第20話「ロリはロリでもつよいロリ」
(注意)少々時間が飛んでいます。
陽の昇りきった天気のいい日。私はすっかり慣れた動きで弓を構え、的を狙う。射られた矢は寸分違わずに的の中央部に向かって飛翔し、的を破壊した。
訓練を始めてから何ヶ月も経った今では、バウとそう変わらない腕前となっていた私は、飾り弓でなくバウと同じ木の弓でも実戦に耐えうると判断され及第点をとった。それからは共に狩りに向かったりと「生物を的にした訓練」がメインになっていた。
そして季節は、入学式の時期に差し掛かっていた。四季の変化がはっきりとしていないような魔法国アズマ王都周辺の地域だから、あまり意識していなかったので今日やっと気付くことができた。切っ掛けはおじい様が珍しく正装を着ていたことだ。それは今朝のこと。
「おじい様、珍しいね!」
「そうかなぁ」
私が話しかけたとき、おじい様はとても嬉しそうに顔を綻ばせていた。飾り気の少なく落ち着いた配色の服装は、とても「重鎮」感があった。
何か重大な行事や会談でもあるのだろうかと首を傾げる私に、彼は笑顔でつげたのだ。
「これは明日の入学式のための服だよ。今から楽しみだ」
その言葉を聞いた私は心底驚いた。毎日が楽し過ぎて月日の経過が早く感じられていたので、入学式ってこんなにすぐだったのかと焦りを感じた。もう、向こうだったら桜のシーズンくらいなのか。おじい様の笑顔を見てるとなんだかほっこりした。
朝のことを思い出して少し頬を緩めながら、私は再び弓を構えた。狙うは空を飛んでいる鳥の魔物。距離が遠過ぎてこのままだと届かないので、弓矢に魔力を纏わせた。張り詰めた弦が空色に輝き、手を離せば矢が光のように空を駆けた。
しかし鳥の魔物にまで到達した矢は威力が足りなかったのか軽傷を負わすに留まる。私は異空間収納により素早く弓を取り替えると、また矢をつがえた。
取り出された飾り弓を瞬時に構え狙い定め、逃げようとする魔物を射貫く。矢が喉元を貫通した魔物は断末魔をあげて地に一直線に吸い込まれていく。すると後ろからぱちぱちと一人分の拍手が聞こえた。
「いやぁ、本当に成長が早いね!羨ましいね」
バウだ。彼女は私に近付くと手を伸ばし、頭を撫でてくる。私はささやかな喜びと満足を得て、頬を弛めた。彼女はいつでも優しくて、私を沢山成長させてくれた。
私は手に持っていた飾り弓を異空間収納に入れてから身体から余計な力を抜くと、ずっと言おうと思っていたことをバウに告げた。
「バウ、明日は入学式なんだよ!だからそれからは寮に入って学校に通うわ」
バウはうんうんと頷いて続きを促す。私は拳を握りしめて勧誘をする。
「生徒は従者を最大二人まで伴うことが出来て、授業料を払えば特別に授業も受けられる……だから」
「それならボクも一緒に行きたいのね!」
言い終わる前に答えを言われた私はポカンとして、それから嬉しくてバウに抱きつく。胸が全くないし筋肉がしっかりとついてるから抱き心地は劣悪だが、バウだからいいや。
それよりも、と私はバウの顔に視線を移した。私は上目遣いになりながら二人目の従者枠について訊ねる。
「もう一人はトーマよ!私はあんまりトーマと会えてないけど、バウはトーマと仲良いよね?」
頷くバウ。
「勿論そうね、部屋同じだしね」
それを聞いた私は表情を綻ばせた。部屋は隣でも両者ともに朝早くからの訓練と夜遅くまでの実習で顔を合わせることが少なかった。だから上手くやっていけるかという点に、多少の不安を抱えていた。それに加え、たまにバッタリ会ってもトーマは軽口と挑発ばかりで訓練の様子なんて教えてくれないし。
ロウェンさんに「前衛向きになればなお良し」と通達し、ロウェンさんはそれに従って訓練メニューを組んでいるだろうから、それなりに経験を積んでいる筈だけれど……。
「三人で頑張ろうね」
私はバウにそれだけ言うと体を離す。明日のために少しだけ練習量を減らし、身体を休めなければ。次の訓練で一応最後にしてほしい……なぁ……。
「っつかれた〜!!」
私は部屋に着くなり着替えもせずにベッドに倒れ込んだ。時間が余れば久しく訪れていなかった王都に行きたいなんて思っていたが、バウはいつも通りどころかいつもより気合の入った訓練を計画していたようで私はクタクタになってしまった。
もう窓の外は真っ暗。これからすぐに夕食の筈なので着替えなければならないことはわかっていたが、体が休ませろと訴えかけてきてなかなか動けない。
そのまま数秒目を瞑った私は眠りそうになり、慌てて起き上がった。いけないいけない、今寝たら次に目を覚ますのは朝になってしまう。さっさと食べて風呂入って寝るぞ……。
少し土汚れの付着した装備を脱ぐ。装備は初めとはいくらか違った装飾が付け加えられていた。訓練の最中で付与したくなった効果をつけるためだったりと自分勝手なものだったが、次にりぼんおねえさんに会うときに何か言われるだろうか。
下のホットパンツも脱いで、靴下も脱ぐ。ヘッドドレスも外して下着だけの姿になった私はバサっとワンピースを着てパンプスに履き替えて部屋を出た。
遅れていないか心配だった私は小走りでダイニングルームに向かい、どうやらまだ誰も来ていないようだと気付くと安堵の吐息とともに呟いた。
「これでしばらくここともお別れかぁ」
目まぐるしく過ぎていった日々に、少しだけ後悔を感じた。最終日になってからようやくここを離れることに実感が湧いてきて、もっと家族と関わった方が良かったのではないかと今更思う。
そっと席について乱れた髪を直しながら、私は部屋中に視線を巡らせた。
絢爛豪華とは程遠く貴族にしては質素な暮らし。騎士爵だと考えたら異色である広大な領土。私は領民を殆ど見たことがない。一応次期当主候補でもあるのだが、おにい様がやると言うからこうやって自分のことばかり優先してきた。
生まれ変わってこの地に降り立ってから、私は雪音だった頃とは大きく変わったんだ。あの時は家族を何より優先していたのになぁ。
おかあ様方が集まってきて、食事が運ばれてきた。いつの間に集まっていたのだろうとは思ったが、美味しそうな食事を前にはどんな感情も塗り替えられる。今日の夕食は、こころなしかいつもより豪勢だった。
「今日も、我々に生きる糧を与えてくださったことに感謝します」
食事が始まった。
もぐもぐと食事を頬張り堪能する。おじい様が居ないのは気になったけれど、よく居なくなるからなぁ。珍しく振る舞われたそれは竜肉を使っているもので、上品な甘さを内包する脂がとっても美味しい。
クオーターエルフで良かった!よかった!!
私はご馳走を平らげ、食べ過ぎではないかと心配されながら食事を終えた。ちゃっかりデザート……牛の乳の使用されたエルフ向けでないケーキもいただいたので、自分史上最大の贅沢をしたと思っている。
そのまま洗面所で歯磨き等をした私は部屋に着くなり泥のように眠った。翌朝は気を利かせた執事から消化に良いらしき紅茶を出された。うん。
ガロフは孫娘のお祝いに参加せずに魔境を歩いていた。魔境といってもやはり彼にとっては裏の森でしかなく、慣れた道を歩くため足取りは軽快だった。
しかしそんな彼の唯一の心配事は、様子を見るに本当に現実の出来事であったらしい。森に入り込んだ二つの気配は残留した二種類の魔力によってガロフを確信へと導いた。
それは何者かがこの森で幾度も戦っていること、濃く荒々しい魔力の主が常に優勢を保っていること、いずれもセルカの訓練終わりなど彼女が疲労しているタイミングだということ……偶然かもしれないが、セルカを狙ったものとしか思えなかった。
それ故に「荒々しい守護者」はエルヘイムの『執事』ではないかとも考えたが、このような特殊な魔力を持つ者は居なかった。それは部外者が我が領が誇る『執事』が気付く前に侵入者を排除しているということを象徴していて、ガロフは不安を増長させる。
現在もそう離れていない場所が戦場と化している。彼はもう行くしかないと腹を括り、風の魔法で体を強化し滑るように森を駆けた。
「くそっ、くそ……っ!邪魔するな……っ!!」
すぐに耳に入ったのは少し幼さを残す柔らかな男性の声。声のイメージとは反してその存在の見た目は緑の巨獣。ガロフは一瞬にして戦闘態勢を整えていた。
しかし魔力で彼に気付いたであろう巨獣は、ひとたびガロフに視線を向けるとすぐに視線を戻す。その先には延々と生成され襲い掛かる傀儡の数々があった。巨獣はそれらを一撃で葬り、次々と土くれに変えていく。戦いながら段々と体勢を整えていく巨獣は、段々と体から放出され続けている魔力を抑え始める。次第に巨獣は姿を変え、人間の姿になっていった。
「……あんた」
長く生きてきた彼をも魅了したその魔力と体術。惚けていたガロフはいつの間にか終息していた戦いの終わりとともに声をかけられた。
びくりと肩を震わせて視線を向ければ、巨獣だった青年が口を開く。
「セルカ様の……味方ですよね?」
困ったような笑みと巨大化する右手は、ノーと答えれば自分がどうなるか……という未来を想像するには充分すぎた。しかしその質問は聞かれるまでもないようなものだった。孫の味方に決まっているからだ。
彼は緊張を解いて優しい声で告げた。
「セルカの知り合い、か。儂はセルカの祖父に当たる……ガロフという」
「なぁんだ」
ガロフの言葉に警戒態勢を解いた緑の青年は、完全なる人の形になると身体中に降りかかった土を払い落とし、その場に腰を下ろした。それに倣い座るガロフは口を開いた。
「神の系譜の者か」
すると青年は表情を変えずに三秒ほど停止し、それから嗜虐的な笑みを浮かべた。
「やだなぁ……僕はアンタらより強いだけで、ただの奴隷ですよ?」