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第19話「ろりあえず、強くなるんだ!」

 奴隷商館はそれほど離れていない場所にあった。道は入り組んでいて案内が無ければ迷うかもしれないと思ったが、そんな迷路をトーマは迷わず突き進んだ。途中すれ違った冒険者や貴族たちは、身なりが良さそうだったりギリギリの切り詰めた生活をしていそうな者だったり、様々だった。

「ここが王都で一番の奴隷商館だ。前の主人には、ここで出会った」

 そう言いながらもサッと前に出て扉を開けるトーマに、私はぎょっとして目を見開く。流れるような所作だったが、これはやはりあの冒険者たちの趣味だろうか。

 私の反応を見て自分のしていたことに気付いた彼は、バツが悪そうに顔を背け、それからチッと舌を打つ。しかし彼はそのまま大人しく横に避けて、私が奴隷商館に足を踏み入れるとその後に続く。音もなく扉が閉められて、私は目の前の誰かに話しかけられた。

「お初にお目にかかりますオーナーのDと申します……トーマ、鞍替えしたのか」

 目の前にいたのは優しそうな……とても人の良さそうな中年男性だった。彼はDと名乗るとトーマに何か耳打ちをして顔を歪める。私は身長が低いので見えないように気にしていたであろう表情の歪みが見えてしまった。予想、とんでもない悪徳商人。

 怯むような反応を見せるトーマを見て、私は何だかこのDとかいうオーナーに苛つきを感じた。今は私の所有物ってことなのに、何を勝手に言っているのやら。表情から、良い内容でもないとわかる。

 私は思わず不快感を隠さずにDを見た。それでも足りずに、少し魔力を昂らせながら囁くように言った。

「……私の所有物に文句でもあるのですか?それともただの嫌がらせですか?どちらにせよ余計なことはしないでほしいです」

「……!」

 思ったより魔力の放出量が多くて怠くなったけれど、Dはその見た目にそぐわない魔力に驚いて態度を改めた。そもそもちゃんとした名前を名乗らない時点で礼儀を知らぬ者と考えて良いので、相手にする気など起きなかった。

 私は黙り込んだDを置いて行き、近くにいた従業員に案内を頼んだ。気に食わないからといって人の物に口出しするオーナーよりも、真面目に仕事をこなしているその従業員の方が好印象だった。

 オーナーが止める間もなく私とトーマは従業員の後を追って歩いて行く。向かう先は一人二畳ほどの牢屋が並ぶ、奴隷の展示場だった。牢の中では奴隷たちは自由に動き、待遇もそこまで酷くないのか汚れているような印象も無い。手足に枷をかけられているということもなく皆が買ってもらえるようにと身体や筋肉をアピールしていた。私達は奴隷達に注目されながら通路を進んだ。

 その中で目立つものがある。それは奴隷全員に付けられた猿轡。口元を覆い中を見えなくしている。それ以外の不自由は見当たらなかった。

「トーマ、これは?」

 私が歩きながら問いかけると、トーマはハッとしたように口を開く。

「説明の為に、これを……猿轡を見て貰いたかったんだよ」

 彼は一度舌をべーっと出して見せて、それから続けた。

「主従契約魔法は、魔法陣を視認することと魔法陣に書かれた神様の贈る文言を詠むことが条件となっているんだ。基本的に神様の言葉は詠めないけれど……購入が確定した際に奴隷商人によって伝えられて契約をすることができるようになる。奴隷商という職業の初級魔法に『神語解読』があって、それを詠むのは奴隷商人にのみ可能だ。……俺はあのクズとの契約の時に聞いたのを覚えてたから、お前が『なんて書いてあるの?』なんて聞いてきたら教えてやって主人にしようと目論んだ訳だ」

 そこまで言うと、トーマは黙る。私も、彼の言いたいことがわかってしまった。でも言い難いのだろう、彼は全く聞こうとしないので私から話すことにした。

「私は何で詠めたの?……って聞きたいんでしょ。奴隷商なのか、それとも得体の知れない何かなのかって」

「まぁ、そうだな」

 悪びれずに答えたトーマは、私の声色から真実は悪いものではないと感じ取ったのか笑顔になる。私は答えようとして……視界の端にめちゃくちゃ居心地悪そうにしている従業員を捉えて出かかった台詞を飲み込んだ。あまり声の大きさを気にしていなかったので聞こえていたかもしれない。

 トーマは聞きたそうにしているが、あまり目立ったり怪しまれるようなことをしたくないので、「……あとでね」とだけ言って話を切った。すると従業員がペコリと頭を下げた。

「ここまでで良質な奴隷を展示しているフロアは終わりです。この先は未調教の奴隷達が揃えられています。見ていきますか?」

 私ははいと返事をして、彼について行く。そこからは空気も悪く腐れた食べ物のような匂いや暫く身体を洗っていない……まるで野生の獣のような臭いが漂っていた。待遇の違いが明瞭だった。表にいた奴隷達もこのような環境での「調教」を経てやっとあの場所に移れたのだろうか。

 息を詰めて、巨大な牢屋の中を覗き込んだ。中には両手足を繋がれ首輪を付けられた奴隷達が居て、皆一様にギラギラした目付きで従業員を睨んでいた。それでも私達には敵意を向けないあたり、奴隷だという自覚はあるように見える。

 従業員は説明をしながら歩いていたが、正直全然頭に入ってこなかった。周りの光景を見て、フレイズ様の厚意が無ければこのような環境に生まれていたかもしれないと、他人事のように考えた。

 トーマは嫌悪を隠そうとせずに奴隷達を見詰め、奴隷達は猿轡越しにくぐもった声を上げた。

「トーマだ」

「死んでなかったのか!」

「媚びやがって」

「相変わらず痩せっぽちじゃないの」

 どうやら彼はここの出らしい。数人の奴隷が地を這って、ゆらゆらと立ち上がって、鉄格子に近付いた。皆反発心を隠すことない強い光を持つ目をしている。その中の一番気弱そうな人間の女の子が喋った。

「あの冒険者たちがトーマを連れていなかったから、死んだのかと思ったわ」

 あの冒険者とは、私達を囮にして逃げ生き延びた奴等か。私はほぼ無意識に眉根を寄せて奴等の顔を思い浮かべていた。するとその女の子が私を見てから続けた。

「新しいご主人様はその……エルフさん?なのね」

 その言葉と同時に、トーマの知り合いの奴隷達の視線が私に集中する。私は一瞬驚いたがそれを表に出さず、何も言わずに彼女に目をやる。目が合い私が微笑むと、彼女は戸惑いながらも同じように笑みを返してくれた。かわいい。

 私は痩せ細った奴隷達を見て、とてもじゃないがこのような職場は選びたくないと思った。可愛らしい少女も薄汚れ、鍛えれば相当な価格を付けられるだろう少年もボロボロ。助けられればいいのに、と思ってもそんな財力は今の私にはない。仮に今の所持金で安い奴隷を買えるだけ買っても、その後を養う資金がない。

「セルカ様は命の恩人だ」

 トーマはそれだけ言うと、口を噤む。私たちはそのまま大部屋を立ち去り、従業員に連れられて最初のロビーに帰ってきた。従業員はもやもやしている私に向かって周りに聞こえないような声量で告げた。

「あれを見るのはあまり好きではありません。嫌でも同じ人間(ひと)なのだと意識してしまいます」

 小さな声だったが、私にはハッキリと聞き取ることができた。従業員らしからぬその発言はまるで幻聴だとでもいうように、彼は一度礼をすると雑務に戻っていった。周囲の従業員達も、よく見れば晴れた表情はしていない。皆うんざりしたような表情で欠伸を噛み殺し、舌の奴隷の証を隠しながら仕事をこなしている。

 そこはオーナー以外が全て奴隷で構成された異色な空間であった。


 奴隷商館を後にして、私達は裏の通りを歩いていた。夕方……もう帰らないと怒られるだろうが、足取りはゆっくりとしたものだった。私は人が居ないことに安堵しつつ、トーマに話しかけた。

「トーマ、さっきの話の続き。何で私は詠めたのか」

「それそれ!まさか奴隷商じゃあるまいし、気になってたんだ」

 若干食い気味でトーマは返事をする。私はふふ、と笑ってから言った。そんなに凄い事でもない、ただ読める文字だったというだけなのだから。

「神語解読が無くても、私の知識の中には『言語』としてあるから詠めたの。……それだけだよ」

 だって日本語でしか無かったのだから、読めないワケがないでしょう。神様もそこら辺は適当なんだ。トーマは理解していない……というよりは納得出来ない様子で首を傾げたが、私はそんな彼を放っておいて帰路につく。慌てて追いかけてくるトーマ。

「装備品は後で買ってあげる」

 私はそう一言言うと言葉を切り、さっさと先をゆく。少し嬉しそうな表情で追い縋るトーマは、ボロボロな衣服に身を包んだ明らかな奴隷だったが、その目には希望と期待、それから野心が光る。

「利用するだけ利用してやるよ」

 にやりと嗤って告げる言葉も照れ隠しにしか聞こえないほどには、彼の表情は素直なものだった。




 帰りは魔物との遭遇も無く、ひたすら森林の悪路を進んだ。トーマに合わせるために速度は落ちたが、寄り道もせずに歩いたお陰で家に着くのも早かった。夕方の訓練の時間には間に合わずやはり怒られたが、夕食前に戻ったことを褒められた。おとう様曰く「スラントは初めての一人での外出時には翌日の昼に帰宅したんですよ」とのことだ。おにい様はそんなにやんちゃだったのか。

 しかしその後に「奴隷を手に入れてきたのはセルカだけですね」と付け加えられて苦笑い。不可抗力で、しかも殆ど騙されただけだが、急に奴隷を連れて帰るのは拙いだろうとは思っていた。

 でも痩せ細り前の主人から受けた傷痕の残る彼を見て、全員が歓迎の意を示した。お金の面……主に食費が心配だったが彼のぶんだけ私が負担すればいいかと一人納得し、頷いた。赤眼熊の臨時収入で平民と呼ばれる一般市民の家族が三年暮らせる程度のお金が手に入ったし。

 そんなこんなで余り部屋の一つ、私の隣の部屋が私の指導員部屋からバウとトーマの部屋になった。年頃の男女を同室にするのかと戸惑ったが、おとう様もおかあ様も何も言わないし最初焦っていたトーマも一言耳打ちされると大人しくなるし、大丈夫なのだろう。

 すっかり打ち解けた様子のトーマを見て安心して、私はふぅ、と息をつく。そのタイミングでバウが私を抱き上げ、慌てる私に向かって言った。

「それにしても、セルカちゃん!訓練すっぽかしたね……?でも赤眼熊と対峙してみて、訓練で基礎を習うよりも良い収穫になったね」

「う、うん」

 私は申し訳なく思ったが、それよりもやる気に満ちていた。私の課題は接近戦と飾り弓を使う際の魔力の無駄の多さ。それを克服することが出来れば、赤眼熊にも遅れを取らない自信があった。

 脳筋は恐るるに足らず。私はバウに当時の状況などを話し「最善はどのような行動だったか」を真剣に考えた。判断力も、頭の回転も、まだまだ。何よりも「簡単に人を信用しない」ことの大切さを学んだ。

 その結論を話す際に視線をチラチラとトーマに向けることも忘れない。バウはその様子を見てくすりと笑い、私はそのままトーマの手口を語る。まったく、仮にも貴族の子息である私を騙すなんて、運が悪ければ死んでいただろうに。


 話しながら、ダイニングルームに向かう。食事の時間が少し過ぎていた。だが私の出迎えのせいで全員が遅刻!それでも料理人が時間を合わせてくれたのか食事は出来立てのような温かさだった。

 トーマは奴隷という立場なのに同じ席についたこと、そしてむしろ誰のものよりも多く盛られた自分の食事を見ると信じられないものを見たような表情になった。

「セルカお嬢様」

「……ん?何?」

 保護者の気分で彼を眺めていた時に、突然かけられた声。振り向きながら聞けば、そこに居たのはイケおじ執事さんだった。確か、おかあ様の専属だった筈だが……?

 不思議そうに首を傾げると、イケおじ執事さんは眼鏡のようなものをくいっとあげて白い手袋に包まれたほっそりとした右手を胸に当て、腰を折った。ぎょっとして固まると、彼は口を開く。

「わたくしがトーマ殿の教育を担当させていただきますロウェンと申します。入学までには立派な『執事』に育て上げますゆえ……」

 私はそこまで聞くと一瞬聞き返そうか悩んだが、やめる。彼の言う『執事』とは、恐らく一般的なものてはないだろう。彼自身がそうだからだ。

 私が言葉を聞き終えて頷くと、彼は音一つ立てずに消えた。空気に溶け込むように、気配を消して人の視線の外を移動した。そういえば「後継者を探している」と言っていたなぁと思いつつ、私はトーマに目をやる。きっと良い『執事』に育つだろう。




 それから私は王都に殆ど訪れず、訓練に明け暮れた。時には実戦……魔物との接近戦で人型でない相手と対峙した場合の立ち回りなどを確認した。怪我を負うこともあったが、ガロフおじい様の治癒魔法は擦り傷一つ残さずに完治させた。そもそも軽傷ばかりなので、彼にとっては朝飯前だろう。

 その間トーマの姿を殆ど見ていないが、私が心配することはなかった。入学時に嫌でも会うことになるとわかっている。ロウェンさんはそう言ったのだから、間に合わせるに違いない。

 私は弓と短剣の腕を磨き、バウに追いつくために力もつける。途中からハードモードに切り替えられた訓練も慣れ始めてからは単純作業。気が狂ったのではないかと思われるような訓練漬け、勉強漬けの日々。

「ろりあえず、強くなるんだ!」

この後急に時間経過します。

…安心してください、幼女は永遠ですよ。

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