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第15話「新しい魔法だよ!!」

 おじい様は私の表情を見て満足したように頷いた。書類の裏面まで目を通した私は、書類を彼に返しながら訊いた。

「私服可らしいけど、初日……入学式も私服でいいの?制服は一応あるみたいだけど」

 裏面には学校……学院に拘束される時間帯や服装、基本的な規則について記されていた。実習が多いので動きやすい私服での登校を可とし、十五歳以上の種族性別を問わない入学者がいて、貧困者の為の寮や無料の制服の配布がある。貴族は問答無用に有料で制服を買わされるそうだが。

 するとおじい様は突然異空間収納の魔法を唱えた。同時に現れるのは学院のものと思われる制服。おじい様はそれを見せながら言う。

「殆どの者は着ないで参加するそうだよ」

 手渡され、受け取るとその軽さに驚いた。家族のものでは無い強めの魔力を感じるので、恐らく元々何らかの効果が付与されているのだろう。でもデザインの可愛さが足りないので却下。

 そっとクローゼットに制服を掛けた私を見て、おじい様は察したようだ。そしてその際におじい様は何かを見つけたようだ。表情が変わっていた。

「それは……」

「それ?どうしたのおじい様?」

 私はクローゼットを閉じながら言った。おじい様は私に近寄るとクローゼットに手をかけて、思い切り開く。彼の視線の先には今朝貰ったばかりの宝石のような竜鱗がキラキラと独りでに輝きながら存在していた。

「生え変わりでなく……生きている竜鱗だ。どうしたんだこれは?」

 感嘆の吐息とともに吐かれた疑問に、私は正直に答える。しかし貰ったなどということが信じられるはずもなく、おじい様は小首を傾げた。私は彼に詳しい経緯を話し、竜鱗を抱き上げた。途端に輝きを増す竜鱗を見て、おじい様はようやく「セルカのためのもの」なんだと理解した。

 興奮を抑えきれない様子のおじい様だったが、少しすると顔だけ真面目な表情に切り替えて授業の再開を宣言した。彼の魔力の高ぶりが感じられる私は、笑いをこらえるので精一杯だった。

 私たちは簡単に歴史の授業を終え、それから魔法実技の授業をするために庭に降りる。大規模にはやらないそうなので森に入ることもないと言われた。今日は何の魔法を教えてくれるのだろうか、これまでとは違って「魔力の練り方」だけでなく「実技」も担当してくれることになったので、どんな授業になるのかが楽しみだった。

 おじい様は立ち止まると、手に持つ書類の山を一瞬にして消してみせてから振り向き、私を正面から見つめた。それからすぐに、音も立てずに書類が現れる。手品ではなく、魔法だ。

「今日は異空間収納の魔法を教えようと思う。大抵は一度で習得するが、容量はなかなか増やせない。その容量を増やすための訓練をしようと思う」

「はい!」

 私は期待通りの言葉を聞いて、心の中でガッツポーズをした。需要に満ちた異空間収納を早いうちから教えてもらえるなんて、やっぱり教官がおじい様でよかった。普通は基礎から始めるはずだから。

 再び書類を異空間に収納したおじい様は、何も言わずに魔力を練ってみせた。しかしその速度はとてもゆっくりで隠蔽も為されていないため「私に見せて真似させる」ことが目的だと推測された。そのため私は一切の躊躇なく魔力を練る。しっかりと解読して、覚えながら。

 そうしているうちに魔法が完成した。その自覚はあるのだが、どうにも収納するものを用意していなかったので確認ができない。そんな時におじい様は小石を投げて言った。

「ほれ、これで試してみなさい」

 私は目前に迫った小石をキャッチすることなくそのまま収納する。基本的に手に触れていないと出来なさそうだが、手を覆う魔力を飛ばせば触れたものを収納出来るのではと思い試した結果だったが、その通りに上手くいった。

 次はちゃんとそのまま出すことができるかを確認する。それも問題無く発動し、手元に小石があらわれた。

 パチパチパチ……と拍手。おじい様は何やら深い笑みを刻んだ表情で、私を見つめていた。

「上出来、上出来……。それと、逆に教わりたいことができたよ」

 私はその言葉を聞いて笑顔になり、その後すぐにその表情のままに硬直してしまった。私が人生の大先輩であるおじい様の知らないことを知っているとは予想出来ないのだが。ゴクリと生唾を呑む私に、おじい様は問いかけた。

「魔法として完成された魔力を飛ばしたようだが、求めていた結果は得られたかい?」

「う、うん」

 戸惑いながらもしっかりとした返事をした。私は付け加えて、火球を飛ばす魔法なんかが存在するのだから、それくらい出来て当然なのだと思っていたことを話す。するとおじい様は幾度か頷き、それから私の頭を優しく撫でた。

「本当にお前は素晴らしい才能を持っているよ。『手に触れたものを異空間に収納する魔法』という説明に気を取られて、誰も気が付けなかったところに気が付いたのだからな」

 つまりは新発見。まだこの魔法について詳しく教わっていない初心者だからこそ気付けるような、小さな発見だった。

 特に古来から使われてきた「完成された」魔法は、研究者達にとっては研究の意味を見い出せないようなものである。彼等は遺跡や遺物から発見された未知の魔法を解明・改良する研究が主な職務なので、この魔法も放置気味にされていたのだろうと思われる。

「魔法学会に提出するの?」

 私はおじい様を見上げて問うた。私の知識の中には「新魔法や新技術を学会に提出することは利益に繋がる」というものがあった。これから冒険者稼業に力を入れるつもりの私は、もしこの技術を提出するなら方法や論文の書き方を教えてもらいたいと思っていた。

 私の意を汲み取ったおじい様は少し悩む素振りを見せ、しかし迷ってなどいなかったかのように力強く首を縦に振った。喜ぶ私におじい様は言った。

「では、容量増加の訓練の方法を教えた後、一緒に論文を書こうか。セルカの発見は確りとセルカ名義で出したいからねぇ」

「うん!ありがとう!」

 私は嬉しさのあまり、おじい様に抱きついた。森の匂いがふわりと鼻腔をくすぐり懐かしさを感じていると、おじい様の腕が優しく私を包み込んだ。「よしよし」なんて小さい子にするように頭を撫でられたけれど、そんなに悪い気はしなかった。

 しばらくそうした後に、私はおじい様から体を離すと拳を握り締めて気合いを入れ、屈託の無い笑みを浮かべた。

「よぉし、じゃあ訓練再開!!私、頑張るよ!」


 私は汗を滴らせながら魔力を練り続けていた。ひたすら同じ術式を用いて、同じことを繰り返す。前世から勉強ばかりして反復こそ学習の近道なんて言っていた私だが、こればかりは弱音を吐きたくなった。

 訓練なんて言われたしあまり知られていないような方法だと聞いたのでワクワクしていたのだが、その内容は地味であり過酷だったのだ。

 なんたって、異空間収納に何度も「空気」を収納していくだけなのだ。ほとんど量に限りがないと言っても良いので延々と量を増やしながら練習ができた。

 でも、僅かに限界を超えた収納を繰り返して許容量を増やす……なんて強引な方法だとは思わなかった。そりゃあ誰も気付かないだろうし、気付いても余程容量で困っている人以外は実践しないだろう。これ、普通にキツい。

「そろそろ終わりにしようかね」

 私の表情を見たおじい様はニコニコ笑いながら救いの手を差し伸べる。いくら魔力が多くて、異空間収納自体の消費魔力が少ないといっても、最大容量の収納を数え切れないほどすれば疲弊する。

 最後に収納していた空気の塊を出し、それによって強い風が吹いた。はじめの頃より明らかに強くなった風が、上達を示していた。


 おじい様と共に自室に帰還した私は、机に向かっていた。もちろん魔法学会に提出するための論文を書くためだ。おじい様は必要事項の記入形式や表現しにくい事象の表し方、既出の論文内容の使用時のルールなどを細かく教えてくれた。

「ここは図で表した方がわかりやすいだろう?」

「ここまでは異空間収納の論文の引用だからこう書けば……」

「一度休憩しようか……お茶を持ってくるよ」

「最後に名前をフルネームでな」

 セルカは言われた通りに、しかし自分なりの解釈や書き方で論文を完成させた。誤字脱字も確認してもらって、完璧であると褒められた。

 全ての紙ににエルヘイムの印がされていて、正式なものだと分かる。そして私の名前の下に書かれたこの大魔法使いガロフ(おじいさま)のサインは、独りよがりな内容でないことを示す。普通なら学校の教授に書いてもらうそうだが、私はまだ通い始めていないので。

 そうして出来た論文をおじい様に託して、私はバウの部屋に向かった。今日の訓練は森には入らずに「普通の弓」を引く練習をすることになっていた。才能があるからと言っても力は成人男性には余裕で負けるので、手元にあの飾り弓が無い時を想定してのことだ。

 私は軽い足取りで廊下を進む。後で異空間収納に武器や大事なものを入れておこうと思いながら。

 このときやっぱりセルカは集中せずに異空間収納という複雑な魔法を使うことが出来ることの異常さを理解していなかった。終始かいていた冷や汗を隠し通したガロフ(おじいさま)の行動は、吉と出るか凶と出るか、それは今はまだわからない。




 森の中で一際鮮やかな緑色のくせ毛が風に揺れる。その下には整った造形の顔が有り、表情は能面の如く欠落していた。男は濁った目を細めて、眼前の傀儡を見据えた。

 マジムの目の前にあったのは、土と鉱石で形成された操り人形……傀儡だった。関節部を軋ませながら木々の間を進むそれらは魔物ではなくある「神」の御使いとして送り込まれたものだった。

「余計なことはしなくていいんですけどねー?」

 明るい調子の声とは裏腹に、マジムは憎悪を隠す気もなく傀儡たちを視線で射貫く。

「僕は仮にもフレイズ様に使い魔として選ばれた者なんですから、そこらの神にも負けないくらいには強い筈なんですがー」

 その言葉は嘘ではなく、実際に彼は強かった。しかし傀儡は生み出された当初に与えられた一つの命令を遵守するだけの低級の御使い。言葉を理解することは疎か、聴覚すら持たない彼らには言葉は意味をなさなかった。

 傀儡はマジムを無視して森の出口を目指す。距離はそこまで離れておらず、十数分もすれば傀儡たちは標的に遭遇することが予測された。だからこそ止めるためにここに来たのだが。

「こんな雑魚、恐らく何の意味も無いでしょうが……楽しんでいるところに襲い掛かるつもりなのがいただけませんね」

 マジムはそう呟きながら、身体をベキボキとならす。すると変化が始まった。筋肉が盛り上がり体も巨大化し、体中に緑の毛並みが広がる。

 場所はエルヘイム領最大の資源庫である魔境・魔の森。一方的な蹂躙が始まった。

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