第150.5話「わたくしがみたもの」
私は助けられた。そのときの記憶は薄ぼんやりとしていたが、彼女の姿はハッキリと記憶に残っていた。
幼い頃から生活のほとんどを自室……もといベッドの上で過ごしてきた私は、公爵家の別邸に腹違いの妹が呼ばれてからは、マナーや学問よりも体質の改善に重きを置くようになった。
先祖代々炎の魔法に特化しているベルリカ家には、炎系の技能を覚えるために多くの魔道具が集められ、病弱な私のために収集されたそれらの一部が妹にあてがわれた。
妹は私よりもベルリカらしい炎の魔力を宿しており、少ない魔道具で当家として最低限の力を得られる。私が健康体になるまで代わりに表舞台に立ってくれる……そんな妹と私は顔合わせが済んだあとしばらく会うことはなかったが、学院に入学する際に本邸に移ってきた妹と改めて話した。
学院には代わりの者を通学させる許可をもらい、見た目だけはそこそこ似ているが言葉使いが荒い妹は責任感に押しつぶされそうな様子だった。しきりに「平民が」と自分を貶めるようなことを言っていた。
一部の有力家には妹を通わせることを通達し、彼女に余計に突っかかることがないよう頼んだ。元々特待生枠での入学を望んでいた妹は優秀だが、頭が固い。どうか悪いことに巻き込まれないようにと祈っていた。
ある日、事件が発生した。大切な友人が巻き込まれていたらしく妹は飛び込んでいって、エルヘイムの長女に助けられた。
戻ってきた妹は「貴族の友人ができた」と報告してきたが、そう言っておきながら相手には少しつらく当たっていることを知っていたため妙に可愛らしく見えた。それから私の代役を務め終わった後のために実力に合わせて用意された冒険者免許が更新されることが増えた。
その頃に私の病が回復に向かっていく。それからしばらくして、筋力の落ちた私がリハビリをしているうちに、妹が家にいる時間が減っていった。報告は偶にで良いとは伝えていたが、毎日のようにあった報告が遂に週に一度まで減った頃には、なんとなく淋しさを感じていた。
それからしばらくして、妹が家を出た。私はそれとなく「とめてほしい」と父上に求めたが、こればかりは聞き入れられなかった。エルヘイムの長女に惚れたのか、妹は大親友と共に彼女を追って行ったのだ。……これまで多くを求めなかった妹の懇願は父上にそれはそれは効果的だったろう。
病の辛さ以外で涙を流したのは、その夜のみだった。妹はついぞ私の妹だということを告げられないまま、彼女と別れた。せめて一度だけでも「姉上」と呼ばれたかった。平民は家族だけでなく見知らぬ人とも風呂に入ると聞いてたので、二人で同じ湯に浸かりたかった。元気になったら、彼女が食べてきた美味しいものを共に口にしたかった。
要は、平民的な姉妹の関わり方を、彼女と。
涙が二筋程度流れたあとは、笑えてきた。私によく懐いていた彼女が、もっと親しい間柄の相手を見つけたのだ。祝うべきだろう。
私はまだ自身の技能を開示しておらず、ベルリカの才を持つとも限らない。血に祝された妹がこの家に縛られなかったことは、ある意味では幸運かもしれない。
激しい感情の動きとリハビリに疲れ果てて眠ったその日は、非常に心地良い睡眠をとることができた。
それから、妹たちが新迷宮の攻略に力を貸したことを聞いたり教会に深く関わるようになったと聞いて驚愕し、困惑しているうちに私はほとんど意識を保てなくなった。
酷い吐き気があるのに胃には何も無く、頭痛が酷かったことを覚えている。次に目を覚ましたときには目の前で銀髪が煌めいていた。
私の前に姿を現したのは、きっとヒトではなかった。エルフでもない。あれは神だ。器はともかく、内容物は…………いつから、ああなった?




