第173話「それを脳筋という」
魔法の全てを大した修練もなく使いこなしてきた、更に特に攻勢魔術を得意とする現人神……それがミコトだった。故に、魔法での頓挫は転生以来。
転生の魔法なんて、そもそも輪廻転生を司るのは主神フレイズであるからして、存在するはずもないものをどうにかして発動するまでに漕ぎつけた自身の才に打ち震えたのは、見届ける者として万年長寿の悪魔アルステラと契約したとき。
そして、その才が『これは魔法ではない』と判断した第二の技術に、歓喜せずにはいられない。なんたって、私は魔法が大好きなのだから!
「魔力……神力で神力を……」
私はステラから技の仕組みを教授されてから五日間、自室に引きこもり、窓や扉を閉め切って実現のために必要な操作を研究した。
睡眠も食事もしっかりとりながら、最高の体調で最高に集中できる環境をつくりだして……ある程度操作方法が見えてくると、私は次に新技術の可能性を考えた。
これがまた素晴らしいもので、私は更に二日、机にしがみついていた。
なんたって、生まれ持つ魔力によって使用できる魔法にはある一種の限界点が存在するとされている現在……魔法の限界点とは、最も自然体に近い睡眠中の魔力濃度によって割り出されるというのだ。濃度。そう、濃度だ。
濃度を技術で変えられるのならば、限界点など無いようなものだ。
そこからいくつもの現存最高位魔術を上回る魔術の術式を考え出した頃には、冷静さを取り戻してくる。
そうして一週間の研究を終えた私は、明くる朝、平常時の起床時間に上体を起こし、部屋のカーテンは天空神に見つからないように閉じたままにして、窓を開けた。
よく風を通す素材のカーテンは、僅かに揺れ動くが陽光の侵入を許すことなくキリリと冷えた朝の風を迎え入れてくれた。
ベッドから下りると直ぐに部屋着のワンピースから一張羅に着替え、水で口を湿らせ、うんと背を伸ばした。
それから髪を簡単に結い上げて、いざ部屋を出ようとしてドアノブに手をかけたとき、ふと気配を感じる。視線を落とすと、ずっと影で見守っていたステラは、私と目が合って気まずそうに闇に溶けた。
それを見て笑ってしまったのは、仕方ないだろう。
「何はともあれ、術式がいくら作れても技術を習得できなきゃなぁーーーんにもならないし」
私は教会本部内にある私達専用の訓練場……元中聖堂であった広い部屋にいた。いくらジンが結界を張ってくれているとはいえ屋内で魔法をぶっぱなすのは恐いので、これまで私はほとんど使っていなかった。そもそも自然環境の方が訓練には適しているし。
でもいつ天空神に見つかるとも知れない外よりも、今は中。そして、神力の合成圧縮は只々難しく習得には困難を極めるというだけで周囲を巻き込んで爆発したり衝撃波が巻き起こるというわけでもないので、ここは適した訓練場だ。
私はステラと二人で貸し切り状態となった中聖堂で、神力の濃度を高めようとしていた。
必要なのは、神力魔力すべてがもつゆらぎを最低限に抑えること。揺らぎは、自然状態の魔力よりも薄い濃度の箇所が発生することで、正直魔法を使う際に集中力を高めることで対処可能とされていて、あまり気にしていなかった。
私はそもそも揺らぎなんてほとんど発生しないように訓練されているが、それでも駄目らしい。濃縮が成功する最低限の揺らぎとは、いくつもの魔術式を並列展開してなお薄まらない安定したものだからだ。
私の状態はそれに近かったはずだが、元々魔力の濃度が極端に濃いハイエルフかつ転移と転生によって圧縮された魔力や神力のおかげで、身体の器はギリギリ。成長が完全に止まっている原因は神力濃度であるかもしれないとまでステラに言われてしまった。
そんな身の丈に合わない神力を持つ私は、転生以前のように揺らぎをコンマ数パーセント以下に抑制できているつもりでも、現在とは百パーセントの桁が違うため、割合で感じ取っていたせいで失敗していたのだ。
それを把握できたことは僥倖、しかし感覚の修正とは正に地獄。私にとっての一パーセントが一千ならば、通常のハイエルフにとっての一パーセントはコンマ零三。その違いは大きいのだ。あまりにも。
対してステラは、そもそも生命の在り方自体が魔力に近かった。そして高位の悪魔特有の能力である肉体の具現化は、魔力に実体を持たせる能力といって過言でないものだった。
故にその普段から使用している技であった魔力の故意的な凝縮から、新たな魔法技術を確立させた。それはきっと、実体化できる悪魔なら誰でもやろうと思えばできるのだ。
羨ましい。そして、その技術が特殊だと気付いてくれたステラに、感謝の気持ちが溢れ出す。
その思いは全て結果で示そう、と、私は気合いを入れ直した。
蒸留やら空気の圧縮やらを想像しても、失敗した。ステラは肉体を具現化させる過程で知り得た感覚に従っているため、言語化することができずにもどかしそうにしていた。
かくなる上は…………力技だ。
神力や魔力の操作技術自体は神格を持たない中では最上級だと自負している私なら、想像力の手を借りなくとも神力の圧縮をできるのではないか。これまではイメージしたものの素材等に足を引っ張られて失敗していることが多かったので、理にかなっては、いる……のではないだろうか。
私はこれまでと同様に神力を練り、闇の球を作り出す。先生であるステラが闇魔力で実現していた技術なので、確実に圧縮可能である闇属性から試す必要がある。
闇属性一色に染まった球は、これまで二つか三つにとどめて実験していたが、今回ばかりは濃度を保って顕現させることができるならば十は欲しい。
そう念じながら集中力を高め球を生み出し続けると、そのうちにステラが距離を取ったことを感じた。彼の神力球とぶつかりそうになったのかもしれない。心の中で謝り、目でも謝罪してから、私は作業を続けた。
そして満足のいく数の球が周囲を満たしたとき。
私は無数の球をひとつ残らず完璧な支配下においていることを確認してから、それら全てをある一点に向かわせた。そこは、私の一メートルほど前の空中。引き寄せられ集まりだした球は互いにぶつかり合いながら中心である一点に向かおうとし続ける。
……が、全ての球は同様の濃度であり、互いを退けるほどの力をもっていない。拮抗する押し合いが、続く。そして、意図せずして中心に固定されていたひとつの神力球が、あまりの圧力にその球を球たらしめる境界を失った。
魔力を感じ取る才のない者からすれば、その部屋では何も起こっていなかった。しかし、確実に起きていた。私は初めて感じる息苦しさに眉根を寄せるが、その感覚を忘れないようにと唇を固く結んで息をするのも忘れて意識を集中させていた。
瞳を閉じて、さらに集中。神力球は次々に中心に向かって進み、溶け、合わさる。そして、それを繰り返して段々と重さを伴っていく。
「は」
これだ、と感覚を掴み取ったとき、私は同時に全ての神力を放出していたことに気付いた。球を作り出すと意識していなければ、魔法として放出されていれば、辺り一帯を街や森ごと吹き飛ばすほどの力を使い果たしたのだ。
しかしそれによって気絶することはなかった。完成した物質的な神力の球は、元の神力保有者との繋がりを持ったままだったのだ。
久し振りに呼吸をした。そう思った。
大きく息を吸って吐いたとき、私は神力球に向かって倒れ込んだ。意識はあった。ただ、途轍もなく体が疲弊していることがわかる。
「ミコト!?」
ステラが駆け寄るのが見えて、そのあと床とキスする直前に彼によって支えられる。
私は安心して、そして私の腕の中にある神力球のあまりにも濃い闇に高揚感を隠しきれずに満面の笑みを浮かべていたことだろう。