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第176話「喜ばしい……?」

 布のジャングルに足を踏み入れると、すぐにアルステラは見えなくなった。そのまま見失うわけにもいかず、私は先程まで彼の指先が揺れていた場所へ向かう。そしてそこに立つと、今度は部屋のさらに奥から蒼白い手が誘う。

 彼と面識が無ければどこぞのホラーゲーム世界に転生でもしたのではないかと疑うような不気味な光景だが……これで、神かぁ。

 そうして手招きに従い続けた結果、無数のドレスや装飾品、見た目が美麗で富豪や貴族がパーティーで身につけていても違和感のないデザインのものばかり。それらが乱雑に積まれることなく丁寧に並べられた空間は、おそらくこの場所が富裕層や上流階級の者を誘うための空間だからだろう。

 少し前に社交界で流行していた型の衣装もあるので、一部は迷宮産ではないのかもしれない。公式の場では一度しか着られないこともあるので、合理主義の貴族は溜め込まずにデザインの価値が高いうちに売ることもあろう。

 私はそのような特別なドレスや現代の技術でつくられた衣装は欲していないので、部屋全体にさっと目を通すとアルステラが待つ区画へ向かった。

 そこには比較的落ち着いたデザインであったり、アンティークな印象を抱くような服が並んでいた。現実的に実現が難しいような……魔道具ならではの材質を用いているものもあり、中々選び甲斐がありそう。

 私はデザインが自然であり一見悪目立ちしない素材でできている()()()()()()商品をあれこれと指し示すと、それらを店主の許可を得てから目の前に並べる。

 それらがハンガーに掛けられたまま揺れる様子を見た私は、異空間収納から植物の種をひとつ取り出すとそれを床に置いた。それに神力を注いで魔法を発動させる。

「トレース」

 意図を説明する代わりに、私は詠唱を口に出した。

 途端に、種は芽吹き、滑らかな肌をもつ白に近い薄緑色の蔦を四方八方に向けて生やしていった。

 人肌のような質感を持つ蔦はそのまま並べられた服や装飾の内部に滑り込んで、(セルカ)の身体と同じような体型のマネキンを形作り……最後に、手の位置に()()()()()()()()()を咲かせて成長を止めた。

 手は指先までの細かな成形が必要なため、面倒なときは植物自体の特性に頼るに限る。

「……ミコトの魔術式は、本当に効率が良いねぇ」

 感心したように目を細めるステラだが、私の知らない技術を持っていた彼の方が余程精密で省略化された式を扱いそうなものだ。私は「ステラこそ、ね」と視線を商品に向けながら呟いた。

 並べられた商品を次々と見て、マネキンに合わないサイズのものは鑑定魔法とステラの説明を聞いて使用者に適したサイズに変化するものだけを残していく。セルカの身体はもう成長しないはずなのだから、当然のことだ。

 次に、そのまま全ての商品を試着、同時に効果を説明してもらう。隠蔽系のものがあればそれはアクセサリーでも構わないが、できるだけ意味のあるものを選びたかった。

 その結果、デザインが自然で高貴な身分をもつ者のお忍びといわれて違和感が生じない、かつ私の身体に合うサイズで、闇属性の適性が高く、身を隠すこともできる服というのは数着あった。

 光属性や水属性の適性が高い隠蔽魔道具も含めるともっと多くなるが、それだと光を辿る天空神から逃れられるか不明なので、実績がありステラもよく理解している闇属性の強い魔道具を選んだ。

「どれも似合うし、効果も含めて素敵な服ね」

 私はそう褒めてから、ローブやマントといったものにも目を向けた。

 ツヤのある淡い水色の生地に黒の刺繍が施されたローブや繊細なレース編みで単色ながら地味過ぎない銀糸のヴェール、裏地が一枚の魔物革張りになっていて表は黒地に金の装飾がされているマント……迷宮産の魔道具とはどうしてこんなにもデタラメなのかと頭を抱えたくなるような不思議な技術で、合わせられないはずの素材が同化しているものまである。

 正直、全て欲しいが

「これって、全部買うならいくら?」

 買えるとしても、ステラは魔道具を運命の主人と出逢わせることを目標に店を経営していたはずなので、流石に買い占めるのは申し訳ない。それに、運命の主人が買うのであれば安く……という方針があるのなら高くなるだろうし、個人の資金では買えない可能性もある。

 私は一応尋ねながらも、少しでも躊躇う様子があれば金が足りないとでも言って幾つか選び出そう、と考えながらステラの様子を見ていると、彼は何か予想外のことが発生したかのように目を見開いた。

「どうし……」

 それを不審に思って声をかけようとするが、それは予想外に嬉しそうな表情と言葉に遮られる。

「魔法の現人神は、魔道具との相性まで高いんだね」

 彼には何か私と違うものが見えているのか、彼の視線は何も無い空中を楽しそうに動き回っていた。口角が僅かに上がっているが、普段の妖しい笑みとは違う無意識のもののように見える。

「どういうこと?」

 私は彼に詰め寄る。しかし良いことではありそうだ。

「いやぁ、神力の影響とも考えられるけどね」

 ステラはそのまま、軽く説明してくれた。

「そもそも運命の主人と出逢わせるなんて、相性が見えてなかったら無理だよね。以前のその身体には反応していなかった魔道具がミコトに惹かれているようだから、その変化に驚いてねぇ」

 ステラは癖の強い黒髪を揺らしながらふわりと宙に浮き上がって、商品棚の高いところに置かれている古めかしい魔女帽を指し示した。それから何かを辿るようにその指先をすべらせて、最後に私の額をつつく。

「僕が対象に含めていない商品まで、こうやって勝手に相性の良さをアピールしてくる始末さ」

 つまり、今彼が示した場所に、彼にしか見えない何かがあって第三者と魔道具の相性を教えてくれるのか。非常に興味深い技能ではあるが……。

「ステラ、それってもしかして、貴方の固有技能?」

 大悪魔の固有技能にしては、なかなか悪魔らしくないというか、あまりにも商人向けの技能ではないか。すると、私がそう思ったことを見透かしたように、彼は笑う。

「そう。僕が生まれたときから持っていた純粋な固有技能はこれだけで……それでも今は、神にまでなれているんだよ」

 それほど努力をしたのか、狡賢く生きたのか、才能があったのか、私には分からない。それでも何となく、彼が現状に満足していることも感じ取れたし、商品を売ることに躊躇いがないことがわかり、私はほっと息をつく。

「自分語りは帰ってから聞かせてね。全部買うのに今の所持金で足りる?」

「もちろん。安くするので」

 私は求められるままに銅貨で支払いをしようとしてから、ふと、先程の言葉を思い出した。私は一度取り出した銅貨を全て片付けると、ステラの手のひらに金貨と銀貨を重ねて置いた。

「多……」

 彼は咄嗟に硬貨を返却しようとして、それから素肌に金貨銀化が触れていることに気がついて言葉を止める。

「あ、そうかぁ」

 忘れてた、とでもいうように、彼はふたつの光り輝く硬貨をつまみ上げる。

「触っても溶けなくなったんだ」

 大悪魔の闇と、光の属性との親和性の高い種類の金属。触れればどちらが溶けるものなのかはわからないが……とにかく、神になって以降店を滅多に開いていなかった彼は失念していたのだろう。

「この前、まだじゃらじゃらと銅貨を持ち歩いているようだったから」

 私がくすくすと笑いながら告げると、彼は少し恥ずかしそうに視線を逸らした。非戦闘型の固有技能の話題から神になったことまで話を広げだした当の本人が、まだ悪魔のつもりで動いていたとは、中々滑稽なものだから。

「先に、教えてくれれば……いいのになぁ」

 髪にほとんど隠れている首の後ろが赤らんでいることに本人は気付いているのか否かと想像しながら、私はまた笑う。

 ……どさくさに紛れてかなり多く支払うこともできたので、今日やりたかったことはほとんど達成できたと言っていい。

「明日はこれを着て出かけるからね」

 笑いかけると、ステラは誤魔化すように鼻を鳴らして顔を背け、私の足下に通路を生成する。そうして私をさっさと現実世界に送り返したのだ。

 落下する感覚が数秒間続いた後、私は自室のベッド上にぽすりと軽い音を立てて尻もちをつく。上を見上げても鬼灯のランプや扉があった痕跡は無く、ステラの姿も見当たらない。


 その日は私が眠るまで一日中、ステラが姿を見せることはなかった。私の影から、不貞腐れた誰かさんの視線は感じていたが。

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