第24話「身分をわきまえなさい!」
廊下に出ると、隣の教室などから出てきた生徒で大賑わいだった。皆同じ場所でなくそれぞれの興味のある場所を目指しているようだった。私はそれらに目もくれずに廊下を進む。
バウもトーマも人塊に呑まれることなく付いてきているので、私は少し速度を上げた。一部の生徒はおそらく『ベルリカ家の天才』を見に来ているのだろう。教室のドアの周囲には軽く人集りが完成し、クラスメイトたちは狼狽している様子だった。
「それにしても、すごかった。ティルベルさんの固有技能」
「あぁ」
低い声で肯定の意を示すトーマは、少なからずティルベルの勘違いによる侮辱を根に持っていそうだ。対してバウは、呑気に欠伸をする。
「ふゎ……んん、確かにそうだね。でもマイナス要素も少しはあるようだったね〜」
歩きながら話す。ティルベルさんは普通なら有り得ないくらいに炎に愛されている少女だ。生まれ持った才能が魔法使いには求められ、それ故に彼女は天才なのだ。多属性の適性も貴族という階級も言ってみれば同じだが、彼女は正当な後継者として育てられているぶん私よりも重責を背負わされているだろう。
才能がいくらあっても、どれほど強くても、「家」の自由度に生活が左右される…と。その意味では私は騎士爵を賜ったばかりのここに転生させてくれたフレイズに感謝するべきなのかもしれない。
私は気になった場所を見つけるたびに立ち止まりながらゆっくりと案内図に印されたチェックしなければならない場所を目指した。迷うほどでもない。単に一度玄関まで戻り、よく使われる演習場を見てから食堂で昼食を食べろ、というわけだ。
足を止める時間が長かったからだろうがいつの間にやら先行く生徒が見え始め、私は急ぐ彼らを尻目に色んな場所を見て回った。そもそもこれは院内の構造を覚えてもらうためのもので、早い者勝ちだったり制限時間が設けられているわけでもなく、昼ご飯とするにはまだ早い。
「私、お腹空いてないけど…二人は?」
一応聞くが、食べてから然程時間は経過していないので勿論首は横に振られる。私はそれを見ると頷く。
「わかった。それじゃあこのままの速度で」
室内演習場はさほど離れていない場所にあり、数も多かった。実践がメインだということが多いのだろう、最低でも二クラスで一つの演習場を使えるようになっている。もしそうなっても演習場は広いのでそこまで困らないだろう。
様々な設備が揃い、色んなパターンの動き方をする的、建物への影響を防ぐ最高位の物理障壁・魔法障壁、自動生成できる傀儡…そこらの学校じゃ見られないような豪華さだった。恐らく障壁類は学院長のプロデュースだろう、ぱっと見ではあるが見たことのない術式だった。
入り口の開いている演習場を覗いていくと、最後の演習場だけが開いていないことに気付く。
「あっ、ここ…先輩たちが演習に使ってる」
内部に魔力の動きが感じられた。音は全くしないが、それは音すら遮断する障壁が張られているからだろう…私の感覚は間違っていないようで、魔力感知に優れたバウも耳をぴんと立てて頷いた。
「流石に一年以上ここで学んだだけあるね〜。僕が狩りの途中に会った本職の冒険者に劣らないね」
そう言うと、彼女は力を抜いて歩くのを再開した。このまま玄関に向かって、野外演習場を見て…ご飯を食べる。彼女の目的はほぼそれだろうと思い、くすりと笑った。
バウは訓練中も果物類を採ったりして間食を挟むことが多かった。一度の量は人並みでも食べ続けているので相当な量だろう。……授業中が心配だ。
すぐに辿り着いた玄関の受付は撤去されており、特に何も無い広場…といったような印象だった。上靴などの存在もないので、下駄箱も無いし、異空間収納に入れてしまえば良いのでロッカー類もない。
代わりに床に汚れを払い落とす魔法陣があり、それは来た時と同様に問題なく稼働していた。
新入生ばかりが見られるその場所で、数人は魔法陣を興味深げに解読し、殆どは談笑しながら外へ行く。私は足を止めて一度ぐるりと眺めてから、出入口に視線を向ける。その途中に、一人立ちつくしているのを視界に収め、私は「う」と眉をひそめた。
やはり誰も近付けることなく、ティルベルさんは立っていた。出入口のすぐ横の壁にもたれかかった状態でウィンドウを弄り、眉一つ動かさずに何かを打ち込んでいる。
そしてそれを確認した私は気にすることもないかと思い直し、ドアを抜ける。私は既に野外演習場を訪れた生徒とすれ違いながら、これから向かう人々の流れに巻き込まれるようにして歩いた。
丁度その時、腕輪が小さく振動した。
「ん?…トーマ、ちょっと端に避けるよ」
「はいはい」
私は咄嗟にバウの手を引きながら人流から離脱して、後を追うトーマを見てその場に立ち止まった。何やらトークという文字が光っていて、誰かから何か送られてきたのだろうということを示していた。
開けばそこには『どこにいる?』とティルベルさんからのメッセージ。私はすれ違ったはずなのに気付いていなかったのかと呆れながら返信を送る。
するときょろきょろと挙動不審に周囲を見ながら出入口からティルベルさんが出てきた。ついにこちらに気が付いた彼女は数人にぶつかりながらも私の元に駆けてきた。
「セルカ・エルヘイム…どこに居たんだ…」
少し元気の無い声で話しかけられる。流石にこれは無視出来ないので、「ゆっくり歩いてただけです」と硬い表情のまま告げた。
それで話をしてくれるとわかった彼女はそのまま続けた。
「本題は今朝のことで…謝らせてほしい」
落ち着いた声色で話す彼女は第一印象と大分違って見えるので、私は思わず目をこすった。しかし見間違いでも聞き間違いでもないようで、彼女は頭を下げる。
「外見で判断し、侮辱した件。すまなかった」
「え…いいよ別に」
私は思わず敬語もやめて間の抜けた声を出した。これまで謙虚さを微塵も感じなかったけれど、こんな一面もあるんだなぁ、と感心した。そりゃあ大貴族様のご令嬢なのだから、きちんと教育されているに違いない。
「あの…」
私はわざと勘違いを訂正しなかったことを謝っておこうと思い口を開いた。するとそれはすぐに遮られる。
「でも、謝られたからといって調子に乗るんじゃない。身分が違う…私はセルカ・エルヘイムと仲良くする気はさらさら無い」
私はその発言に硬直を余儀なくされ、そのうちに彼女は歩き去る。「お前は、騎士爵なんだ…」と小さく付け足しが聞こえて、どう反応すべきか迷った。
何より、最後の呟きがとても淋しそうな声色で紡がれていたのが気になる。別に爵位での扱いはそこまでわけられていないし、普通に友達になれるならなりたいのに。まるで奴隷と王族で友達になろうとしているような…大きな壁を感じた。
私はむっと眉根を寄せるがそんなことして何か変わるわけでもなく、すぐに歩き出して野外演習場へ向かった。音も無く追うトーマに、ばたばたしながら駆け寄ってくるバウ。二人は先程のことはあまり気にしていなさそうなので私もそれでいいや。
自然溢れた学院外周に広がる庭を抜けると再び近未来的な装飾が目立つようになる。その中でも一際大きな壁と障壁に囲まれた空間があり…そこが野外演習場なのだとわかった。
入り口の横には
『自由開放中』
とプレートが掲げられ、中からは大小様々で練度も様々な魔力反応がある。新入生が試し撃ちをしているのだろうが、やはり音は聞こえない。聞こえたらすぐ隣にある民家から苦情が来るだろうし当然といえば当然だった。
私は迷わずに演習場に足を踏み入れ、野球場よりも広い内部にまず驚く。魔法の斉射にも耐えられる障壁がこの広さの地中と空を包み込んでいるということに衝撃を受けた。
「セルカ様、俺も練習していいか?」
「僕もしたいね〜」
驚きのあまり固まっていると後ろの二人がひょっこりと顔を出し、聞いてきた。止める理由もなく、更に私も撃ちたかったので許可するに決まっていた。
私は一歩踏み出して魔力を練りながら考える。危ないからクエイクは駄目だ…何か的を狙って使える魔法はないか…。
私は一番遠くの的かその手前か迷った末に手前の的を選び、それから丁寧に魔力を練った。私がおじい様から教わったのは、主に特殊な技術などについてだ。今回はそれを、おじい様のいない場所で初めて使うこととなる。
魔法で生成した無数の水滴を風で加速、速度を保ったままに対象を撃つ…『目視しにくく避けることが困難』という利点を持つ魔法だが。
「あ」
つぶやきとともに放たれたのは真っ白い霧。魔力により殺傷能力を持った霧は、的を破壊した後に消失した。
おじい様の使うこの魔法は、もう少し水滴が大きくて白く見えたりもほとんどしなかった。私が使おうとすると逆に目立つ真っ白い霧と化す。確かに有用ではあるが…避けにくいだけで、目視されてしまえば対処できるので劣化版といえた。
それでも周りの生徒達は驚愕して使用者を特定しようと辺りを見渡す。霧だと思ったら的を破壊したんだから驚くだろうとは思ったが、やはり大魔法使いガロフと似通った魔法だからだろうか。
ザワつく周囲。しかしそれは直ぐに別のざわめきに呑まれていった。
「ドラゴンフレア」
堂々たる魔法名の読み上げは、慢心の証拠…だがそれは新入生にも関わらず上級魔法を使ったという事実に塗り潰され、わざとだと推測される派手な演出により沢山の視線を浴びる。
ティルベルさんは龍のような形状をとった火炎が十メートルほど離れた的を破砕し燃やし尽くす様子を冷笑とともに見届けた。
威力などの底上げがされたそれは何よりも目立ち、私の使った魔法より音も衝撃も大きく、生徒達は驚き、感嘆し、歓声をあげる者までいた。この時に、既に彼等は魔法使用者を予想できていた。
「ベルリカの天才」
「すげぇ」
「炎の巫女」
ぽつりぽつりと声が聞こえ、的の壊れる音が止む。どうしようもなく反応のしにくい状況に、私はトーマとバウを集める。トーマは剣に炎を纏わせていたがそれを消し、バウは全ての武器をしまった。
そっと耳を寄せる二人に、今なら皆んな向こうに注目して動かないから…ご飯食べに食堂行こう?と小声で提案する。
その十数秒後には野外演習場を出ていた。そりゃああんな空気には耐えられなかったけど、それよりやっぱり空いているうちに食べたいからね。
「肉がいいなぁ」
私はおじい様が聞いたら卒倒しそうな台詞を吐く。ローストビーフ美味しかったし、ここのお肉は期待できそうだから。
するとトーマとバウが口を開く。
「俺もー」
「僕は甘いものを沢山食べたいね」
私はその言葉に頷いて、歩く速度を早めた。食べているときはティルベルさんのことも新生活の不安も忘れる。お肉は幸せにしてくれる。
地球で生きていた頃は想像も出来ないような美味しいお肉を食べた私はこの世界の料理の虜になっていた。お肉、万歳。