第192話「締め付ける想い」
回想に近い内容です
断言しよう。私たちには直接戦う意志はないのだと。
目的は戦って勝つことではない。そもそもが戦って勝利してもマジムが戻ってくるという確証もない、ただ「意見が通りやすい陣営」を決めるためにする戦。奇襲や地上を巻き込んだ乱戦を防ぐために理由を明確にして力を競う場を作ったという体でいる。
マジムさえ居れば、私たちの陣営が争う動機はないし、相手方もそれは主張内容から理解はしているだろうが、異物であるセルカ……もとい私に大地神の力を自在に扱える存在を托すのは危険で見過ごせないと言われればどうしようもなく。
しかしマジムさえいれば世界を構築する三柱である地、海、空のうち二柱がこちら側につくことになり、セルカへの手出しは出来なくなる。故に相手にとってもこうやって戦うのが都合が良い。
マジムは返さない。しかし返さないと世界の均衡は異物であるセルカが保つことになる。早く排除しなければならない。だが、直ぐに排除すると、マジムの代役を務めている者を殺し再度世界の均衡を崩すことになるので、少なからず反発はある。マジムをいつでも起こせる場所、そしてセルカを殺しても文句が出にくい環境。
殺気を見せる神は極僅かであることから、私を直接殺そうとしている者は女神フレイズとあとはこちら側の勢力で対抗しうる神の少数だとわかるので、それにさえ注意すれば取り返しのつかない状況にはなりにくいだろう。
私を守る陣営は無益で意味の無い殺生を嫌う者が多く、更に目標もマジムを引き戻し彼自身の意志で生きてもらうことだ。
私が死ねばマジムは返ってくるだろうが、主の命を代償に得る自由など従魔や使い魔にとって忌むべきものだ。それを承知していて、セルカを殺させないために味方になった神もいる。
既に世界の理を無視した自らの手による転生を成そうとしていて罪人扱いされても文句が言えない立場である私だが、セルカが眠ってしまった以上は守り手として重要で、そしてセルカが私を改心させたならばセルカは悪ではなく、身体を返還する意志がはっきりと示されている現状、私も悪とは見れない。それでも私を厭う者は敵陣営にいる。
どの道セルカが悲しむことはしないと決めたのだ、セルカなら力を存分に発揮して寧ろ良い者として世界を進めた現人神に連なる功績を残すだろう。彼女が悪事に手を染めようとすれば、それこそ今度は私が止める番。
「その前に断罪されるかもしれないってくらいかな。懸念は」
私が口にしたつもりの言葉は外に向けたものでもなく、無意識のうちに空気が吐かれるだけになっていてほとんど声になっていなかった。
セルカの気配はずっとある。感じられなかった頃よりずっと濃い。きっとマジムがいることを感じ取っていて、もしかしたら私が鰻を食べたことも察知しているのかもしれない。
その事実に心底安堵した。出てくる勇気がないとしても、まだ自己嫌悪や自信の喪失に陥っていたとしても、死んでない。意思がある。
その事実が心を奮い立たせた。安い例えだが、授業参観のようなそわそわとした緊張感があった。セルカにカッコ悪いところは見せたくない。
戦場が出来上がっていく。完成に近付く。その作業には陣営関係無く無数の神々が携わり、中立者もまざる。切り立った山やなだらかな丘、草原には戦場に似つかわしくない可愛らしい野花。さらに住宅街や寒村を模した空っぽの建物が増え、壊されるためのものがつくられていく。
その範囲はどんどん広がり、神同士の衝突がどれだけ広範囲に影響を及ぼすものなのかと驚く程で、とうとう私の膨大な神力を糧に行使される、ヒトの中では最高峰だと自負する探知魔法の及ぶ範囲を飛び越え、広がり、拡がり、ひろがって……。
『見つけました。南西、敵陣にほど近い位置、その上空です』
どの神のものかも判別のつかない念話がマジムが囚われている場所を作戦の主要人物に向けて発信され、皆の空気が少し変わる。視界にも入らない、天空神が好みそうな戦場で……私たちは、闘うことになる。