第151話「動きだしたもの」
陽射しが非常に眩く、絶世の美貌をもつ男は久し振りに触れた外気を胸いっぱいに詰め込んでいた。その男は白髪と薄いグレーの瞳が特徴的で、肌も青白い。しかし不健康そうな印象よりも神々しさを感じさせた。
麗しい顔面に微小を浮かべているが、彼のその表情を見た者はほとんどいない。彼の心からの笑みは、特にこの地上でははじめて披露されたものだ。
「……」
彼が地上に現れることができたのは、単に業務量が減ったからだろう。それを率先して肩代わりする者がいた。彼の目には美しい黒髪の少女が映っていた。
「…………」
眠る少女に向けられた熱い視線は、恋だとか愛だとかではなく別種の執着にも似た熱を孕んでいるものだった。不気味なまでにどろどろとしている視線が、ほとんど身動きを取らない少女の全身を執拗に舐めるように観察する。
すぅ、と息を吸った男はまだ一時間もこの世界に触れていなかったが、あまりにも長い間席を外すのは賢明とはいえない。そう判断した彼は光り輝く粒子となって消えていく。その輝きは真っ直ぐ天に昇った。
「一昨日、あたいのところに使いが来た」
わざわざ武装して私の元へやってきたウィーゼルは、真剣な表情でそう告げた。大海神である彼女はこれまでマジムを経由しての連絡ばかりだったため、直々にここへ現れたのははじめてだった。
寝起きの私の枕元に出現した彼女は、私がひと睨みすると居心地が悪そうに眉を顰めるが、挨拶もそこそこに報告をした。それだけ重要な内容だったのだろう。
起きたばかりでトーマも部屋にいなかったが、私は直ぐに小さく声を上げた。
すると部屋の近くにでもいたのだろう、彼はそう時間をおかずに戸を叩いた。招き入れるとトーマは一瞬ウィーゼルと彼女の手にある武器を警戒する素振りを見せるが、神器・女神の殺意は私の顔を見ても動き出さない。神器が自身に傷を付けたセルカを憎んでいることはトーマも知っているため気にしていたのだろう。
「女神の殺意は侵入するために使っただけだから安心して」
ウィーゼルがそういうと神器を異空間収納にしまう。正確には地上の生き物が使う異空間収納とは別物だろうが、似たようなものだ。
しばらくすると朝食を終えたジンが合流し、その場には神気を纏う者が集結していた。それからジンの結界が発動し、ほとんどの者にとって盗聴が不可能となる。それをさらに大海神が補強することで、神ですら不可能になった。
「天空のが動き出したって。あたいのほうが経験は浅いし、退くように求められた。男神が下界や転生方面に目を向けられるほどに目覚めている以上、ただ女神に従うだけではいけないと思うし、なによりあたいはセルカちゃんに報いなければならない。一体一で天空のに勝てなくとも、鬼神が完全に味方となった今、逃げはしないさ」
碧の短髪が揺れた。彼女は私の手を取って、それから抱きしめるようにして部屋にいた全員を腕の内に集めた。
「先ずはあんた達を、天空のが侵入できない場所に移す。その後で残りも移す。ジンには一応あたいの領域の結界を補強してもらってから、残りを迎えに行くときに神殿に戻らせるさ」
魔法陣が足元に重なり、私の視界は白に染まる。次にものが見えたときには海底の神殿にいて、現状を認識したジンはすぐに結界を何枚も重ね補強しはじめた。それには時間がかかりそうだったので、私はきょろきょろと周囲を見渡す。以前ここで私がミコトとして現れたときとそう変わらないようだった。
「変わらないね」
私がそう言って口の端を上げるが、それを見たウィーゼルは当時の私の発言を思い出してか苦々しい表情を見せた。それはトーマも同様だが……私は私で羞恥から頬が紅潮する。
幸いアルステラはまだいないため、まし。そう思っても一番最近の黒歴史といえるソレは、非常に嫌な記憶だった。
意地の悪い人は私以外にいなかったのか、その場で追及されることはなかった。ジンの作業が終わるまではとりあえず皆から距離をとって、頬の赤みと顔に集まった熱が引くのを待った。




