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第25話「学生寮…寮?」

 歩く速度を早めたままに、私は食堂に足を踏み入れた。ここは最終チェックポイントとなっていて、一足先に着いた生徒達が食事をとっていた。

 入った途端に食べ物の香りに包まれて、こころなしか室温も廊下より高く感じる。いうなれば熱気…料理の熱と料理人、そして熱い丼物をかきこむ食べ盛りの生徒達の熱気だ。

 私はふと壁に掛けられたメニュー表を見て、それから食事中の生徒を見る。肉の薄切りだったり野菜と肉の炒め物だったり、味の濃さそうな煮魚だったりが玄米に近い状態のお米の上に乗っている丼ばかりが目に入った。

「丼物ばっかり食べてると思えば…今日は昼食セットが丼メインの日なんだね」

 値段は単品よりも一から二割高い程度で、スープと小さめなサラダ、そしてフルーツなどのデザート類がつくなら…爵位などを持たない生徒には嬉しいメニューだろう。毎日ピックアップされるものが変わるから、飽きることもない。

 私はうんうんと頷くとウィンドウを開いて注文する。見たところ新入生の皆は直接注文をしているようだが、よくよく見れば機能に『食堂連携』なんてものがあり、その詳細に『注文』があったのだ。

 私達は注文を終えると席につき、取りに行くのが面倒だったのでコップを異空間収納から取り出し、魔法で水を注ぐ。トーマとバウにも同じようにして水を配り、それをひと口含んでから控えめな声量で話した。

「ティルベルさんは凄く派手な魔法を使ってたけど」

 凄く派手な魔法とは、竜の形の炎で襲い掛かるドラゴンフレアという魔法のことだ。無駄に魔力を込めて無駄に大きい的を狙って、無駄に演出していたあの魔法。

「…第一印象(インパクト)で勝負!って感じか?」

「さあね」

 トーマの適当な予想に私は肩を竦めて答える。しかし一理ある。彼女のこれまでの行動から、彼女は『ある意味で理想的な貴族』なのであるとわかる。全てがそうとは言えないが、そういう貴族は目立ちたがり屋が多いのだ。

 まず炎属性といっても上級ならたくさん種類がある訳で、その中からあれほどまでに人目に付きやすくひと目で上位の魔法であると判断できるものを選んで使った時点で…。

 するとそのときバウが口を開いた。

「きっと…褒められるのが大好きなんだね」

 のほほんとした雰囲気を纏ったバウは笑顔で、私達もうんうんと頷く。もっと適した言い方はあるだろうけど、爵位が上の貴族には礼を欠いてはいけないからね。

 そうしてちょうどトーマのお腹が鳴った頃、ウィンドウを消している状態の腕輪が振動した。私は驚いてコップを落としかけたが、なんとか持ち堪える。

 ウィンドウを開いて見れば、そこには料理が完成したとの通知が。私は早速取りに行こうと席を立つ。

 そのまま受け取り口に向かい、受け取り、やっと食堂に着いたばかりだという生徒達の前を美味しそうな香りを漂わせながら横切る。我ながら意地の悪いことをしてしまった。

 人が集まり騒がしくなる食堂内で、トーマたちも料理を受け取って席に三人揃って座る。バウはお昼ご飯というよりデザート盛り合わせみたいになっているが、私とトーマは似たような丼物を頼んでいた。

「私は香草と鶏肉の炒め物を選んだよ」

 トーマに目配せしながら宣言する。手元のどんぶりからは、香草の爽やかで刺激的な香りが湯気とともに漂う。トーマの丼は色味からして違うものだが、何を頼んだのだろう?

「これは山の幸の甘辛い煮込み」

 すかさず答えるトーマに、私は笑顔を見せる。それから少し彼にしては意外なチョイスだなと思って、湯気の向こうに輝くタレをまとった野菜たちを見て唾液が抑えられなく…。

「ひとくちちょーだーい」

「いいぞ」

 思わず頼んでから了承されるまで一秒も経たず、私は顔をほころばせた。どうにもこちらに来てから表情筋が元気過ぎて、ポーカーフェイスだった雪音とは似ても似つかない様子になってしまったようだ。

 私は上機嫌を隠さず、

「私のもあげるから食べて!」

 幸せのおすそわけをした。


 結論的に、山の幸のどんぶりの方が好みだった。というかお肉食べ過ぎて体が野菜を欲しているということに気付いてしまった。三百うんたらグラムだとか、今の私は絶対足りてない。

 結果、追加で野菜スティックを注文し食べた。野菜などは地球と共通のものが多く、同じ神様の管轄だからかなぁなんて考えた。味はもちろん違う。魔力を吸って育成されてきたぶん、こちらの野菜の方が美味しい。品種改良を重ねて至った地球の野菜とは、また違った美味しさ。

 注文した野菜スティックは大根、人参、ピーマン、キュウリとヤングコーンだと思われるもので構成されていた。しかし重大な欠陥がひとつ。

「キュウリには…マヨネーズつけて食べたい…」

 私は思わず呟いて、乾燥し砕いた香草と塩を混ぜた調味料をキュウリにつける。醤油ベースのソースは大根とピーマンに使いたくてまだ触れていない。

 そう、この世界には魚醤、そして大豆を使った味噌や醤油はあるくせにマヨネーズが存在していなかったのだ。現に私の呟きを聞き取ったトーマとバウは何のことかわかっていない様子だ。

 ついでに気付いたことを付け加えると、味噌はスープにあまり使われていない。味噌といえば味噌汁(ミソスープ)だろうに…ここでは煮込み料理にばかり使われる。

 心の中で愚痴を言いながらも、野菜を食べる手は止まらない。あっという間にカラになった皿と使い切ったためカラのソース差しを返却口に下げて、フレイズ様へのお祈りを捧げ、私は席を立った。

「二人とも、もう今日にすることはないから、寮の四人部屋を見に行こう」

 私はそう告げると腕輪をかざし、ウィンドウを開く。『今日の授業は終了しました』という表示が小さく出ていた。そのまま部屋を確認してみると部屋番号は二〇五で、従者のいない商家の男の子が同じ部屋らしい。もし先にいたら挨拶したいし、まだいなければ先にベッドを選んじゃいたい。

 優しい人ならいいけど、何よりクラスメイトだというところが気になる。つまりはルームメイトである少年は何かに特に秀でた生徒であるので、ランダムに決められた部屋割りとしては幸運な部類に入る。仲良くなっておけば良い冒険者仲間になれそうだし。

 魔法で生み出した水で喉を潤し、そのまま歩き出した。




「これが学生寮…寮なの?」

 到着した私は、建物を見るや否や苦笑い。

 それはもう全生徒を迎える事が前提となっているだけあって大きな建物であった。一般家屋よりは装飾が多いが、大貴族と比べてしまえばシンプル。今まで住んでいたエルヘイムの領主館に近いものを感じる、全体的に落ち着いた印象だ。

 しかし問題はそこにある。私の家は仮にも貴族。農耕に重きを置かずに魔境の動植物を利用した商売をしていて貴族にしては貧乏だが、爵位を持たない人から見ればその暮らしと生涯で触れる金銭の差は大きい。その領主館より広いうえに無料。どれだけ赤字になっていることか…。

 あまり考えることに向かないバウは「おっきいね〜」などと呑気に言っているが、私とトーマはその損失を想像して青ざめていた。

「…?僕が先に入っちゃうね?」

 バウは硬直する私たちを見て首を傾げると、そのまま小走りになり寮に入った。数秒後、私はその後を歩いてついて行き、トーマもそれに続く。入口は学院同様に汚れを落とすための魔法陣が張られていた。

 …見た感じ廊下は広くなく、恐らく部屋の広さはそこそこだろうと予測できる。二階はすぐ近くに見える階段を使うのだろう。

 私はゆらゆら揺れるバウの尻尾を追いかけて、二階に上がった。


 二階に上がると一階と同じように並ぶ部屋。廊下の広さもそう変わらず、少し離れたところに私達の部屋…二〇五号室の文字が見えた。バウの姿は既になく、恐らく部屋の中にいるだろうと思われた。

 ハイテク腕輪がそのまま鍵になっているらしいので、私は扉に駆け寄るとドアノブに手を伸ばす。試しにと腕輪と反対の手で掴んでみるが、重要なのは装備しているか否かという点らしくすんなり回る。開けると中は広い一つの部屋になっていて、領主館の自室よりも広い。まあ、四人部屋だから当たり前といえばそうだけど、自室は貴族だけあって前世とは比べ物にならない広さだったので私は持て余していたのだ。

「丁度いい…内装も似てて落ち着くし」

 私は嬉しくなって声に出した。バウはどうやら既に自分のベッドを決めたようで、その上に座る。彼女は二段ベッドの上を選んだようだった。私はどこでもいいのでそのまま傍観し、トーマに決めるように促した。

「んじゃ俺はバウの下にする」

 彼はそれだけ言って私の側から離れない。本当に、ロウェンさんは凄い教育を施したものだ…。浮浪児のようで私を嵌めてまで生き延びることに執着していたあの頃の面影は数ヶ月で消え去っていた。

 言葉遣いは目立つ場では敬語だがそれもきちんと教えられていて、はっきりいって粗暴なイメージがある鬼人族とは思えない。赤い肌もすべすべで程よく筋肉も付いていて…ガリガリだったのになぁと親のような心境。

 考え事をしながらも迷わず下のベッドを選ぶと、そこの隣に備え付けられた机に私物を並べていく。隣にある机には既にルームメイトのものと思われる筆記具などが無造作に置かれていた。

 私はスグに収納から全てを出し終え家とほぼ同じように並べる。何だかやっと私の部屋って感じになった。

「集中しなくても異空間収納が使えるなんて、余程長い間訓練をしていないと成せない技です」

 不意にかけられた声に、私はぴくりと肩を震わせる。どうやら二段ベッドの上で寝転んでいたのだろう、ルームメイトはそのまま上から視線を注いできた。

「ライライは君に興味があるのです、もっとよく顔を見せて?」

 …家柄も糞もない態度で、ある意味安心はした。しかしなんだ、私は硬直したまま動けないでいた。見てはいないが特徴的な話し方を聞いたので、一瞬で顔が浮かんだ。

 ライライ…彼は商家の息子でありながら操虫師の才能を有し、自己紹介では蜂を十数匹操って女子数名に引かれていた人物だ。確か蒼い巻き髪で、高校生くらいの人族。

 私はおそるおそる振り向き、頭の中に浮かべた人物と彼が同一であることを確認し、微笑む。

「え、えっと…ライライくん?顔を…?」

 戸惑いを隠せないが、仕方ないだろう。彼は目がとてつもなく怖い。虚無。真っ黒。そんな目で見つめられたら、心臓が飛び出しそうになってしまう。感情を読み取れないし、いつ目を離してくれるのかと不安になる。

 しかし終わりはすぐに訪れた。

「ライライとずっと目を合わせてくれるのですね、君は」

 と言ったきり、ライライくんは目を閉じてしまったのだ。怖いと思っていたその気持ちがバレたのかと焦りを感じるが、彼は柔らかい表情のままだ。

「ライライくんは」

「呼び捨てでお願いしたいのですが」

「あっ、うん。ライライ…これからルームメイトとして、クラスメイトとして、仲良くなろう!」

 私は慌てながら言葉を紡ぐ。ライライはベッドに寝転がったままこちらをに顔を向け、ぴょこぴょことはねる髪の毛を揺らす。

「大歓迎、なのですよ」

 こうして奇妙なルームメイトができた。

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