第26話「見せてもらうのですよ…!」★
メリークリスマス!
ということで緊急投稿です。ですが、ちゃんと木曜日も更新したいと思います。
※挿し絵を挿入しています。サイズなどおかしければ教えてください
サイズの合わないコートの中に大量の虫を飼い、それら忠実な下僕たちを従える少年…ライライは、梯子を使って二段ベッドから降りてくる。青髪の天使のような彼は、トーマより幾らか低い身長でバウより少し低いくらいだ。
「もう知ってると思いますけど、従者などは一切連れていないのですよ」
にたにたとチェシャ猫のような笑みを貼り付け、彼は言った。その情報は腕輪で確認したし、従者と主人は基本的に同じ部屋に割り振られるそうなので今更だ、と思った。
そして、降りてきたことで漸く目に入った彼の服装は意外も意外、商家の跡取りとは思えない服装だった。
ぶかぶかのコートの中には薄水色のシャツ、そしてサスペンダー付きのズボン。どちらもあまり綺麗ではなく、見目も重要とする商家としては相応しくない服装だ。
しかし彼は堂々とその身なりを晒し、かつ不気味な蜂をコートの中に蠢かせ、なんとも不気味な風貌だった。
何故このような服装をしているのか、操る虫は全てこの状態で持ち歩くのか…。私は操虫師などという職業は知らなかったので、ふと気になったことを問いかけた。
「蜂だけなの?」
すると彼はニッコリと微笑んで、コートを翻す。ばさりと風が起き、それに混じって黒々とした何かが飛び出し私の横を通り抜けた。
驚いて一瞬弓を構えそうになるが、私はなんとか不安を打ち消して何かが向かった先に目をやる。するとそこにはただの蜂ではない…人間の胴体ほどの大きさのアゲハチョウのような魔物がホバリングしていた。どうやらこれも、ライライの下僕たる虫なのだろう。
「蜂以外にも虫や魔物を。操虫師だけが使える異空間収納に似たものに、しまうことができるのですよ」
彼は得意気にそう言うと、すぐに魔物をコートの中に隠してしまう。コートの闇に消えた魔物は、最早気配すらも感じられなかった。
「珍しい職業なんだろ」
私の後ろからトーマが問い、ライライは頷いた。
「もちろん。そもそも才能があっても選ぶ人はごく僅かだと思うのですよ?」
気持ち悪いほどの量の虫を操ってみればわかるはずです…と彼は眉尻を下げる。女性なんて以ての外、男でも何やら本能に訴えかけるような恐怖はあるだろう。
理解したあと、ふぅん、と気のない返事をして、私はそっぽを向いた。どっちにしたって才能は間違いないし、第一彼は幸せそうだ。
私は楽しそうだが目を閉じているままの彼に目を向ける。目が怖くて怯えたことを気にしているわけでは無さそうだが、それではまともに生活を出来るのかが心配される。
私は自分の机に近付き椅子に腰掛けると、ライライの行動を見守る。梯子から降りたあとは特に動いていなかった彼は、私の視線に気付いているのか否かわからないが、そのまま足を踏み出した。
「…」
沈黙の中、私たちの視線がライライに集中し、彼はしっかりとした足取りで部屋の出入口に向かう。幾つかある段差をもろともせず、まるで見えているかのようにすいすい進む。彼はつかえることなくドアノブに手を掛け、手首を捻った。
「ライライは虫に餌をあげてくるのですよ、ここだと気味が悪いですからね」
笑顔で告げた彼は、しかしとても寂しそうに見えた。そんな表情を見せられたらもう引き止めるしかないじゃないかと、私は「あっ、待って!」と声を上げる。
「ここでいいよ!見たいから、見せて!」
するとドアを開けたまま身体を硬直させたライライは首を傾げ、少し頬を赤らめてドアを閉める。鍵を閉めながら彼は満面の笑みを向けた。
「いいのですよ、ちゃんと覚悟決めてくださいね…」
同時に影から溢れ出す虫たち。蜂はすごい数だがそれ以外に『虫』はほとんどいなくて、残りは『魔物』だった。先程見せてくれたアゲハチョウ擬きの魔物から巨大なカマキリ擬き、虫というよりスライム系のクリーチャーに近いような造形をした魔物まで。
部屋いっぱいに虫が溢れ、それを見た私は鍵を閉めた理由がわかった。ああ、鍵を閉めたのは間違って開けた人が失神してしまわないようにという配慮なんだ…と。
「凄い…こんなに多く…」
私は無意識に呟いていた。使役系の職業は操れる数が強さに直結するので、こんな失神ものの虫天国を一瞬で作れる彼は本当に『天才』なのだと感心した。
そしてその『天才』ライライは、失神しないでむしろ驚嘆と尊敬の視線を注ぐ私と楽しそうに虫を触るバウ、興味深げに蟲を見続けているトーマを見て不思議そうにしていた。
貴族だからって舐めちゃいかんよ、なんたって前世は貧乏人で現世は自然いっぱいエルヘイムで育ったのだ。 黒い悪魔以外は大抵いける。逆に言えば黒い悪魔はダメなのでは?と思うだろうが、ヤツは食事中以外なら許せる。
…この世界にいるのかな。
餌をあげ終わったライライはまた一瞬にして虫たちをしまい込み、声を弾ませた。
「遊んでくれてありがたかったのです!」
私は色とりどりの蝶々みたいな魔物が気に入って、その子達とばかり触れ合っていたが、躾られていることもあって大人しく可愛かった。おかげでりんぷんまみれになっていたが、ライライが落としてくれる。
「ありがと」
「いえいえ」
微笑み合う私とライライ。そのあとすぐに彼は空になった餌の袋を異空間収納に入れ、それから再び満杯になった餌袋を取り出した。まさかまた餌をやるのか…と戦慄していると、そんな私に向かって彼は餌を突き出した。
きょとんとして差し出された餌を見る私。とりあえず受け取ってみると、彼はそれを見てから口を開いた。
「もし虫の魔物に襲われたりして危険な状況に陥ったら、これで時間稼ぎを…あわよくばその虫を手懐けてください。操虫師でなくても、才能があれば」
言葉を聞いて感謝しつつ餌袋を収納し、私は腕輪のウィンドウを出現させて持ち物一覧を開く。先程の餌の名称は『蟲皇庭園の蜜石』…迷宮『蟲皇庭園』で採れるもののようだ。あまり聞き覚えのない迷宮だが、国内にある筈だ。
琥珀のような濃密で艶のある蜜の結晶。それはおそらく虫にとって最高級の餌であるのだろう。大きな虫から小さな虫までが貪るようにして食らっていたのだからそういうことだ。
そんなものを貰って良いのかと狼狽えると、ライライは「ああ」と声を出す。彼は目を開け、虚ろの中に私を映しながら言った。
「代わりに今から野外演習場の使用許可をいただいて、見せてもらうのですよ…!」
ずいずいっと顔を寄せて、続ける。
「ライライも向こうで実力を見せるのです!だから君たちもライライに見せるのです!隠し事はなしですよ」
私はその勢いに押されて頷いた。トーマもバウも異論は無いみたいだし、クラスメイトなのでいつか授業で見せることにもなるだろうし、特に問題は無いだろう。
「じゃあ〜すぐに行かないとね〜」
バウはそう言うと私の前を歩く。その通り、早めに行かないと場所が無いかもしれない。私達は笑顔で部屋から出た。
着いてみると、野外演習場はまだ新入生用に開放されていた。つまり申請は必要ないということだが、それにしたって人が少なかった。
休んだり院内探検をしてる人が多いのだろう、廊下では幾つものグループとすれ違ったが。やはり自由になってすぐに演習場に行くのは珍しいものか…数人見受けられる利用者も、知り合いやここで出来た友達と一緒に来たようだ。
魔法の連携や傀儡を敵に設定した近接戦闘のフォーメーション確認など、最早パーティーのメンバーが決まっているのだろうとわかる彼等に感心した。
彼等はなかなかの範囲を利用していたが、それでもスペースはめいっぱい余っている。広くてよかった。
「じゃあライライがまず君たちに見せるのですよー」
ライライが前に出ながら告げる。彼がコートをひとたびなびかせると、そこには大きなアゲハチョウ擬きがヒラヒラ羽ばたいていた。しかしその魔物は光を帯びると変容していく。段々と『魔物』と分かる形状に…。
「虫化解除!夜空妖蝶、指揮を頼むのです」
《了解っス〜》
最終的に夜空のような美しい羽を持つ半人型の魔物となり、夜空妖蝶はその口から気怠げな声を出した。知能が高い魔物の大半は魅了系の特殊魔法を好むものか、竜種のように長命の種であるという認識だが、これは前者であろう。裸同然の夜空妖蝶は恥じることなく美しい肢体を曝け出していた。
ライライは夜空妖蝶の返事を聞くと大量の虫を放出し、それらの『虫化』とやらをすべて解除した。なるほど彼が多く有していた蜂は一匹を分割したもののようで、巨大なホーネット種の女王蜂と化した。一匹だったとは、連携が異常に上手いわけだ。
巨大カマキリやムカデやらも本性を現し、唯一虫の面影のなかったスライム系のクリーチャーは。
「ライライはこうやって闘うのですよ」
そう言ったライライはその身をクリーチャーの流転する半個体の身体に包まれ、体を浮かせた。私はそれを見て、わかりやすく声を上げる。
「わぁ…っ!」
虫の魔物に囲まれそれらを統べる彼は、さながら魔物の王だった。無駄に仰々しい見た目が多いために、相手にしたくないと心から思う。
「これが一応最大火力なのですよ」
彼はそう言ってこちらを見下ろした。私とトーマが頷けば、彼はもういいかと呟き全ての虫を一瞬にして収納してみせた。今度はセルカだけでなく他の二人も声を上げ、難無く着地したライライを見て拍手する。
その後一呼吸置いてから、バウが進み出た。
「一番地味だからね、先に披露させてもらうね〜」
耳をピコピコ動かして彼女は言う。彼女の戦法は魔法など目で見やすいものではないため、わかりやすいようにと野外演習場に備え付けられた傀儡を呼んだ。バウは傀儡と対面すると極普通の弓を収納から引き出し構える。
「剛弓」
囁くような詠唱と共に無造作に放たれた矢は、不規則な動作で迫り来る傀儡の脳天を撃ち抜いた。しかし一体では終わらず、そのまま二体三体と生成されゆく。バウは途中まではそれらを弓一つで退け、傀儡との距離を保つ。しかし生成に限界のない傀儡は無尽蔵、遂にはバウを完全に囲んでしまう。
すると彼女は弓をしまい、代わりに短剣を取り出した。それは訓練の時にも見た、迷宮産の短剣…灼熱の刀身を持つものだった。バウはそれを順手に構えると即座に斬り掛かる。
斬撃は、一撃とはいかないが三、四度斬れば傀儡を破壊し、土に戻す。獣人特有の筋力により、蹴りなどでも傀儡は崩れていく。傀儡の生成を止めれば、瞬く間に総数が減っていくのを実感できた。それほど早い。
「これから魔法使うけどね、三人は対象から外すから身構えないでね〜」
バウはそう言うと少ない魔力を搾り取るようにして魔法を行使する。ゆっくりと練られた魔力から推測するに、それは魅了系の…。
発生した薄桃色の霧を目で追っていくと、霧が傀儡の一体を包み、その体表から侵蝕する様子が目に入った。包まれた傀儡は抵抗するように暴れるが、次第に大人しくなり遂には味方である傀儡の群れに突撃した。そのまま幾つかの味方を屠り、自らの身体を散らす。
魅了系の特殊魔法は、相手を魅了し込められた魔力量に応じた強力な命令を下せるという認識だ。意志を持たぬ傀儡故に少量の魔力でここまで強力な『反逆』『自滅』という命令が出来たのだろう。
バウはそのまま残りの相手を土くれに還し、武器類を音もなくしまう。彼女は尻尾をぶんぶんと楽しそうに振り、優しげな表情になる。
「これが全力…だと思うね!」
私はぱちぱちと拍手を送る。何度も見たけれど、訓練の時よりも殲滅速度が早かった。ライライはバウが魔法無しで先程の速度を出ていたことに心底驚いたようだった。
遠くからも拍手が聞こえた。振り向けばどうやら連携確認をしていたパーティーが休憩中に見ていたようで、バウの手際の良さに驚いたようだった。
次は…
「俺が次いくわ。…えっと、傀儡十体」
迷う私の前で、トーマが安価い剣を振り抜きながら宣言した。