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第196話「不明瞭なもの」

 女神フレイズはその美しい顔を憎悪に近い何かに染め上げて、私を睨みつける。姿こそ神々しく主神にも似ているが、私にとってはただ恐ろしい厄災のようなもの。

 白い髪、僅かに灰がかった白い瞳……シミひとつない白磁の肌も全てが、恐ろしく思えた。

 思えば、私やミコトが命の危険を感じたのは、天空神の白や女神フレイズの白い光が原因になってばかりだった。それに対抗するのなら、ミコトの言い分とは少し違うけど、私は悪役(ヒール)なのかもしれない。

 私は女神に対抗するように神力を最大出力で放出し彼女を真似て武器を創造しようとしたが、全ての属性を均等に持っているわけではない私の神力は少し濁った色をしていた。

 そのままどうにか力の奔流をなだめて扱い慣れた女神の短剣(私の相棒)に纏わせると、少しだけ間合いが伸びる。元の形状が見えないが、持つ手の感覚に違和感はない。

 私がそうやって真似たことで相手を挑発したのか、女神は極光をこちらに光線状にして差し向けるが、寧ろその感情任せな直進は避けやすい。ただその速さに追いつけるか否かの問題だった。

 余裕をもって極光をかわした私はその光に視界が塞がれている間に女神が魔術を発動させたことを感知して阻止に向かおうとするが、術式の完成までの隙が小さ過ぎる。

 私が光を越えて女神を視界におさめたときには、既に彼女の隣に使い魔……バウが居た。

 彼の目には感情がほとんど込められておらず、しかし整った顔に視線をやった途端に思考が一瞬詰まりかける。魅了を加減していないのだと気付いて、自身と、一見すると平気そうなマジムを天使の声で鼓舞する。

「『私たちは惑わされない』」

 言葉に込めた神力が行き渡ると思考に混ざったノイズが取り払われて、私と女神は目を合わせた。

 その視線に何の意味があったのかはわからない。だが、その瞬間に女神フレイズが明確に攻撃の意志を持って動き始めた。


 女神が長杖を軽く振ると、予め組み込まれていたらしい術式が発動して杖の軌跡から無数の光の弾が生まれ、撃ち出される。先程の光線とは違って軌道は出鱈目で、統一性はなく……だからこそ避けにくい。

 兎に角、いちいちマジムに足場を作ってもらいながら駆けているようでは追いつかれかねないので、私は自らの足で進むのを一旦止め、獣化したマジムの腕に攫われるようにして退避した。

 マジムはそのまま私の視界を確保しながら走り、彼が全速力で私の安全を確保しているうちに女神の光弾によく似た魔術を撃ち返した。

 一弾目で双方の攻撃が相殺されることを確認した私は、ひとつずつ相殺するよりも弾の数に合わせた回数分の威力を込めた()()()()()()()で周囲を覆い、同時に迫っていたバウに闇の鎖を纏わせる。

 バウはマジムよりも移動が素早く、女神の攻撃も当たらないため真っ直ぐこちらに向かえるので、早いうちに動きを止めておきたいが……。

 鎖は数瞬だけバウの動きを止めるが、次の鎖が生み出されるよりも早く砕かれる。思いの外、女神による光属性付与が強いようだ。

 女神は私が鎖の準備を中断したタイミングで新たに光槍を混ぜた光弾の群れをけしかけてきて、威力からまだ本気ではないことがうかがえる。私がどこまで成長しているかがわかっていないのか、試すような攻撃が続く。

 てっきりセルカの身体にある能力の総てを知っているからこその危険視だと思っていたのだが。むしろその手加減のような何かは、不気味だった。

 私は決着を先延ばしにしているようなちまちまとした、威力自体は申し分なくても術としての等級がいっとう低いものばかりが飛び交う状況に、応戦しながら違和感に不安を刺激される。

「これ、このままじゃ……」

 私がマジムに問いかけようとすると、彼も同じように感じていたのか頷きが返ってくる。私は一度過剰な攻撃性を孕んだ強固な壁を構築するとその中に閉じ篭り、女神と視線で牽制し合う。

 その最中にも迫ろうとするバウを簡素な転移魔法で少し遠くに、体の向きを反対にして送り届けるが、それでも彼はすぐに来るだろう。

 私は声を潜める。

「マジム、逃げることに専念しなきゃ避けるのは難しい?」

『そんなことはありません。ただ、術自体は破壊しやすいものの威力だけは高いので、警戒しています』

「……あの女神はもっと強い魔法使えるよね」

『そうでしょうね』

 使えるはずのものを使わない。それを再確認しながら複雑な術式を幾つも練っていると、そろそろ壁が薄くなってきたことに気づく。

 マジムは私を抱きしめるように抱え直すと『では、』とひと言告げて巨大な獣の身体を転移させる。その場に残ったのは虚空から生える巨大な腕と、それに抱えられる私……いつか見た光景だ。

 遠く、バウと向かい合うようにして唸るマジムは、虚空を経由してこちらに繋げている腕の他に新たな腕を生やして神力を溢れさせた。

 バウもそれに応えるようにして自身を獣へと変貌させ吠えるが、彼は神格を持たない。マジムが負けることはないと信じて、思うように導いてくれる巨大な手のひらの上で、魔法を練る。

 マジムの巨体が離れたことで小回りが効くようになり、回避にさらに余裕が生まれる。咄嗟に守れる肉体は遠くへ行ったが、彼なら厄介な素早いバウを無力化するまでにそうかかるまい。

 私は、私が複雑な術式を構築しているにも拘わらず未だに小手調べのような攻撃の波を放つだけの女神に、今すぐにその余裕が無いことを分からせたかった。そうでないと、私もマジムもいない世界が、蓄えさせた大地を潤す神力を使い果たしてしまう。

 私の陣営にとって、それは何よりも阻止したいことなのだから。

「何でそんな風に出し惜しみしてるのかわからないけど……ッ」

 私は女神を睨みつける。久しぶりにごちゃごちゃした魔術式を沢山組み立てたが、発動に問題はなさそうだった。しかし、ゆっくりと、安全性を確保しながら魔法を構築している間にも、女神は何の対策もする様子がない。

 効かなかったら。

 そんな嫌な予感が脳裏をよぎるが、死力を尽くして戦うしかない。

 そう思い、その気持ちを乗せて発動させた魔術。無数の、禍々しさすら感じさせる魔法が絡まり合いながら女神に降り注がれる。

 雨のように広範囲を覆う淡い闇色の光。夜空が堕ちてくるような魔法。全方位から迫る壁。退避のための道を潰す、触れることを躊躇わせる暗黒。

 自分が悪役になったつもりで発動させた魔法の数々を前にした女神と目が合った。

 その目に、焦りと怯えを見つけた気がした。


「え?」


 私は僅かに戸惑い、しかしそれくらいで魔法は止まらない。いつの間にか女神を包囲する魔法たちが光弾も食らい尽くしていたようで、攻撃の手が止んだように感じていた。

 瞬きほどの間に闇色に呑まれていった女神の、最後に見えた顔は……安堵と驚愕と、敵意。

 死んでいない。

 直感的にそう思い、警戒の糸を張り巡らせると……直後に神力が爆発するようにして迫ってきているのを感知した。

「神敵が……何をッ!!」

 女神が長杖を大きく振りかぶりながら、至近距離に転移して来たのだ。そう頭で理解する前に体は動き、杖と光弾を回避しながら相手を斬る。女神でも近接戦闘ができるのか、神力の刃は届くが神殺しの刃は避けられてしまい届かなかった。

 本当に、理由がわからない憎悪を向けられて、私はもどかしさを感じた。女神の目に、声に篭っている感情は、神の天敵だとか世界の理に反するだとか、そういう部分に対する感情ではなく……もっと人間的なものに思えたのだ。

 そう感じたところで手加減するわけもなく、私は再び距離をとられる前にと短剣を振るう。マジムの腕を足の裏で蹴り、跳ぶ。次の着地点にすぐさま現れる腕を足場に、女神に迫る。

 そこでまた違和感に襲われた。彼女は避けない。その顔色は僅かに蒼く、瞳に恐怖が映る。

 何かがおかしい。

 私はゾッとして、飛び退った。女神フレイズはあからさまに動揺していて、私も心の中は大荒れだった。表にその揺れを極力見せないように気をつけながら、私は女神を見据えた。

「……どういうつもり?今のは何」

 その問いかけは彼女を刺激したようで、弾かれるように発せられた声が、私の言葉に被せられた。

「どの口が、それを言いますか!!」

 その目は、声色は、本気。

 そのとき湧き上がりそうになった違和感と不安と不気味さを綯い交ぜにした感情が、不意に凪いで……私は咄嗟に自身とその周囲を神力で包み込み、少しの隙間もつくらないように全力で力を放出した。

 途端に戻ってくる感情。何かが干渉していて、気を抜けばすぐに違和感を忘れてしまうのだと察した。

 女神も遅れて神力を纏うが、彼女は感情に違和感はないのか、私の行動の意味がわからないようですぐに攻撃態勢になる。

 面倒だ。しかし、女神に対しても何かしらの邪魔が入っている。どちらの陣営でもない神々を思い浮かべようとするが、再び女神の長杖がひらめき、光が散る。

 私の心に、女神の瞳に、不安の色がちらついた。

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