第180話「正論と疑念」
「……そもそも何故うち捨てられた神殿を捜索しているんだ?」
道中、地理や他種族の繁栄によって魔物が少ない区画を通過している際に、警戒を緩めているエルフ二人はトーマの問いかけに耳をピクリと跳ねさせた。
彼らは天空神に見つからない場所が見当もつかなかったと話しているが、だからといって神殿跡を選ぶ意味がわからないのだろう。ごく最近に主を失った場所ならまだしも、主である神が去って時間が経っていれば神力も消失し、目眩しにもならない。ただ陽光を遮っているので天空神の目が届かない……要するに建物だからセーフというだけだ。
私ははじめ目的地をしらされた際に超絶運ゲーだと称したが、現に幼女守護団はただ屋内にいることを心掛けていたり多少変装するくらいで、私は装備を揃える以前にも神殿跡なんか訪れる気はなかった。
私と偶然遭遇しなければ、本当の意味で無駄足となっていたところだ。
「もしも神の残滓……なんてものがあるのなら意味はあるだろうが、あの空っぽな最奥部と、結局神力でもなかいただの空間の魔力を消費して発動している、多少古くて珍しいだけの罠魔道具があって。他の建造物との違いは特にない」
トーマは続けて神殿跡を目指す意味の無さを並べていくが、まぁ、その通りである。危険な罠があり、それでいて成果もない場所に同行し続けるのは、普通に考えて護衛対象がいる彼にとっては好ましくない。
言外に「無駄だろうし同行するのもハイリスクだ」と伝えているトーマは、先程の神殿跡で非常によく貢献していたため、エルフ二人は彼の見立てに信憑性があると感じたのだろう、明らかに顔色は良くない。
実際にエルフ二人が神力を感知するだけの力を有しているのかはわからないが、初めに真実を真実だと見抜いた彼らにはトーマが嘘をついていないとわかっただろう。
そうなれば、彼らの次の手は。
「「一理ある。では、我らの拠点にて一度計画を練り直すのはどうだろうか」」
無駄足である可能性が非常に高いという事実を共有するために、そして強力な味方であるトーマを手放さないために、セルカ擁護派のエルフたちの拠点へと、私たちを招待した。
森の中、セルカの祖父よりは若い外見をしているが長命のエルフにしては老けている容姿をもつ……つまりそれほどに長い時を生きてきた者達が、静かに魔法を行使していた。それは金、銀の氏族が共通して扱う、それぞれの集落を隠蔽し守護する魔法の数段階下に位置するものであり、一時的な拠点で行使するには複雑過ぎる代物である。
その守護魔法の効果範囲内に点在する植物魔法によって造られた簡素な家々には、銀髪赤眼のエルフたちが未だ腰を落ち着けることなく忙しなくキャンプの準備を続けていた。
そこは銀の氏族、セルカ擁護派の本拠点であり、魔法国家のいち貴族エルヘイム騎士爵が所有する魔の森の一部分を間借りするような形で存在していた。勿論エルフたちをそこまで導いたのは。
「ガロフ様、戻っていたのですね」
ガロフ・エルヘイム。セルカ・エルヘイムの祖父であり、人族の間でも名が知られている高名な魔導師である彼がエルフたちを率いていた。
エルヘイム領は現在ミコトたちがいる森から国境を挟むくらいには離れているのだが、拠点の地面に澄んだ青色の魔力光が陣を描き始めると、にわかにエルフたちが騒ぎだした。
それは緊急脱出用に全員に支給されている転移石が発動したことを表しているのだから。
そして、皆が息を呑む中転移してきたのは……無傷のエルフ二人と、エルフでない男が二人、それから幼い混血。運の悪いことにガロフがいるタイミングで転移したミコトは、彼と目が合った途端、
「お師匠様ーーーーーーっ!?!?!?!?」
と、祖父の声を遮るように大声を出してアルステラの腕から抜け出すと、駆け出し、ガロフに飛びついた。そしてそっと彼にだけ聞き取れるように「ヒミツ」と呟くのだった。