第172話「そんな気がした」
私はその日のうちに、幼女守護団全員を窓のない真っ白な部屋に招集して事の顛末を伝えた。そして、危惧すべき内容も。もしかすると、天空神の伝承が根強く残っている種族出身の者が団員にいれば、その種族からも追われる可能性があるからだ。
人間は主神フレイズとその他数多の神を各々が信仰しており、現人神であるジンが世界中に散らばる教会を束ねているのが現状であり、危険性は少ない。
また、人間でない種族であっても現在の団員にいるのはデミヒューマと妖精族、既に神となった悪魔族と鬼人族であり、悪魔族は神を避ける孤立主義者、鬼人族は既に知り合っているし今となってはトーマが信仰の対象である。さらにライライとリリアは人間族からの異常進化であるため、種族との関わりはほとんどないが……念の為だ。
そう説明をすると、最も人間を辞めた自覚が薄いライライは不思議そうに自らの肌を撫で「今のところ、触手くらいしか目立つ外見の変化はないのです」と呟く。
おそらく彼以外の全員は、彼を人外と見ているだろう。ライライが操虫師であると普段の生活からわかっていれば服の隙間から覗く触手も虫と思えるかもしれないが、身体から直接生えていると知れば……。
「どの種族に追われるとしても陽の光、あとは月に気を付けていれば大事にはならないと思うけどね」
最後に明るい声音で付け足すと、空気が切り替わる。殺風景でただただ白く明るい室内に満ちていた緊張、集中していた空気が崩れる。
「また夜ごはんの時間になったら集まりましょうね!!」
リリアがそう言い残して飛び去ると、真面目な顔をして頷いていたベルが肩をぴくりと動かした。私はそれを眺めて欠伸をしながらステラの手を取って影の中へ誘う。
「そろそろ海から離れていても問題はないでしょ」
彼には神位を持たない私の護衛をしてもらうことにしよう。彼は影があればどこにでも潜めるうえにエルフに遅れをとることは滅多にないだろう。
「よろしく」
「あぁ」
ステラは私の頭に手を伸ばすと、髪の毛によってできる影に指先を触れさせる。そのまま髪の毛に同化するように身体を溶かしていく姿を見て、本当に影さえあればどこにでも隠れられるのだと感心した。
私は何もない、既にトーマ以外の人影が見えなくなった部屋を出ると、適当なローブを羽織る。もう気持ち的にも外出するつもりはないが、意図せずに外光を浴びてしまう可能性を考えると、常に身につけるべきだ。
特にここは教会で、人の出入りが多く、わりと大きい扉や窓が沢山ある。豪華絢爛な装飾はなくとも、教会本部らしく荘厳なステンドグラスや神像が並ぶ間には、光が満ちている。
部屋の外は、廊下。誰もいない。今出たばかりの部屋側に窓はないが、向かいには大きな窓が並んでいて眩しい。思い切り顔に陽の光を浴びたが、嫌な感覚はなかった。
「トーマは自分の用事ないの?」
私は自室を目指しながら、聞く。しかし彼はずうっとついてきて、最終的に私の自室の出入口横の壁に背中を預けて目を閉じた。それだけで気配がうんと薄くなり、そこに居ると知っていなければ気付けないだろう。
これ、セルカはよく気付けていたな。
扉を閉めると、いよいよ気配が分からない。この流れでトーマまで護衛につくとなれば、神が二人も私を守っていることになる。
「……ふぅ」
私はソファに倒れ込むと、神力を極力体の内側に留めて循環させる。変換を完全に終えた今となっては神力の質が固定されているため、垂れ流しでは居場所を知られてしまうかもしれない。
それ以外にもできる限り自身の存在感を、痕跡を薄めようと試行錯誤しながら、最終的にはトーマの技能には及ばなくとも効率の良い気配を断つ魔法を開発しようと思い切った。
「ステラ、早速だけどお願い」
「う〜ん?」
声をかけるや否やステラが背後に現れた。髪の影に潜んでいたから彼の片手は髪を指先に絡ませている状態で、私がそれに気付かずに振り向こうとすると頭皮が引っ張られる。
「って」
思わず声を出すと慌てたように手が引っ込められて、私の髪は自由になる。櫛を取り出して乱れを直しながら、私は用件を告げた。
「隠密やら隠蔽やらの魔法は、風か闇属性が主流だよね。私は一日中……一ヶ月でも一年でも使用し続けられる隠蔽魔法を開発したいんだけど、闇属性の専門家であるステラに訊けば早いかなと思って」
神力に闇属性を付与して練りながら、ステラに笑いかける。彼は納得したのか一度深く頷くと、私のものよりも遥かに濃度が高くまとわりつくモヤのような闇色の神力を見せつけて、私の神力に触れさせる。
すると私が操っていた闇の塊がより大きな闇に吸収されて操作できなくなる。よく観察すると、神力の中から闇属性のエネルギーのみを奪い取られたのだとわかった。
「え、いきなり?」
私がその行為をお手本だと判断して、説明もなしに始まった訓練に素っ頓狂な声を上げると、ステラは「やってみたら、わかるさ」と言いながら神力を霧散させた。
要するに、自分の神力に込められた闇属性のエネルギーを自分の神力で喰らって濃度を上げろ、とでも伝えたいのだろう。
私は属性を付与したり変更させながら魔法を使う訓練はしていたが、属性をただ魔力・神力から引き剥がすという発想は無かったので、早速挑戦してみることにした。
これまでは魔法の属性を展開途中で変更させる際により強い別属性の力を与えることで元の属性を追い出すようなかたちで神力と属性の分離をしていたので、とりあえずは何かに押し出されるイメージでやってみる。
神力を目の前に集め、球体に凝縮し、闇色に染める。ここまでは瞬きひとつする間にでも終えられる、私にとっては基礎中の基礎である技。
問題はここから。
まず私は二つ目の闇色の球体を創り出して、ふたつを押し付け合う。しかし無理矢理に凝縮しようと試みた結果、闇色が球を逃げ出した。
次に無属性の力で球体を塗り替えるさまを想像しながらもうひとつ創り出した神力の塊を球体にぶつけ、押し付けるが、結局は闇属性が深まることなく闇属性と無属性が混在する球体が完成する。
それならば、と砂の地面に水が吸い込まれるさらを想像するが、水を意識し過ぎて無属性を保つことが難しい。
私は、初めて魔法で苦戦している気がしていた。
「魔法の現人神にも苦手と感じられる技術、つまり、本来は魔法に必要ない技!」
それを獲ているステラと、これからその技を利用して多くの新しい魔法を築き上げようとしている私。魔法を超えた魔法、だなんて中二病的な響きの言葉が浮かんだ。
兎に角、私は苦戦していた。そしてそれが、何よりも私に高揚感を与えた。