第176.5話「ライバルふたり」
昼下がり、これといって用事もなく暇を持て余していたアンネは、ライライと共にボードゲームに興じていた。ただ毎日訓練漬けとなってはやる気も続かないもので、また咎める者もこの場に居ない。
二人が囲む卓には過去の現人神が遺していったと思われるチェスやオセロ、人生ゲームなどが並べられていて、現在遊ばれているのはオセロのようだった。
「いくら同じ学歴とはいえ、ライライが有利なのです。初戦から負けてしまっては恥ずかしいので、大人気なく本気で闘ったのですよ。」
初めに勝利したのは、ライライだった。彼は平民だが富裕層に属していたため、多少値の張る娯楽品も手に入る。彼はオセロで遊んだ経験がそれなりにあった。
対してアンネローズは、ベルと知り合ったことが容易には信じられぬほど、特段目立ったところのない比較的貧窮した家庭の出であり、オセロなど店頭に並ぶものを見るくらい。初戦としては順当な結果だと言える。
しかしそれに納得できるかどうかは、別だ。
「手加減を初戦以降は視野に入れるという意味かしらぁ……?」
「そこまでは言ってないのです」
アンネは長く垂れた三つ編みを指先で弄び、へらりと笑うライライを睨みつける。余裕の笑みに挑発の色を見出した彼女は、殆ど黒に染め上げられている盤面から、全ての駒を払い落とした。
「もう一戦、お願いするわ」
そう告げたアンネは返答も聞かずに駒を二分し、分配する。無言で駒を受け取ったライライは、大人しく第二試合に乗り出した。
「ではまた、黒を選ぶのです」
彼が浮かべた笑みの表情は、少し眉尻が下がっていた。
その後、十数試合目で初めて、ひと目見ても勝敗が読み取れない接戦にまでこぎつけたアンネ。白の駒を数えている間は表情こそ取り繕っていたが、僅かに跳ねる声は期待に満ちているようだった。
が、惜しくも敗北。
「……まだまだね」
次の試合を申し込むアンネは、それはそれは真剣な顔をしていて、ライライは自身が今日のうちに負けるような気さえしていた。
「調子悪くなってきたわね」
何十か試合を繰り返した頃には、ライライがアンネの癖を把握し始めて、接戦になることが減っていた。ベルよりは思慮深くライライよりは短絡的である彼女は、ライライが誘導する手にほとんど気付かなかった。
「何してるんですかー?」
ライライが試合に飽きてきた頃に、リリアが部屋に現れた。いつの間にか日も落ちかけていて、リリアはただ偶然部屋の前を通っただけらしい。
そろそろライライに歯が立たなくなってきたアンネは無愛想に「オセロ」とだけ返答して、自分の手番が来る前にもどこに置くべきかと考えていた。しかし懲りないもので、リリアは笑顔でアンネの顔に突進する。
「わたしもまぜてください!」
ライライがアンネの手から逃れたのは、夜も更けた頃だった。結局その日のうちにライライに勝つことができなかった彼女は、リリアに慰められながらそれを鬱陶しそうに目を細めて見ていたが、悔しいことは変わりないようで表情がかたい。
「また明日、お願い」
結局一度も遊ばれることのなかったオセロ以外の娯楽品は、翌日も遊ばれることは無いだろう。