、ずっと目を瞑っているライライを不審に思っているような素振りがあるが、それでも近くに来て私達全員を讃えた。
「凄いよ、もちろん君たちはAクラスなんだろう?」
人の良さそうな貴族らしき男子が言った。私達は頷き、それからおもむろにライライが口を開いた。
「そちらはBクラス、なのですか?凄く息ぴったりの連携で、見惚れたのです」
私も同意見、彼らは連携も動きも目を見張るものがあり、実力も申し分ないように感じられていた。意思疎通が上手く出来ることは冒険者として生活するにあたって、最重要なものとも言われる。いくら強者が集まった集団であっても連携がとれなければフレンドリーファイアの可能性もあるし足を引っ張り合う。
訊かれた彼は自信に満ちた表情を崩さぬままふふっと息を吐き、腰に手を当てる。後ろにいる彼の仲間も微妙な反応をしていた。そして貴族男子は笑いながら言った。
「期待に添えず残念だけど、俺はDクラス。他はCクラスの寄せ集めさ。褒めてくれてありがとうよ」
彼はそう言って少し表情を曇らせるが、私はそれを見て何故だかわからなかった。Dクラスなのに、Bクラスと思われる程の動きを見せていたのだ。胸を張ればいいのに。
その思いが顔に出ていたのだろう、私を見た貴族男子は苦笑して「そう怒るな」と穏やかに声を出した。
「謙遜などではないんだ」
彼はそのまま出口に向かう。それについて行く仲間たちは、突然足を止めて言った。
「うちのリーダーは騎士学校に落ちた」
「付与魔法特化で、ステータスが低いのを気にしてる」
「俺たちよりも、落ちこぼれ扱いを受けてるから」
急にそのような踏み込んだ話をされた私は驚いて、反応できない。服装からも裕福な家庭だとわかり、付与魔法という重宝される特殊魔法使いで、指揮能力に長けている…私からすれば恵まれているのに。
もっと何か、他にないのか?彼の自信に満ちた表情が印象に残っていたから、彼は魔法には自信があるのだと思った。決して、付与魔法特化を嘆いているのだと決まった訳では無い。
去る彼らの後ろ姿を見て、私は一度忘れることにした。非情だが、何も知らない私が手を出して悪化させるなどということは間違ってもあってはならない。トーマと顔を見合わせた私は肩を竦めてみせた。
もし何かわかれば、助けになれそうなら、そのときにでもいいんだ。私はよくいるラノベの主人公のような正義を貫くような存在になるより自分のことで精一杯なのだから。
「なんかしらけちゃったね」
バウがお気楽な調子で言う。これでまた夜までの予定がすっからかんになってしまったので、私達はまだ野外演習場から出発することなくダラダラと話す。
「まぁ余計なトラブルは避けるのが一番なのです」
「その通りだね、ライライ君」
バウとライライは二人で話し始め、私とトーマはそれを横目にぽつりぽつりと言葉を交わした。トーマは笑顔で話を聞く体勢だが、私は話すことも思い浮かばずぎこちない会話だった。
少し時間をおいて演習場を後にした私達は、院内の散策を再開し全体像をなんとか把握できた。そのまま美味かつ安価な食堂の料理に舌鼓を打ち、部屋に戻った。朝早かったし、ご飯食べたし、もう身体は寝る準備を万端に整えている。
どさっとライライの下のベッドに倒れ込めば、あたたかな布団に包まれて一層眠気が増す。今日は本当に疲れた。驚くことが多過ぎて、リアクション疲れをした感じだ。
私はごろんと横に体を傾けトーマの方を向いた。彼は床に座り手にしたなまくらを研いでいる。恐らく私が寝付くまでひたすらにすることを見つけ、続けるのだろう。
「おやすみ、みんな」
私はその場の全員に向けて言葉を放ち、そのまま深い睡魔に呑まれていく。みんなの優しい「おやすみ」の声が私を快く夢へ送り出した。
マジムは真っ黒の空間で正座をしてセルカの寝顔を眺めていた。一応これは警護なんだ、と誰にでもなく弁明するマジムは相当重症なのだとわかる。
彼はいつもいつでも主人であるセルカの呼び出しに応じられるようにと準備をしていた。
訓練が本格化してからのセルカの周りでは、ガイアは動きを見せなくなっていたが警戒を解いてはならないと思っていたのだ。命に関わる場面での使い魔の繋がりの『切断』、それから魔法の『解除』…ガイアが赤眼熊の前で危険に晒されるセルカにしたことは、なかなかに許し難いものだった。あれがきっかけとなり彼女は強くなれたが、もし死んでいたら?そう思えば、心臓や脳味噌が煮え滾るように熱くなる。
「心強い才能持ちが味方に増えたし、ここまでの警戒は要らないかもしれないです…けど」
呟く彼は毛を逆立てる。今の自分ではガイアには適わないかもしれないと考えた自身の頬を叩いた。
「僕が…セルカ様を」
決意は闇に呑まれて音にならない。マジムは複雑な表情をして、暗闇に視線を落とした。
これまでの話に、いくつか挿し絵を挿入しました!
サブタイトルに「★」が付いている話です。キャラの容姿の確認になるので、良ければ見てみてください!




