第147話「支援と信仰」
発掘した物を使用予定のないホールで並べていると、アンネに連れられてベルが現れた。彼女は連れ戻された場合のことを考えて貴族のマナーを思い出そうとしているのか、学院にいた頃のように堅物な印象があった。
しばらく経っている故にうろ覚えの箇所が多いのか、カチコチになっている。
でも、私たちは彼女をこちらに留めるために色々な治療に関わる物を探してきたのだ。ジンが自信の滲み出るような表情で立っているのを見て、青ざめていたアンネの顔色に赤みが戻る。
ベルは緊張と不安に後押しされて私たちを取り巻く道具に意識が向かっていないが、ジンがひとつ手を叩くとようやく並べられた道具……特に魔導書や薬瓶に気がついたようだ。
「も、もしかして」
「それは?」
アンネは気色を浮かべ、ベルは瓶を凝視する。そんな二人を眺め満足気に息を吐いたジンは、口を開いた。
「ここにあるのは過去の現人神たちの遺物。それも病の治癒に関連した書物や薬、魔道具を探し出してきた」
液体で充たされた瓶を拾い上げた彼の目にどのような表記が映っているかはわからない。ただ彼はそれを手に取ったまま悩める二人組に近寄ると、瓶を揺らして見せた。
「一応、ミコトの頼みだから用意はしたけれど。いち公爵家に現人神が与したなんて記録が残るのはあまり良くないと思うんだ」
彼が述べた内容はなんてことのない、至極当然なものだった。形式上では教会に所属する現人神は、ひとつの国、ひとつの家に特別に協力するということはほとんどない。力関係が崩れる危険があるからだ。
神の存在がただの信仰ではなく現実のものであるこの世界で最もヒトに身近な神である現人神がどこかに入れ込めば、容易にバランスは崩れる。
これまでの現人神には恋愛や冒険に身を捧げた者はいても、現人神という立場を隠さずに何かに関与したことはない……ということになっている。
実際はどうであれ、既に教会に接触しているベルリカ公爵家に不老不死の現人神としてある程度認知されているジンが出向くのは、贔屓と見られかねないため難しい。
ジンはそう説明して、薬に貼られたボロボロのラベルをベルに向けた。彼女がその古い字を読み取ることができずに視線を彷徨わせると、ジンが代わりに口にした。
「これは『荒療治の薬』。人体に影響が少なくて、一番デメリットが少ない」
そのくせに不穏な単語が混ざっているなと眉根を寄せると、ジンは「しかし」と続ける。
「令嬢としてはかなり苦しい作用がある。この薬は全身を巡っている体内魔力に病魔や毒素を吸着する能力を付与して最終的に胃液と共に吐き出させるものだから、嘔吐する。そんな薬を現人神以外の紹介で飲むかは不明だし、たとえ死ぬ運命にあろうとも公爵令嬢を害するために毒を盛っただのと罪を押し付けられることもあるだろう」
ジンは貴族を信用していないのか、それともただ最悪のケースを想像しての心配なのか、最後に声色を低くして告げた。
ベルリカ家で悪いように扱われた記憶は無いのか反論を試みたベルが身を乗り出すが、恐ろしげな効果のある薬を差し出して素直に飲ませるだろうかと思案顔になり、口を噤む。
それから苦い表情になった彼女が言うには、多く炎の技能を授けてくれた公爵家もベルに大きな反動のある魔道具は使わなかった。代替品である彼女にさえ、苦痛を強いることはしなかったというのだ。
自己完結して悩み沈んでしまったベルは悔しそうに「では、どうすれば」と口の中で呟く。ジンは小さくため息をついた。
結局その日は解決策が見つからず、あるとしてもベルが迷宮で手に入れたことにして手渡すくらいだろうという話で止まってしまった。
しかしそれだと彼女がどれだけ公爵閣下やティルベル嬢と親密であったかに全てが左右されてしまう。セルカが眠っているうちにひとり減るのも、公爵家を敵に回すのも良くない。私が出向いてどうにかなるものではないので、貸せるものはこのアタマのみ。
あまりに悩み過ぎたのか、私はこの夜、例の薬を飲んで嘔吐するという悪夢を見たのだった。
短くなりました




