第185話「白、白、」
休暇となり、曜日感覚が狂って金曜だということを忘れていました……。申し訳ありません。
白い光の津波は、これが本当に「光」速であればアルステラに追いついていて然るべきであるが、好都合にも彼の全速力には追いつけないようだった。
しかし影の世界が消えていくというのは永い生を過ごしてきたステラにとっても稀有な現象のようで、何も対抗策は考えつかない……もしくはそんな余裕もない。私は抱えられているだけでただのお荷物となっているので、それならばと付与魔法やら闇魔法やらで手助けをしようとした。
非常に残念なことに、私の魔法による妨害は何の効果も見い出せずに散るばかり。そしてその横で……反対の脇に抱えられたトーマが繰り出した、どちらかというと光に近い属性と思われがちな炎魔法が、有効そうであった。咄嗟に真似をしようとするが、
「……今のは鬼神特有の魔法だ」
トーマの呆れたような声色を聞いて、手を止める。それなら今私は役に立たない。
私はせめて固有技能さえ扱えればと拳を握り締めるが、その間にもことは進む。アルステラは光の侵攻の及ばない場所に着くまでと、駆けていった。
どさりと、ようやく浮遊感から解放されて降り立った地は、夜の闇に包まれていた。それほどまで長い時間走り続けていたかと思案するが、そんなはずもなく、私は座り込んだまま、警戒心を強めて魔法による索敵範囲を一気に広げた。
その結果検知されたのは、初めて感じ取る種類の大地の力と植物たち。魔の森を直近に訪れていなければ、動植物全てを魔物と勘違いして戦闘態勢になってしまうであろうほどの、空間。そして、懐かしい感覚をおぼえる場所。
「こんな、ところまで……」
そこは迷宮だった。しばらく私は訪れていないが、訓練のために訪れていた幼女守護団のメンバーもいるだろう。どの迷宮かはわからないが、ステラはさすがにわかっているようで。
「ここは蟲皇庭園だねぇ。ライライなら道案内も容易だっただろうけれど……まぁ、深部ではないから」
彼の説明に、私はげんなりして、それから背筋に凍るような感覚が走る。
「待って、そんな遠くまで影響があったの?そもそもどんな魔法かもわかってないのに、そんなの、広範囲が焦土化とか想像しちゃうんだけど」
ものすごい光で、影の世界まで侵食してきた威力から、私は攻撃だと思っていた。解析しようにも真っ白で何も見えず、ただただ無力感に苛まれていたわけだが……私がそんな有様で、他の皆は、もっと言えば無関係な民は何ができようか。
流石に自分たちのためなら世界を省みないとか、そんなに悪役的な思考はできないので、思わず顔を顰める。だがステラは首を横に振って、少しだけ頬を緩めた。
「エルフだとか、魔法に秀でた一部の者は影響を受けただろうけど、あれは対象を絞っているみたいだよ。それで……まぁ、影の住人は追いやられたり消し飛ばされたりしていたようだけどねぇ」
その言葉にほっとして、短く息を吐いた。トーマは手のひらに残った魔力の残滓を、散らしながら、座り込んだままの私を持ち上げて立たせた。
「もし仲間に届いていたとしても、神位を持つ奴がいるし、大丈夫だろ」
土やらなにやらをほろわれながら、私はこくりと頷いた。それなら、良い。
そのとき偶然にも、蟲皇庭園の深層に仲間がいた。階層の境目を超えて探知することはできないようでミコトも彼らも互いの存在には気付かなかったが。
深層にいた彼らはそれでも天空神のあからさまな干渉には気が付いた。あまりにも存在感の強い主要な神の力は、直接的な影響こそ届かなかったものの強力な威圧となって襲い掛かる。
ライライは全身の毛が逆立ったように錯覚した。反射的に身体中から触手が伸びてローブの中から溢れ出し、己と仲間の身を守るように溶け合いながらドームをつくり出す。
その中におさまったライライとアンネローズは、互いに周囲を警戒して殺気立っていたが、威圧が消え去ると思い出したかのように互いの顔を見合わせて口を開いた。
「アンタ……守るのはいいけど触手から粘液が垂れてくるのはどうにかならないのかしら!」
「そんなところにまで気を回して、その結果大怪我を負うだとか死ぬだとか……そういうことにならないようにしているのです」
アンネは素早く文句をつけて、ライライはそれを見越して反論した。別に、互いをそれほど嫌っているわけではないのだが。
反論しながらいそいそと触手たちを再度体内に収納していくライライを見ながら、アンネはいくつか服に染みをつくった粘液たちの水分を火力を抑えた魔法で蒸発させて、それから上を見た。
頭上には空がある。それは迷宮だからこそのもので、天空神の力の及ぶものではない。しかし威圧を感じたことで、彼女はなんとなく嫌な気持ちになっていた。
「……まぁ、そうね。思わず言っちゃったけど、ここのトラップよりは全然マシ」
アンネは数秒目を瞑り、先程までの迷宮探索中に自らを苦しめた罠の数々を思い返していた。彼女は全身に虫たちが好む蜜を浴びて、それ故に粘度の高い液体に嫌気がさしているので、それをわかっているライライは言われた文句を聞き流す。
「付き合わせたのは申し訳ないのです。あの蜜が……従魔たちの餌なので」
「わかってる」
二人は、互いの顔は見ていない。
そして、数拍あけて、同時に爪先の方向を同じ方に向けた。二人して威圧や嫌な予感を知覚したのなら、勘違いでもなんでもない。だから、帰るのだ。
双方が前衛と後衛をこなすことが出来る二人組は、そのまま外を目指して歩みを進める。ライライの先導によって、その先で出口を目ざして進んでいる仲間たちに追いつくであろう速度で歩んでいた。




