第158話「暴走兄貴」
寝てしまいました…。短いです。
平穏。普通の家庭にとっては死と隣り合わせの日常であろうが、私にとってこの日々は平和で心穏やかなものだった。アルフレッドが天空神の使徒らを蹴散らして、アルステラが深海でゆっくりと実践を繰り返し、私はトーマと共に訓練し、茶を楽しむ。
この身体の成長が止まっていることを確信したときから、そんな日が繰り返されているのだ。
教会ではいよいよ私たちの安否についてジンへと問い合わせられることが増え、特に私を信仰の対象のように扱っていた一部の信徒は酷く焦っているようだった。
それは現人神として永く君臨してきたジンが安心するように何度も強く声をかけて、ようやく落ち着く。今や嘘偽りなく神だらけになった私のクランを見れば、彼らは神気の濃さに卒倒するだろう。
私は薄く微笑んで、ティーカップに口をつけた。今、私はトーマと二人でアフタヌーンティーを楽しんでいる。色とりどりの水生生物や魔物たちが游ぐ海の中、大海を統べる女神の領域にある光が揺らめく美しい庭の一角で、真白い魔物の骨から造られたテーブルセットを使って、優雅に。
実を言うと、このアフタヌーンティーが習慣となったのには訳がある。貴族らしさをわりと忘れていた私だったが、教会にお世話になっていることを知った兄……セルカ的にいうとおにい様が余りにも姿を見せないセルカを心配して教会本部に押しかけたそうだ。
これにはジンも大司教らも大慌て。何せ教会内にも私はいない。特にセルカから兄の話を聞いていたジンは、馬車に張り付いて不審者まがいの行動をとった前科のある彼を大いに警戒した。
それに腹を立てたシスコン・スラントは、セルカを出さないということは誘拐か、と爽やかな笑みとともに告げた。
結局約束を取り付けられることになり、私は無邪気な部分はあってもマナーをきちんと守っていたセルカのために、彼女の尊厳を守るために、トーマのマナー講座を受講しているのだ。
「ミコト。セルカ様は家族の前ではもっと華やいだ表情をしていた。今の微笑みはいささか大人び過ぎていると思うが」
あの家ではセルカを見た目通りの年齢の子供を甘やかすように接していたからなぁ、と困ったように笑っているトーマは、私の苦悩など知らないのだろう。微笑みは振り撒いてきたけど、華やいだ表情なんて微妙な指定じゃあわからないのだ。
私は口角を上げながら、心の中で悲鳴を上げる。元スーパー執事と思っていたけれど、そういえば全然執事気分が抜けていない様子で毎日セルカの世話をしていたこともあって、厳しい!
そして、とうとうその日がやってきた。私は朝早くから手持ちの中で最も上品なワンピースを身にまとい、トーマによって髪を結われていた。いつもの編み込みハーフアップもどきも良いが、今日は違う。事前に三つ編みにして癖をつけていた髪をほどくと、くるくるふわふわになった銀髪は艶めき輝いていた。
青みがかった銀髪は海の蒼を反射し、いつにも増して美しい。イヤーカフスをつけてクォーターエルフだった頃の短いトンガリ耳になると、トーマは懐かしそうに柔らかく笑んだ。
いくつか生きた花を髪に差し込んで華やかな雰囲気を足すと、彼は飾りの位置を細かく調整してから満足気に鏡を手渡してきた。
「……うん、ありがとう」
私は礼を告げると椅子から立ち上がり、ウィーゼルの待つ神殿内に向かう。そして「気をつけて」と送り出された。