第166話「迷惑をかけてしまった」
ある程度動ける状態になった仲間と共に男性陣のもとへ向かうと、断片的に聞こえるライライの悲鳴…………そこでふと、彼以外は既に神力を身に宿していることを思い出した。
討伐数ばかり気にしていたが、最も奮闘したであろうトーマは勿論、海神二人の部屋はどれも静かだった。彼らはこれ以上の大きな神力を一度に受け取った……つまり、経験済みなのだ。
部屋の扉の前まで来ると、室内からは悲鳴よりも呻き声と無数の何かが蠢く音が漏れてくる。ライライは本人の格闘術によっての討伐数よりも従魔である虫たちが倒した数の方が多いだろうから、おそらく、内部は苦しみのたうち回る虫で溢れていることだろう。
私はひとつ深呼吸をしてから、扉を開け放った……が。セルカと違って乙女らしい私は、覚悟を決めていても夥しい数の虫を見て腰を抜かしてしまったのだった。
水中での活躍が見込めないため見慣れた蟻や甲虫は殆どいないが、その代わりに迷宮・水中遊路で捕まえたミミックなど寄生して活動する類の魔物が多く、絵面が非常にグロテスクになっていた。
その上、ライライ本人も自己強化のために人間を辞めてしまっているので、苦痛に耐えきれず自らの足で立つことを諦めた彼は服の隙間から数多の触手を伸ばし、触手を足の代わりに動かしていた。
触手を伸ばせばそのぶん体積が増えるため身体の内で暴れる神力に行き場ができるのだろう、新たな触手が生やされる度に彼の動作からぎこちなさが解消されている。
私は腰を抜かして座り込みはしたが、ライライに感覚を鈍らせる魔法を掛けた。元々魔力も少なかったライライは神力を受け入れる容器がなく、痛覚を弱めても二つの足で立ち上がることはできなさそうだったが。
虫に痛覚があったのかと不思議に思いながら部屋中を見回し同様の魔法で応急措置をとるが、様子は変わらない。痛覚を軽減しても効果が見られないのならば何故虫がじたばたと暴れているのだろう。
虫に耐性があったアンネとモモに様子を見るように頼んでから、私は隣で腰を抜かして目をぎゅっと瞑っているベルに視線を向けた。
「ちょっと、大丈夫?私が慰めても意味無いような気はするけど……」
とりあえず声をかけながら、彼女を力づくで部屋の外に向かせる。多分、彼女も寄生虫祭りでなければこうはならなかっただろう。私だって、蟻や蜂なら耐えられたはずだ。
私はのろのろと歩くライライにちらりと視線を向けて、苦痛緩和の魔法を重ね掛けする。せめて普通に行動できるようになってもらって、虫たちをどうにかしてもらわないと。
「ほんと、自力で種族変更なんてよくやろうと思ったよね……」
ただのスライム種と同化するなら兎も角、彼が選んだのは多くの生き物を溶かし混ぜたような外見のクリーチャー種である。その魔物の特性によっては、ライライが吸収される側にもなり得たはずだ。
私はライライの触手を見て、服の下がどうなっているのかを想像しそうになり、慌てて振り払った。それからどうにか壁に手を付きながら立ち上がると、自身に身体強化を施して再度脱力することがないようにする。
そして虫たちの様子を観察しているアンネとリリアに声をかける。
「体力が尽きそうな虫がいたら教えて。この中で最も治癒魔法が得意なのは私だからね」
…………あとの虫は、ライライに任せるけど。
完全とはいえないが復活したライライの手によって、虫たちはある程度元気を取り戻した。
そもそも異空間に留まっているはずの従魔が部屋中に散らばっていたのは、慣れない神力によって苦痛を感じているライライが自身の負担を減らすための一手として神力を保有する虫を外に出したからだという。
現在、ライライの部屋とその前の廊下に全員が集まっているような状況だった。ライライは部屋の中央で腰を折り頭を下げ、ソファには顔色の悪いベルとその隣にアンネが座り、アルフレッドが水が注がれたグラスを差し出していた。
ライライはしばらく動きを止めていたが、顔を上げて真っ黒な瞳をこちらに向けて言葉を紡ぐ。
「迷惑をかけてしまったのです……いくら報告をされていなかったとはいえ、セルカがハイエルフへ進化した際に意識を失っていたことから、予測はできたハズなのです」
そう言って自省するライライを見て、その当時からの付き合いである女性陣は気まずそうに彼から目を逸らした。中身は違うが一応当事者である私も思い出したのは随分遅かったので、仕方ないとは思うが……。
トーマとステラ、そしてアルフレッドの三名はライライの悲鳴を聞いて状況の確認はしたようだが、命に別状がないとだけわかるとそれぞれの生活に戻ったようで、結局虫もライライも治癒魔法を必要とはしていなかったことから間違った判断ではないとわかる。
そして、あまりの虫の多さに観察を止めて部屋全体に治癒魔法をかけたときには心配した三人が部屋から出てきたが、ベルの介抱をしたのはアルフレッド。
結果、アンネが彼を睨みつけているのは、ベルの世話……本来彼女の役目であったものを奪われたことと、単純に嫉妬だろう。
残りの二人はこうなるとわかっていて手出ししなかったのだろう。
私は苦笑いをしながら「痛みが収まれば大体魔力と同じように神力を扱えるようになるから」と説明を始める。
戦力増強。一悶着あったが、私たちは更なる強さを手にしたのだった。