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第154話「ジジイの土産」

 ウィーゼルの言葉を聞いた時、私と周囲の者はそれぞれ混乱と戸惑いを隠せずに小さく反応する。瞬時に理解できるわけもなく、かろうじて声を出すことが出来たのはジンだけだった。

「まさか、……まだ?」

 それが何を意味するか疑問に思うより前に、大海神は口の端を釣り上げて好戦的な笑みを魅せる。それから自身の両腕を帯状に伸ばしてアルフレッドとアルステラを拘束し、玉座の前に引き寄せる。

 拘束を解かれるとアルステラは何事も無かったかのようにふわりと着地し、それと対照的にアルフレッドは体勢を崩して床に手をついた。それでも視線をウィーゼルから外さなかったことは、賞賛に値するだろう。

 私は一度ジンの顔色を窺うが、彼は既に表情を消していた。私は表面を取り繕うことが得意ではないので、ぴくりとも動かない表情を見ると心が揺らぐ。

「……ウィーゼル?」

 少し震える声でウィーゼルを呼べば、彼女は小さく頷いて目の前にいる二人に跪くように促した。それに従って膝をついて頭を垂れた双方の後頭部に手を添えると、笑みを深める。

「永らく空席だった神位をあげる。あたいのようなガキが大海神になったことに腹を立てたジジイたちが、実力による代替わりを狙ったとき……返り討ちにして奪った座は、これまで放置していたから」

 その言葉にジンは目を細め、アルフレッドは肩を跳ねさせた。ジンは長年空位であったことを気にしているが、アルフレッドはただただ驚きを隠せないようだ。若干不機嫌そうなジンは小さく息を吐くと適当な椅子を異空間収納から取り出して腰を下ろし、見届ける体勢を整えた。

「アルフレッド。アンタには荒波の神の位を与える」

 アルフレッドの髪は一度大きく波打つと、ありふれた栗色から薄い青、それから紺の入り交じった色に変わる。正直、その髪色を見て薄い青がストレスからくる白髪のように見えて、ぐっと笑いを堪えるはめになった。

「アルステラ。アンタには深海の神の位を与える」

 アルステラの長さがまばらな黒髪は僅かに揺らぐと毛先だけ透けるような青に染まり、その他は黒から変わらなかった。

 二人はしばらくの間激しく肩を上下させていたが、ウィーゼルが手を離すと少しずつ呼吸が落ち着いていって、そのうちに頭を上げる。そのまま動きを止めてじっと身体の違和感を確かめるようにしていた。

 ウィーゼルも多少は緊張していたのだろう、その様子を見てほっと息を吐いた彼女は、流水の玉座を後ろに引いて二人から距離をとり、自身の神力を避けて二人の周囲に空白を作ることで、彼らが神力を溢れ出させるための場所を設けた。

 神の位は無事に譲渡されたのだろうが、今更、私はアルステラが悪魔であり神気に強い拒絶反応を起こしていたことを思い出して彼に視線を固定すると、固唾を飲んで様子を見守る。

 その視線に気が付いたのか振り返ったアルステラと、それにつられてこちらを見たアルフレッドは、差はあるが汗を浮かべていた。

 口を固く結び苦痛に耐える表情を見せるアルステラは、表情をなるべく隠しているのか、眉にも力が入っている。アルフレッドは私の不安を感じ取ったようで、「そんなにつらそうに見えるかい」と苦笑を浮かべている。

「…………それは、もう。とても」

 私が肯定すると、アルフレッドは恥ずかしそうに頭をかいた。大海神の存在を忘れたように玉座の前で交わされるやりとりを見て、ウィーゼルは自信に満ちた顔を向けてくる。

「二人とも、魔力とあまり感覚は変わらないからこそ、その力の大きさがわかるんじゃない?」

 その発言に対する返事はないが、一気に溢れ出した二人の神力が広間を満たし、私は思わず笑った。

 トーマには及ばないが、ただ現人神であるジンを僅かに超える力をそれぞれが得た……そんなに重要なポストを空けたままにしていたウィーゼルの神力の操作力と、彼女でさえ勝てるか怪しいという天空神を思うと、燃えるように体温が上昇する。

 体は、恐怖よりも高揚感に包まれている。肉体が私に掌握されているにも拘わらず、セルカの心に引きずられているのだ。

 しかしよく見てみると、アルステラの神力の方が勢いが強く、そして濃密だった。元々の魔力量の差もあるのかもしれないが、悪魔と神の力が反発して打ち消し合う可能性のほうが考えやすかったため、不思議に思える。

「ステラのほうが、強い?」

「そうだよ、ミコト」

 私の疑問にはウィーゼルが答える。ジンは戦闘能力に秀でているわけでもないので、実戦では自身を凌駕するであろう二人を見てこくりと喉を鳴らす。

 それからハッとしたように自身の右手を見て、中指にはめられた指輪の輝きからある程度時間を察したのだろう、立ち上がり、くるりと背を向ける。彼は、

「すみません、仕事の時間で」

 と慌てて走り去ろうとして、テーブルの上に忘れかけていたメモ帳に手を伸ばし、「外に出たら教会本部の転移門まで、お願いします」とウィーゼルに頼んでいなくなった。

 思ったよりも時間が経っていたようだ。

「力の使い方は勝手にわかるだろうけど、慣れるまではここで使ってね。それでなくてもしばらくはここに居てもらうことになるけどさ」

 ウィーゼルは広間の天井に顔を向けるが、遥か遠くにある海面を見上げているようだった。天空神が動き出した以上、ここが一番安全であることは確かである。せめて残りの者が一撃死しないように鍛えなければ、前へ進むことは出来ないのだ。

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