第143話「この感じ」
遅れました
私たちが先手を打ち声を揃えて謝ったことで、ライライは何か言おうと開きかけていた口をそのまま閉じて眉尻を下げた。それから呼吸が整うと、改めて口を開く。
「どこに行っていたんです!」
その言葉を皮切りにして、彼は次々に質問を重ねる。神殿を通り抜ける際にはぐれてから今まで何があったのか、どうやって帰ってきたのかと、根掘り葉掘り訊かれた。当然トーマの角が片方変色していることについても質問攻めにされて、私はその説明はトーマに丸投げした。
そのうち、ライライは数度伝言紙を持った虫を行き来させてから「この続きは歩きながらで」と言って私たちの背を押す。彼に導かれるままに神殿の方向へ進んで、合流することになった。
神殿に到着すると、少し離れた荒野に野営地が設営されていた。見通しが良く魔物に見つかる危険性がありそうで、風も強くテントが飛ばされそうに思えるが、見た感じだとリリアの結界がそれらを防いでいるようだ。
一人で複雑な効果の結界を維持することは難しいだろうに、と感心していると、ライライが少し声色を下げた。
「特徴的なリリアの魔力なら、二人が遠くにいても気付きやすいだろうという配慮なのです。ミコトは他人事のように見ているようですが」
彼の言うように荒野の範囲を超えて岩山地帯に入っていなければ、たしかに見つけやすい。トーマが神殿付近の情報を感知し易くなっていなければ、それに頼ったかもしれない。
素直に礼を言うと気が抜けたようで、ライライは大きくため息を吐いた。
また、神殿に着いたのは野営地からもこちらを充分に見ることができる距離になったということで、ライライが声をかけるより先に結界から妖精が飛び出してこっちに一直線に飛翔してきた。
そのままタックルするような勢いで胸に飛び込んできたリリアは、顔を私の服に押し付けてもごもごと喋る。汚されてはたまらないので鷲掴みにして引き剥がせば、彼女はとても明るい表情を見せた。
「トーマはともかく!ミコトさんが無事で安心しましたー!」
てっきり泣いているかと思ったので拍子抜けするが、手をすり抜けて空中で舞う姿を見ると「こんなもんだった」と思えてくる。妖精となり底抜けに明るくなった彼女は、これが通常運転かもしれない。
しかし、リリアの様子に脱力した私たちの目の前で風に巻き上げられた天幕の布が空を泳ぎ出すと、一気に気持ちが現実に戻された。集中力が維持出来ずに結界が分解されてしまったのだと気付いても時すでに遅し、慌てて野営地に舞い戻るリリアだったが彼女を叱るベルの声が聞こえてきた。
残された面子を考えると料理が得意な人はいないはずなので調理場の設営はされておらず、飛ばされた物は少なそうだが……ワンピースを着ていたベルにとっては風は天敵だろう。たとえ下に対策をしてあったとしても恥ずかしい。私はそう思う。
声のもとに歩いていくと、そこではベルがリリアを捕まえて両頬を指先でむにゅりと押して「反省したなら良い」と告げる……ちょうど叱り終えたタイミングだった。
先に散らばったものを片付けていたアンネに二人が加勢して、私たちも一緒にものを拾い集める。
「こんな状態で申し訳ないけど、おかえり」
アンネが毛布に付着した土をはらいながら微笑んだのを見て、私はうっすらと慣れから来るような安心感をおぼえたのだった。