表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
154/212

第150話「大袈裟だって」

 神殿へ到着した私は、ジンの結界によって存在を隠されながら廊下をひっそりと進み、神力を持つ者のみが侵入できる扉の前にやって来た。要は以前入った宝物庫に来たというわけだが、その前でわざわざ姿を現した私はジンにエスコートされて内部に足を踏み入れる。

 そして扉がしっかりと機能していることを確認した後ジンに後ろを向かせて、そこで全ての魔道具や衣装を取り払った。直ぐに普段の私……セルカの姿に戻ると、異空間収納に収めていた装備を身に着ける。

「…………おっけー。出よう」

 私がそう声をかけるとジンは振り向かないまま魔法式を構築させていき、瞬く間に私の姿は空気に溶けていく。このまま宝物庫を出て何気ない雰囲気で日常へ戻れば、薬師のユキネは隠蔽されてセルカは別人として行動できる……ジンの結界魔法があったからこそできた、半ば強引な策だった。

 ジンは私を居ないものとして扱いながら宝物庫を出ると、中にいるユキネへ敬意を表すように深く長く一礼してから歩みを再開した。誰が見ていても良いように、彼は動く。

 それを見届けた私は一直線に転移門まで歩くと、私を守る結界に内側から干渉して術を霧散させた。これによって私はちょうど今()()()()使()()()()()()()()ことになる。

「ただいま」

 余程他のことに気を取られていない限りは毎度呟いていた言葉を口に出すと、いつもの調子で自分の部屋に向かった。




 自室で改めて身だしなみを整えたあと、私の帰着に気が付いたトーマが真っ先にとんできた。彼は軽くではあるが情報を共有してあり、顔色も変えずに戻ってきた私を見て安堵の息を吐いた。

 彼はハーブティーの類いを用意してくれたようだったが存外に気が緩んでいる様子の私を見てそのまま軽食を用意しだした。流石にできたてではなかったが、まだほんのりとあたたかいホットケーキだった。

 手際良く飾り付けを済ませた彼は私の部屋に備えてあった小さなサイドテーブルに二つの皿を置いて、多少狭いが向かい合って座る。ちゃっかり自分のホットケーキの枚数を多めにしていることは、見なかったことにする。

「おつかれさま。紅茶の方が合うだろうが、冷めきっていないものはこれしか無かった」

「どうも。ハーブティーもなかなか合うんじゃない?」

 カップに口をつけると、普段飲んでいる茶よりも数段やわらかい香りが鼻腔を満たす。ちょっといいやつ、だろう。

 ここで少し気分を落ち着けてから、ベルのもとへ向かおう。




 ベルの部屋へ向かう途中、ジンが合流する。彼は軽装に着替えており、私を探しているようだった。視線を向けると彼はさも当然というように告げる。

「話すなら結界が必要だろうと思って」

 私はそれを否定することなく受け入れると、そのままベルの部屋の戸を叩く。それからすぐに扉は開かれるが、そこにいたのはアンネだった。

 まだ公爵家から新たな連絡も無いだろうし、ベルは落ち込んでいるのかもしれない。心配に思って滑り込むように部屋に入ると、ソファの背もたれに体を預けている彼女は珍しく髪の毛を下ろしていた。巻かれた髪が綺麗なウェーブをつくっていた。

「ベル……」

 不機嫌そうに眉根を寄せた表情をずっとしていたのか、眉間のシワが濃い。瞳を閉じて休んでいるようだったが、私の声を拾ってか瞼が開かれた。

「ああ、ミコトか」

 小さく伸びをして姿勢を正したベルは、ばさりと髪を払う。夜遅くまで貴族のマナーの復習をしていたのか目の下に薄く隈があった。その努力は結果からいえば無駄になったのだが……。

 わざわざジンまで連れてやって来た私を見て何やら話があるのだろうと察した彼女は、アンネに扉と鍵を閉めさせる。ジンは閉ざされた扉に背をつけた状態で盗聴防止用の結界を展開した。

 それを確認した私は、まず結果から伝えた。

「とりあえず、ベルはここに居られるよ」

 ……一番大きなリアクションを見せたのは、アンネだった。


「嘘じゃないわよね、ティルベルは完治したのよね!?」

 私の肩を掴んで詰め寄るのも、アンネだ。揺さぶるような真似をしないだけマシだが、一応でも前衛に位置する剣士職なので力は強ければ圧も強い。私が頷くと彼女は滂沱の涙を流し、あまりの反応に当事者であるベルの涙は零れ落ちる寸前で留まった。

「ほ、本当……なのか」

 ベルが再度確認してくるも、答えは変わらない。彼女はそこでぱちりと瞬きをし、頬を涙が伝う。だがその一筋の涙が肌を離れたあとに涙は続かなかった。

「ティルベルが、無事……よ、かった」

 嬉しそうに目を細め脱力した彼女はソファに再び全身を預けると、大きく息を吐く。そんな彼女に向かってアンネが泣きながら突進すると、二人は抱擁し合う。ベルが白い手で赤毛を撫でる様子は、なんだか既視感がある。私が見たわけではないが、似たような場面をセルカが見ていたはずだ。

 二人はあの頃と変わらずに仲が良い。詳しく説明するのはしばらく後になりそうなので重要事項を盗聴される心配はないが、ジンの結界はアンネが大泣きする声を洩らさないことに大きく貢献した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ