第146話「がさごそ。」
私は真っ直ぐに目的地へ向かおうとするジンを引き止めてトーマを呼びつける。相変わらずトーマは私の従者として立ち回ろうとするが、ジンはそれを見て苦笑しつつ、先頭を歩いて案内してくれた。
ジンに連れられてたどり着いたのは教会の地下にある豪奢な扉だった。隅々まで魔法陣やら魔法言語が描かれていて、その図形や術式の効果によって固く閉ざされている。
読み解こうにも飾りのひとつひとつにまで書き込まれているので、視界に収まりきらない。ただ現人神が管理をしていることから神力の有無で弾かれるか、現人神が継承する道具があるか……それくらいだろう。
そのまま様子を見ているとジンは神力を全ての文字や記号に行き渡るように広め、扉は重量を感じさせないするりとした動作で奥に開いた。
先導するジンについて行こうとすると、私が扉を通過しようとした瞬間、足元の影が揺らいで一部切り離される。ぎょっとして振り返ると、成程、宙に浮かんだアルステラがこちらを見ていた。
いつから影に潜んでいたかは不明だが、悪魔だから弾かれたのだろう。待っててねと声をかけトーマを連れて中に入ると、出入口は独りでに閉ざされた。
先に入っていたジンはチラリと私の影を確認すると「彼は駄目だったみたいだね」と少し肩を竦めてみせる。最初から気付いていたなら教えてくれても良かったのに。
彼の手元には幾つかの瓶があったがラベルは無く、軽く流し見ては棚に戻すという作業を繰り返していた。どの範囲に薬品や魔法書があるのかわからない私はジンが探している向かいの棚に並べられている液体や錠剤で充たされた小瓶を次々に見ていった。
しかしセルカは鑑定の技能が先天的にはなく、ほとんど私が修練したぶんしか成長していない。確認した薬品の過半数は技量不足の鑑定不能だった。
その点トーマは神位を持っているからか私が見られなかった薬品を受け取ると七割程度を仕分けてくれる。彼がひとりで鑑定作業を進めた方が効率が良い気もするが……良いか。
ある程度進めるとジンから声がかかり、今取り組んでいる列を終えたらついてきてほしいと言われた。作業が終わるとジンに回収した治癒薬と用途不明薬品を分けて手渡し、ついて行く。
次に立ち止まったのは魔道具の類いが所狭しと並べられた空間だった。
視線の先に爆発を発生させる眼鏡やら使い切りの火炎放射器、永久に精製水を吐き出すジョウロなど、強力なものから隠すほどでもないようなものまで揃っている。
作りかけの魔道具や考案途中の魔法陣や魔術式が描かれた木板が積み上げられた区画もあるが、そこには『触れるな危険』と注意書きがされていた。
そちらのほうが惹かれる内容なのは確かだが、大人しく完成品に手を伸ばす。こちらは薬品棚とは違ってほとんどに説明書などが貼り付けられていた。
その中には英語で使用方法が書かれているものや見たことも無い言語で書かれているものがあり、現人神が様々な場所から召喚されているのだとわかる。
現代日本で見られたような道具の再現を試みていた形跡もある。妙なアレンジを加えてマジカルな仕様になっていたりもするが、この程度のものなら腕の良い魔道具師にも作れそうだという作品もあった。
目当てのものは……例えば異常の発生源を感知する、病の原因を突き止める、特効薬を割り出す、などといった効果のある魔道具だ。
ジンはそれらが存在しているはずだと自信なさげにだが言っていて、今回私たちはそれを探す。直接的な解決にはならないが、それらが見付かればヤバそうな薬に頼らずどうにかできる可能性が高まる。
「こっちの方には食材加工系ばっかり」
私はたこ焼き器のような魔道具を持ち上げて目を細めた。他にも瞬間的に干物を作る……しかし成人男性が入る大きさのせいで危険物として持ち出し禁止になっているものがあったり。
ともかく私がいる周辺には医療に関わるような魔道具はなさそうだった。
するとそれを聞いたジンは手を止めずに「こっちの方かも」と奥へ誘う。たこ焼き器もどきは元の場所に戻して、奥の大きな魔道具がある区画に行くと、医療ドラマなんかで見たことがある機器を模したような魔道具や謎のカプセル、よくわからないが芸術的な作品がある。
一気に近未来的なデザインばかりになり、私は口をぽかんと開けた。そもそも私の地球での生活道具すらオーバーテクノロジー気味なのに、絶対世に出せなさそうな……乗り物なんかもある。
「うっわぁ…………こんなの見せられたら、魔道具製作の才能、ちょっと欲しくなっちゃった」
もし私が魔法の才能でなく魔道具師の才能を得ていたら、何を作っていただろうか。小さな声で同意するジンはすぐに作業を再開し、SFの概念を知らないトーマは私以上に呆然とした様子だった。
私はすぐに立ち直り、見た目から治療や診察に関わりそうなものから手をつけていく。遅れて現実に戻ってきたトーマは、恐る恐るといった風に手を伸ばす。
「こんなもんかな」
ジンのその一言で、私たちは手を止める。現在捜索中なのは魔法理論書や魔法陣と術式が記述された羊皮紙等が保管されている場所だった。学院の図書室を上回る規模の蔵書であるうえに、その全てが現人神による記録……異世界産の高度な技術や強力な魔法に関わるもの。
喚ばれる人も時代も様々で、何かの専門職だったりした方の記録は専門用語だらけで注釈を見てもさっぱりわからなかった。
発見しためぼしいものはジンに渡したためどれ程の量になったかはわからないが、彼が良いと言うならそうなのだろう。私は背が低いのでそこまで辛くなかったがジンは少し腰が痛いのか、終了宣言とともに座り込んだ。
「若いままなのにおじいちゃんみたい」
笑ってやると、彼はトーマに目を向ける。だが日頃から鍛えていることもあるのだろう、トーマは軽く伸びなどをして身体をほぐすとそこまで疲れた様子を見せずに薄く笑む。
「結界があれば安泰だろうが、鍛えたらどうだ?」
「……考えとく」
力関係が逆転してるなぁ、と眺め、私は大きく息を吐いた。
「「どうした?」」
それを聞きつけた二人が同時に心配してくるので、息を吐く流れのまま笑ってしまう。別に何ともないと笑いながら答えると、つられてジンが笑い出す。足を伸ばして座った状態で後ろに手を付き、大口開けて天井を向いて笑う。
彼がそんな風に子供っぽい仕草をしているのを見たのは本当に久し振りで、なんだか嬉しかった。
トーマは少し俯いて小刻みに肩を震わせていたので、彼もきっと笑っていたことだろう。