第163話「応用……?」
ステラの先導で大海神ウィーゼルの神殿へ帰還した私は、戸惑いながらも瞳を輝かせて周囲に視線を向けるスイのツルリとした表皮を撫でる。
セルカは憧れからビーストテイマーという職業を選択したが、私はそれを良しとしない。テイマーでなければ魔物と心通わせるトリガーが発生することもなく、この水トカゲを争いに巻き込むこともなかったはずなのだ。
何も知らないスイは心優しい先輩たちに迎えられてリラックスしている様子ではあるが、一刻も早く強くなってもらわなければならない。従魔たちには、神と同列の力を持つ者の従者として相応しい能力を身につけてもらい、戦闘に参加してもらうことを前提とした訓練に身を投じてもらう。
テイマーは、従魔を守るものじゃない。従魔はテイマーのために存在する。そういう契約なのだという意識が、世の中から欠如しているのだろう。
……そもそも従魔契約は、テイマーの技能は、テイマーに依存し過ぎている。テイマーの技能のひとつに従魔を待機させる独自空間を創造するものがあり、そこに魔物が待機している間に主人が死ねば従魔はその空間内で餓死する。餌を与えずとも魔力を糧に生きられる便利空間だが、主人が死ねば出入りも出来ず、魔物は飢えるのだ。
かくいう私もその技能に頼っており、普段はアルトや黒助をそこに居させているのだが……そうなると、今後神と戦うことになった際に従魔たちはかなり危険な状況に置かれることとなるだろう。
餓死させるよりも先に主人のために死なせることを、私は選ぶ。
「ステラ。わざわざ私に新しい仲間を与えたのだから……勿論、付き合ってもらうからね」
私よりも余程長生きしている彼は、この流れを望んでいたかのように嬉しそうに目を細めた。いつも自主訓練ばかりしているアルトと黒助は、そんなステラの反応を見て戸惑いを隠せないようだった。
私が水魔法で真水を生成すると、半分液体のようになったスイが尻尾を伸ばして水に触れる。それを吸収して肥大化したスイは、一旦固体化して能力の程を確認する。
これを何度も繰り返してスイの限界を確かめたところ、スイは自動車くらいの大きさを超えると固体化出来なくなり、スライムのような魔物と化すことがわかった。
小さくなる限界は小指の爪に乗るくらいのサイズで、それ以下にはどう頑張ってもなれないようだ。しかし液体化する際には小指の爪よりも小さい隙間を通り抜けられるようなので、固体化しなければ際限なく変化できるだろう。
つまり、スイを完全に拘束しようとすれば能力を使えないように衰弱させるしかない。一体どのような経緯で商品になっていたのか、非常に気になるところだ。
「スイ、別の形になって固体化することはできる?」
水を与えられて幼い子供程度の大きさになったスイに問うと、彼は想像ができなかったようで目をぱちくりとさせる。
「うーん……水ならわかりやすいかな。水に溶けたまま、表面を鱗にすることはできる?」
さらに問うと、彼はその身を一旦溶かす。とろけた体は重力に従って地面に落ちて、しかし水よりも弾力がありまとまりのある液体となってそこに留まった。それから時間をかけて表面の質感が変化していく。
……一応、できることはできるのだろう。
「ありがとう」
スイは頑張って全身を鱗で包まれようとしているが、このままただ待っていても無駄だと感じたので、私は彼から視線を外してアルステラに相談しようとする。
すると、彼はそれに気付いて口を開こうとするが、次の瞬間、弾かれたようにバッと上を向いて唇をごく僅かに震わせるようにして呟いた。
「……来た」