第178話「牙剥く銀」
冒険者ギルドを経由しない依頼は、個人間の信頼で成り立つ……故にこのような場合、本当に自分に関係のない依頼内容ならば無視するべきだが、もちろんトーマは首を縦に振る。
まぁそれでも、今のところはまだ「話は聞くだけ聞こう」というくらいだが、それでも手掛かりもなくたった二人で行動していたと見られるエルフたちは、深く頭を下げて感謝を示した。
トーマとアルステラの存在は天空神から知らされていないことがわかっただけでも収穫アリ。私は不安気な表情を浮かべて大人たちを見上げながら、心の中ではほくそ笑んでいた。
エルフたちがどのように説明するのかと、難しいことはわからない子どもの振りをしながら耳をそばだてていると、大人たちは言葉を交わし始めた。
「「実は我々はある天啓を受けて行動していたのだが」」
彼らはどの神からの司令を受けたのか、そしてその天啓とやらの内容を上手くぼかしながら「セルカを追っている」ことと「一部は天啓を疑っている」ことを語ってくれた。
要するに、普段は神官にのみ下される神のお言葉が氏族全体に下ったことに違和感を覚えた者がいて、更に別の氏族にまで同じような……しかし肝要な部分は銀の氏族と対立的な天啓が下されていたという事実が、その違和感を増大させた。
眼前のエルフ二人は今でこそ二人で行動しているが、他にも仲間がいそうな口ぶりであったため、明言はされていないが味方は他にもいるだろう。
「……俺はミコト様と共に行動すると決めているから、彼女の意見を聞かないことには話が進まない」
トーマが気をつかってエルフたちの意識をこちらに向けさせるが、二人は戸惑うように視線を彷徨わせる。クォーターエルフは人間にほど近いため、エルフからすると赤子と変わらぬ程に幼い私に決定権を与えることに疑問を抱いているようだ。
それでも雇い主であることは明かされているので二人は私がどう答えるのかに注目し、私は首を傾げながら返答する。
「悪い人じゃないなら、きっとお友だちになれるよね」
間違われるなら年齢は近いだろうと、誰でも導き出すことのできる仮の答えから、私は依頼を受ける方向で話を進めたいような雰囲気を出す。エルフ二人はほっとしたように息をついた。
だが、トーマは私がボロを出すことを恐れているのか、少し設定を補強させたいようで
「ミコト様は物理障壁や植物魔法に集中してきたから、魔法の対策はアルステラ頼みになるかもしれない。この森は魔法を扱う魔物が少ないが、行き先によっては危険だ」
と私に危険性を伝えるように語りかけた。私はなるべく視線をトーマから外さないように気をつけながらステラの服の裾を掴み、さも無意識のうちの行動であるかのように握りしめる。
「本物のエルフさんがいるから、大丈夫じゃないの?」
私がエルフたちに視線を向けると、二人は「「もちろん」」と微笑んだ。悪意は今のところ感じ取れない。元より断るつもりもほとんどなかったので、私は観念したように苦笑を浮かべて依頼を受ける旨を口にしたトーマを見て、笑みを深めた。
「セルカ、はハイエルフであり、身体に魔力の結晶が複数浮かび上がるほどの魔力量……魔石が特徴だ、と」
「「ああそうだ」」
エルフ二人が持つ情報を全て共有してもらい、さらにその確認を終えると、トーマとアルステラは当たり前にしなければならないリアクションをしてみせた。
「そんなの相手に弓構えてちゃ命が足りないな」
「貴方たち、中々無謀だねぇ」
私は、氏族と離れて人と共に暮らしているクォーター(という設定)であるため、ハイエルフなんて伝説のものくらいにしか思っていないような、曖昧な反応を返す。
話を聞きながら物理障壁は全力展開、金持ちの娘らしく高級な魔力回復薬でドーピング。抑制を知らないような魔法の扱いに呆れを含む目を向けられるが、無視無視。
そんな私の物理障壁魔法の上に重なるようにして、エルフ二人の物理障壁と魔法障壁が展開されて、そろそろと移動し始めることになる。私以外は軒並み高身長であるため、足が追いつかなくなり始めるとアルステラの腕におさまることになった。
……これにトーマは目で無言の抗議をしていたが、近接戦闘に秀でた剣士職よりも魔法職を名乗る後衛のほうが子どもを守るのには向いているだろう。それに私はセルカの精神を持つ訳では無いので、アルステラのほうが安心感がある。
トーマは私と無言の視線の応酬を繰り返したあと、魔剣イヴァを抜いた。さて、転移をしないのならどれくらいの旅になるのかな。