第22話「面倒なことになった」
私はおじい様を探して来賓席に向かった。何も指示していないがトーマは私を追いかけて、バウは料理につられて人混みに呑まれていった。歩いているとたまに「なんで子供が」と言いたげな視線に射抜かれるが、それよりおじい様だ。
トーマと一緒に来賓席の前に着いたとき、来賓の方々はキョトンとしてから迷子に話しかけるようににこやかな表情になる。そしてその中におじい様が混じっていた。
「おぉ、セルカじゃないか」
おじい様が声を掛けると、すぐに来賓の方々は場所を譲る。気遣いが出来るのかそれとも大魔法使いガロフという呼び名を畏れての行動かはわからないが、おじい様は気にせずに私の前に来た。
彼は私を一度抱き締めると生き生きとした表情で喋り出す。
「セルカは本当に可愛いなぁセルカほど可愛い新入生はいないと思わないか?」
問い掛けながらおじい様は振り向いた。来賓の方々に向かって問い掛けているようだが、みな反応に困って苦笑いで頷いていた。唯一トーマだけは「俺もそう思いますよガロフさん」とニヤニヤした粘っこい笑みを浮かべている。
それでも満足したのか、おじい様は私の頭を撫でながらにこにこと笑みを深める。この笑顔がとっても好き。私は安心しながらも口を開く。
「おじい様、大袈裟だよ」
「」
「」
「」
声を出すと同時に動きを止める来賓の方々。皆さん私が孫だとわかっていなかったのだろう、私とおじい様とを見比べて、それから眼に魔力を集中させている様子からすると私達の魔力の質も比較しているようだった。
私はわかりやすいように〜と魔力濃度を上げてみたりあまり意味の無い気遣いをした。それが何だか彼らの興味を惹き付けたのか、大魔法使いとの比較の対象から研究対象になったような気が…。
「はじめまして、ガロフ殿のお孫さんですね」
おおっと来た。意外と積極的みたい。それに、最初の一人が声をかけたことで次々に大人の人が声を掛けてくる。いつの間にかちょっとした人集りが出来ていた。
私は相手の身分がわからずに対応を迷うが、とりあえず敬語で答える。話をしてくれると分かった途端に彼らの質問攻めが始まった。
内容はほとんど魔法についてだった。その繊細な魔力操作技術はどのようにして培われてきたのか、保有魔力量はどのくらいなのか、使える属性は何か、または何種類か、大魔法使いに直々に教えていただいているのか等々…。私は戸惑いながらも質問に答えていった。
「…です。えっと、容量は…」
しかし唐突に質問攻めに終わりが訪れる。髪をなびかせて人混みを割って、その存在は訪れた。
「挨拶に参りました。場違いなそこのエルフは早く退けなさい」
見た目は良いのに、と私は心の中で呟いた。私の視線の先には私を奴隷か何かだと勘違いしたままの…生徒代表挨拶をしていた貴族様。挨拶している姿は格好よかったのに、残念だなぁ。
私はこれ以上この女の子に不満を抱かせたくないので大人しく従うことにする。少し離れるだけだが、そのおかげでおじい様とは距離が出来てしまった。
そうして挨拶が終わるのを待とうと決めて見守っていると、おじい様はあからさまに不機嫌な様子を態度に出す。ぷいっと貴族様から顔を逸らしてろくに挨拶を聞いていない。子供のような行動に、わたしはふふっ、と小さく笑った。
見れば質問の途中だった貫禄のあるおじさまも機嫌があまり良くないようで、おじい様ほどではないが適当な反応だった。
様子からして今日の入学式に来賓として呼ばれたのは魔法に関する研究や戦争などで成果を上げた者なのだろう。気になることを訊いて答えが返ってくる前に邪魔をした、という認識なのかも。
口々に貴族様の『家』への感謝などを告げる来賓方だが、なんとおじい様とおじさまは礼だけすると我先にと私の所に来た。
おじさまは来て早々、
「続きを頼む」
なんて言って微笑む。そんなことを言われてしまっては、今更断ろうにも断れない。貴族様は怒ってはいないだろうかと不安を覚えつつも、私は答えた。
「…異空間収納の容量は詳しくはわからないのですが、修行開始してから数日の時点では、赤眼熊まるまる一匹は入った記憶があります」
おじさまは私の説明を聞いて手元の紙に小さな文字でメモをとっていく。
「馬車一つくらいなら出し入れしても倦怠感は殆ど無いので、結構収納できるはずですよ」
相槌を打ちながらメモを書き終えたおじさまは、ありがとうと言うとふらっと消えてしまった。私は引き止めることをせず、おじい様と手を繋いでおにい様がいる料理のテーブルに向かう。見たところローストビーフみたいなやつが一番人気がありそうなので今のうちに確保しなきゃ。
私は皿にチーズのパンと少し多めにお肉をとって、後ろに控えたままのトーマとその横にいるおにい様に渡す。それからお肉やチーズを避けてサラダや豆料理をよそい、おじい様に渡す。私はおにい様より少し少なめの量をとって、お肉だけはおにい様の倍くらい確保した。あるうちに取りたかった。
果実ソースがかけられているようで爽やかな香りが漂うローストビーフは、そりゃあ人気だろうと頷けるほどに美味しそう。いただきま…
「大魔法使い様!!」
…貴族様が来ました。私は思わずフォークの動きを止めておじい様をちらりと見る。どうやらあの来賓の方々とのなんやらは終わったらしい。おじい様は心底興味が無さそうに頬をかくが、貴族様がそれを気にすることもなく。
ぽつりぽつりと始まる会話に私は居心地の悪さを感じながら食事を再開した。おにい様とトーマが一番居心地が悪いだろうし。私はトーマに向き直り、ローストビーフを飲み込んでから口を開いた。
「美味しいね、トーマ」
私の言葉にトーマは頷いた。彼は口の中が空になってからナプキンを取り出して私の口元を優しく拭った。しっかり教育されてるなぁと思いながら、私はされるがままにする。彼はナプキンをしまいながら、
「美味しいけど、ここではもうちょっと綺麗に食べてくれよ。仕事増えるからな」
と言うといたずらっぽく笑ってみせた。そう言われては仕方がないと私は令嬢モードに切り替える。トーマは別人かのように大人しくなった私を見て驚愕した。トーマの変貌の方が凄いけどなぁ。
私は皿に乗せた最後の一片までローストビーフやサラダを完食し、使用済みの皿を汚れた皿が重ねられている上に置いた。既にトーマの手元にも皿はない。私はおじい様の話が終わるのを待つことにした。
「うむ」
おじい様は相変わらず気のない返事を繰り返す。そのまま両者ともに懲りないなぁと眺めていると、不意に貴族様と目が合った。しかし彼女はそのまま挨拶を続けて礼まで一連の流れを済ませる。それを見てこれは大丈夫かな、と思った時だった。
「そこの奴隷、付き人は主人から目を離さないべきじゃないのか?」
見るからに機嫌の良くない貴族様が言葉を放った。控室にいる時に学習したのか声は大きくないが、如何せん身分やら見た目やらで注目を集めてしまうようで、集まる視線を感じた。
「その見た目で外界にいるということは氏族に見捨てられた捨て子だろう。だからといって礼儀を欠いていい理由にはならない」
めっちゃ侮辱されてるなう。
「私はティルベル・ベルリカ、ベルリカ領公爵の一人娘。正しい貴族と従者の関係を教えてやろう」
喋り方と見た目がなかなか一致しない貴族様は、遠い身分のお嬢様だったようだ。何でこんなに育ったのだろう。良心でやっていることだろうが、私、今凄くひどい事言われなかったかな。ここで言い返さないと捨て子のイメージ定着しそうな雰囲気なんだけど。
段々と不穏な空気になる中それを感じ取ったバウがこちらに注意を向けるが、私は彼女を呼びつけずにその場で留まるようにと目で訴えた。なんとか読み取ったらしいバウは、私のことを忘れたかのように食事を再開した。それは流石にちょっと寂しい。
空気的にはティルベルさんが優勢だった。しかし心配はしていない。おにい様もおじい様もいるし、何より彼等は今初めてティルベルさんの勘違いに気付き、見下すような態度にキレ始めているからだ。むしろふたりの暴走を未然に防ぐことが出来るかが心配だ。
私はそう思いながら口を開く。
「ティルベルさん」
「敬称はつけるんだ…中途半端な教育だな」
すぐさま言葉を返すティルベルさんは自信たっぷりでもう面倒臭すぎる。帰りたい。私は敢えて言葉を選び、どのようにして遠回しに私も貴族ですと伝えるべきか悩んだ。
結果、私は一歩前に踏み出し、ちらほらと増え始めた傍観者たちが息を呑む中最高の笑顔をティルベルさんに向けることとなった。
「こちらが見てわかる通りに魔剣士の通り名で知られている私のおにい様、スラントです。こちらは大魔法使いガロフ…私のおじい様です。同じ入学者として、以後よろしくお願いします」
私はスカートを履いていないのでそのまま礼をする。ティルベルさんは咄嗟に礼を返すこともできずに私の方を凝視していた。どうやら信じていないようで、眉をひそめてこちらの表情を伺ってきている。
これで不快に思わない者が居ようか。幾ら身分が違うとしてもこれまでの非礼を詫びるのが筋ではないのか、と空気が私に傾いた。何よりもおじい様とおにい様の人気が大きいだろうが…。
遂にティルベルは口を開く。
「私に恥をかかせるために行動していたのか。わざとらしいっ、わからないとでも思ったのか!」
彼女の自信は尽きることなく、むしろ生き生きとした様子で反撃してくる。流石にこれはティルベルさんの家に良い印象を抱けなくなるだろう。
礼儀正しい貴族のまとめ役のベルリカ領のご令嬢がこの様子とは違和感が拭えないが、何か理由でもあるのだろうか。そう思っていると彼女はそのまま独りで歩いていってしまった。
従者も連れずに大貴族の一人娘が人混みに消えていく。小さくも力強いオーラを纏う背中は、揺るがない。真っ直ぐと進む姿は勝ち誇るようだ。それはそれは、この会場内の空気に合わない異質で馴染めないような…。
「変な子」
私はポツリと呟き、ちらほらと帰り始める親御さん方に視線を向けた。おじい様たちもそろそろ退場しなければならない。次に会えるのは休みの日かな。
「…じゃあ、またね!」
少し微妙な空気になってしまったが、その中で私は元気な明るい声を出す。おじい様たちは不機嫌な表情からさっと切り替えて笑顔になった。
「たまには顔を見せるんじゃよ」
「強くなれよな〜」
二人とも頭を撫でてくる。そんな二人で撫でたら髪の毛ぐちゃぐちゃになっちゃうよ、もう。私は笑って、受け入れた。
同時に聞こえたアナウンスは、料理が無くなりましたので御来場の皆様は気を付けてお帰りください〜と繰り返し、とうとうおじい様とおにい様は人の波に飲まれるように見えなくなった。
これからは同年代とたくさん関わっていかなければならない。気持ちを切り替えて、トーマたちと頑張ろう。そう決意する私の髪の毛をそっと整えるトーマに、私は苦笑する。バウは見当たらないが…私の魔力を辿って来るだろうから放っておいても良いだろう。
ステータス値を参考にクラスを決めるみたいだけど、従者と主人は基本的に同じクラスらしいから…と安心していると、残された生徒全員の足下に魔法陣が現れる。恐らくこれは学院長の魔法。教室に転送されるのだろう。
「合流する前に転送されそうだね」
私はきょろきょろと辺りを見渡すがバウは人混みの中にまだいるのか、見当たらない。彼女の身長は高いほうで男性の平均くらいだけれど、男子の中だと埋もれてしまうからかな。
トーマと二人で苦笑して顔を見合わせ、そのまま世界が暗転した。