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第16話「エンカウント」

胸糞注意?

 ガロフはその時珍しく魔境……魔の森に足を踏み入れていた。いつもなら訓練後には別荘に飛んで行くのだが、今回は森の様子があまりにもおかしかった。完璧に管理されている筈の森、その浅い地点に降り立ったガロフは深く溜息をついた。

 微かに残留しているのは、未知の魔力。それも二つ、痕跡を消そうと努力した跡はあったが大魔法使いを誤魔化せる程の隠蔽ではなかった。しかしそれも急いでいたからだろう、二人の魔力の持ち主はそれほどに卓越した魔法の使い手だということがわかった。

 木々の色、匂い、動物達の気配。それら全てが森を愛するエルフであるガロフに異変を訴えかける。だが解決策も持たない無力さにうちひしがれるガロフは、不安を残しながらその場を後にした。




 その日の訓練の全過程を終え、自由な時間を手に入れた私は覚えたての異空間収納で武器をしまい、それから竜種の鱗を収納した。他にもお金や教科書などの本、動物達の餌を入れた。私はそのまま部屋着に着替えずにおとう様の所に向かうことにする。どうせまた執務室で仕事に追われているだろうから。

 私は部屋から出ると部屋の外で待機していたメイドさんに軽く会釈して、それから真っ直ぐに執務室に向かった。ドアを叩けば怠そうな返事が返ってきて、私は執務室に足を踏み入れた。

「おとう様、この間使わなかった装備品の資金の残りを使うことになりそうだから、一応言いに来たよ」

 私はそう言うと、異空間収納から取り出した革袋をちゃらちゃらと鳴らす。中には殆ど使われなかった硬貨が大量に入っていた。それを使ってあるものを作ろうと思ったのだ。

「自由にしていいですよ」

 おとう様は少し不思議そうにしながらも返事をする。いつも通りの柔和な笑みを浮かべていた。

 返答に満足した私はふとおとう様の顔を見た。目の下に隈が出来ていて、顔は元々色白だったのが更に蒼白になっていた。昨日よりも酷くなっているので、恐らく寝ていないのだろう。そう思うと、凄く心配になってくる。

 おとう様は机に向かったりする執務がすっごく苦手でずっと冒険していたいというほどに活発なのだ。まぁ、その過程で騎士爵という爵位を賜り、この結果なのだが。

 おかあ様は大きな商家の三女で、半ば捨てられるようにエルヘイム領に嫁いだので主に商業の方面に長けていて、あまり政治的なことはわからないので…おとう様はこの仕事を一人でこなしている。そもそも魔境に面したエルヘイム領は領民が少なく給金の高い秘書など雇えないということが問題なのだった。

 私は部屋を出る際に一言「無理しないでね」とだけ告げるとぱたぱたと走り去る。小さく聞こえた感謝を少し気恥ずかしく感じながら。


 玄関に着くと、私はぱぱっと準備を終わらせて外に出た。空はまだまだ明るく、指輪の光もまだたっぷりと時間が残されていることを示していた。

 私はそれを確認すると満足げに息を吐き、拳をぐっと握り締めた。王都は近いので、おにい様を待たずにこのまま歩いて行こうと思ったのだ。後で怒られそうだが、待って時間が無くなる方が嫌だった。

「武器よし、装備よし、お金よし……」

 私は部屋での収納を思い返しながら持ち物を確認し、万が一魔物に遭遇しても戦えるように準備運動をする。飾り弓なので心配はあまりしていないが、力が出なくて充分に弦が引けなかったなどというミスは絶対に犯したくない。

 何も忘れ物をしていないことを確認した私は歩き出した。というよりは、少し駆け足だった。依頼しに行くだけなので用事自体の時間は殆どかからないが、なるべく早く帰って自由な時間を確保しなければならない。

 すぐに広い道に出るが、凹凸が激しく進みにくかった。人通りが多ければもっと整備されるのだろうが、エルヘイム領に訪れる者は少なく、その少数の為に金をかけることなどできない。つらい。駆け足で進んでいるため、小石や凹みがとてつもなく鬱陶しかった。

 それでもいい靴と森の悪路に慣れた脚のおかげで、速度を落とすことなく進むことが出来ていた。遠くまで轍が続く道を、私は一人で走り続けた。

 程なくして、私は分かれ道に辿り着いた。凸凹のメインストリートか、馬車で現在居る道から王都に向かう際にも見かけた小道か。私は迷わずに小道を選んだ。

 理由は幾つかある。小道の方が近道なのもその一つだが、何より馬車と鉢合わせしたときにこの「見た目」のせいで家出や迷子を疑われて捕まってしまう可能性が高かったからだ。小道は魔の森に隣接した危険な場所だが、出逢うとしても冒険者。彼等は同業者のことよりも自らのパーティーを案じるので、私を見ても珍しくは思えど保護などしようと思わないだろう。ここに潜るくらいの強さを持つ人達なら、この装備を見て冒険者だと判るはずなのだ。

 小道に足を踏み入れると、一分もしないうちにガラッと雰囲気が変わった。木漏れ日が頼りなく足元を照らし、どこか遠くから聴こえる動物や魔物達の声が不安を掻き立てる……というのが一般的な反応だろうか。

 しかし幼少期から森に親しんできた上に家族殆どが強者という環境で育ったせいで、この雰囲気はとても安心できるものだった。頼れる武器や防具があることも関係しているが。

 私は軽い足取りで木の根を飛び越え、生い茂る雑草を振り払う。虫も大量に集まって蠢いてさえいなければ怖くないので、気楽だった。そうして機嫌の良くなった私が鼻歌を歌っている時に、その叫び声が耳に届いたのだった。

「〜〜〜〜〜〜〜〜っっ!!」

 その直後に聞こえた何かが弾け飛ぶような音に、私は背筋を凍らせた。収まった悲鳴と微かな金属の擦れる音の出どころに向かい、私は走り出していた。無視なんて出来るはずがない。悲鳴はこの真っ直ぐに続く道をそのまま進んだ先から聞こえたのだから。

 私は飾り弓とシンプルな金属の矢を異空間から取り出しそのまま走る。しかしなかなかその現場には辿り着かず、私は聞き間違いだったのかと不安を感じる。そう思い足を止めると、今度は右斜め前方の少し距離のある場所の草がガサリと揺れた。

「くそ、見付かった!!!」

「何でこんな浅い所に!!全く、ツイてないぜ!」

 同時に叫びながら二人の成人男性が飛び出してきて、彼等は大急ぎで大木の裏に隠れた。二人共武器を持ってはいるが戦意を喪失しかけていて、大柄な方の男性は何かをボロ切れに包むようにして抱えていた。その後方で彼等の首ほどの太さの木が薙ぎ倒された。

「……レッドアイ・グリズリー」

 私は倒れた木の向こうに、大きな熊のような魔物の姿を視認した。咄嗟に飾り弓を引いて軽く一発レッドアイ・グリズリー……赤眼熊に矢を放った。矢は物理的に色々とおかしい威力となり赤眼熊の腕を貫通するが、怯んだ様子はない。舌打ちを堪え、続けて二発目を放ったとき、大柄な方の男性が声を上げた。

「同業者か!?一緒に戦ってくれ、仲間が一人やられた!!!」

 その声を無視するはずもなく、私は「もちろん」と返す。私は彼等に姿が見えるように移動し、その間も何発も矢を放ち赤眼熊の体を穿つ。次第に流れる血の量が増えてきた赤眼熊は、匂いで気付いたのか私が居る方を目で追っていた。

 私は思った以上にしぶとい赤眼熊に苦戦を強いられていた。近付いて短剣で応戦するのは自ら死に向かうようなものだが、赤眼熊は確実に近付いてくるだろう。それを警戒しながら矢を放ち続ける。

 するとそのうちに、二人の冒険者は立ち上がる。何やら話していたようだったが、確りと意見が纏まったようだ。妙に落ち着いていた。

「俺らは前に出るから支援を頼む」

 リーダーなのか、大柄な男性が指示をしてきた。私は大人しくそれに従おうとして後方に下がろうとする。しかし二人はそれを止めた。

「来るぞ……!」

 私は止められた理由を考える暇もなく、今度こそ仕留めようと飾り弓を構え、全力で魔力を込めて引いた。張り詰めた見えない弦。いくら赤眼熊でも頭に当たれば即死。それなのに、この冒険者二人はなかなか前に出ない。襲い掛かる赤眼熊を目の当たりにして完全に戦意を失ったのかと危惧する。

「注意を逸らして動きを阻害するだけでもっ」

 私は焦りを隠せずに声を荒らげる。しかその言葉は遮られた。小柄な男性が私を突き飛ばし、大柄な男性が私を木の下敷きにする。異空間収納で隠し持っていたのだろう、赤眼熊を止めるには心許ないが、私のような子供を動けなくするには充分だった。

 飾り弓に込められていた魔力が霧散し、私は魔力欠乏による気だるさを感じ始めていた。

「……すまん」

「お前らのお陰だ」

 二人の男性は走り去る。その際にずっと担いでいたボロ切れに包まれた何かを放り投げた。私のすぐ目の前に落ちたそれは、小さく呻き声をあげた。

「……うっ…………ぐ」

 それは痩せ細った人間で、見た目は高校生くらいの男だった。しかし肌が恐ろしく紅くよく見れば額に一対の角が生えていた。つまりは鬼人族。人間に友好的だが力も強く長生き、見目も美しい者が多く、奴隷として高く売られているはずだ。恐らく彼は荷物持ちとして買われていたのだろう。今は囮にする為に手足を縛り、自由を奪っているようだった。

 私はそれを認識した瞬間、世界が止まったかのように感じた。視界が歪んで心の中が空っぽになったような錯覚をした。これが二度目の絶望、死ぬ前の感覚。

 苦しかった。左手が挟まってしまい弓は引けない。魔力が残っていなくてこんなに大きな木は収納出来ない。呼吸が荒れる。痛くて涙が出てくる。意味わかんない、運悪過ぎ、なんでこんな屑しかいないの。マジムは呼べる?反応がない。来ない。どうしよう。助けなきゃ、きっと私より短い時間しか生きていないだろう。転生なんてそうそう出来るものじゃない。このままでは彼はここであんな屑のせいで終わってしまう。死の恐怖は怒りに塗り替えられていた。

 鬼人族の彼のことなんて何も知らないが、私は必死になって考えた。装備の効果で消費魔力は半減だから、それて使える範囲で見つけなきゃ。赤眼熊を殺す方法、魔法、使える中で一番強力な魔法を。全力の魔力を込めた矢が不発に終わったおかげで、魔力がすっからかんだったけど、掻き集めて掻き集めて、最後の抵抗をする。

「クエイク、クエイク!!お願い彼を巻き込まないで!!」

 上手く操作できないその魔法を、動けない鬼人族の少年を巻き込まないように祈りながら、私は唱えた。反応が遅いその魔法を急かすように地面を叩くと、同時に地面がひび割れる。私を起点として広がる亀裂は赤眼熊まで到達し奴の両足を深い穴に沈め動きを止めさせる。

 しかし、それだけだった。

 魔力不足か何なのかは分からないが、唐突にその地震と地割れはなりを潜めてしまったのだ。時間稼ぎにはなったが、赤眼熊は馬鹿力で地面を砕き、今にも脱出しそうだった。

 良いこともある。それは私を下に敷いていた木が少しずれて身体を引き抜くことができそうだということ。私は喉の奥から出かかっている悲鳴を必死に飲み込みながら、力を振り絞って木の下から脱出した。防具の魔術的作用のおかげで身体は少し痛い程度、左腕に僅かな違和感を感じた。でも弓を引けないわけじゃない。

 私は庇うように鬼人族の前に出て、矢を射る。魔力が足りなくても使えたが、威力が足りていないようで目に刺さるが赤眼熊の動きは止まらない。私はできる限りの攻撃をし終えた後、異空間収納から短剣を取り出した。

 震える手でそれを構える。世界が遅くなった。視界を奪われた赤眼熊は速度を落としているので尚更そう感じられた。

 私は赤眼熊に致命傷を与えるのは不可能だと考えていた。高さが足りないので首や頭に攻撃出来ないし、何よりそこまで鍛えていないので力が足りない。それでもやるしかない。

 来る、赤眼熊が来る……!




 数秒の後に、そこにあるのは首を落とされた赤眼熊と二人の子供。少女は呆然と立ち尽くし、少年はその少女に向かって倒れ込んだ。その体重に耐え切れずに、少女はそのまま後ろに倒れる。

 私は手の中から消えた短剣と、鬼人族の少年の手に握られた短剣を見比べて、やっと同じものだと気付く。つまり盗られた。でもおかげで生きている。

 私の短剣を奪った鬼人族の少年が、その短剣で赤眼熊の首を切り落としたのだ。状況が飲み込めると、堪えていた涙が急に溢れてきた。落ち着いたからか痛みなども先程までより強く感じられて、これ以上は耐えられなかった。

 ふと見れば、私の左手首は少し腫れ上がっていた。やはり無傷とはいかなかったのだ。

「ごめん、……縄は……ずっと前に千切って……」

 泣いていると、少年の口からか細い声が聞こえて、私は「大丈夫、ありがとう」と返す。恐らく戦わずに寝転がっていたことを謝っているのだろうが、おかげで助かったのだ。今更咎めることなんてない。

 私は泣きながら、そのまま気を失ってしまった鬼人族の少年を眺めた。彼が起きるまでここから動かずに魔物の処理をしよう。救ったのか救われたのかよく分からない結果になったけれど、救えたのならいいな。

新キャラ登場(*`∀´*)趣味の塊です!

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