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第140話「偽り削ぐ」★

 呆気なく削ぎ落とされた肉は、これまでのイスカの苦戦を見ていただけに現実味を感じられないものだった。それはイスカにとっても同じで、彼の目は見開かれる。

『っ少年!』

 訳を問い質したい衝動に突き動かされるままに声を上げるイスカだったが、焦りの滲んだ鬼神の反撃が迫り、言葉は止まる。全身を捻り豪腕をかわしたイスカは、床を転がりながら勢いで立ち上がり距離をとった。

 トーマと合流した彼はそのまま私の方……通路に退避し、私は鬼神が近寄れないようにと無数の障壁を張り巡らせた。

 突出して得意というわけでもないためどこまで耐えられるかは不明だが、二人はこちらの技量を疑わない。出来る限りの協力で応えるしかないだろう!

 イスカは魔剣にどろりと付着した濁った血液を振り払いながら訊く。

『少年、何故斬り方がわかった?』

「わかったというより推測だけど……力任せにしても、一点突破の魔法を叩きつけても()()()()みたいだっただろ」

 玉座の付近よりこちらに近寄れない様子の鬼神が棍棒で結界を殴りつけ、轟音が鳴り響く。薄く張った氷膜を踏み割るような音が混ざっていた。

「恐らく、あの緑鬼は特性として強い反発力を備えている」



挿絵(By みてみん)



 聞く限り、その仮定は妥当だろう。イスカの剣技は筋力に頼った無茶苦茶なものだから反発力がはたらきやすく、礫や矢なども同様に効きにくかったのだ。一部の魔法は無効だった訳ではなく、弾かれたと考えるべきだ。

 私は納得して頷くが、言葉は発せられなかった。脳筋タイプなのだろう、まだ理解できていないイスカはトーマに質問を重ねていて、その間にもまた一歩鬼神との距離が近付く。

『なるほど』

 しばらくして疑問を解消したイスカは、やや呆れた表情のトーマと共に再び鬼神に向き直る。

『少年は私よりもずぅっと賢いな』

 そう呟き先に通路を飛び出したのはイスカ。彼は障壁を走り抜けると鬼神の背後に回り、振り返る相手の勢いを利用して上腕部の肉を削ぐ。切り口はがたがたで下手くそな芋の皮剥きのような有様だが、だからこその強烈な痛みに恨み言を叫ぶ声がした。

 これに対してトーマの剣筋は先程までと変わらず、いつもの調子を崩さずに切りつける。鬼神は体が大きいゆえに動作のひとつひとつが物理障壁に阻害されて立ち回りが不安定だ。

 私はこのまま妨害することにして、二人の様子をうかがった。


 イスカが度々トーマに指示を送り連携が確立していく。勢いづいたイスカは肉を削ぎ落とすにとどまらず、喰らいつき引き千切る。肉だけでなく神力を喰らっているようで、時間が経つとともに力関係が明らかに変わっていた。

  鬼神から溢れ出るヘドロのような神力はイスカの喉を通ると透き通った輝きを放ち、()()()姿()()()()()のだと思わされる。

 そして、同等だった力の均衡が僅かに崩れイスカに大きく傾いたとき。

『ふざけるなふざけるなふざけるなアアァァァ…………ッ!!』

 遂に私の作り出した結界すら壊すことができなくなった鬼神は身動きが取れなくなり、口ばかりが元気に回る。言葉を発するのみで首も微塵も動かせない彼は最早挽回の機会さえ失った。

 そうなるとイスカはトーマを戦線から離脱させ、自身の手に持っていた魔剣をトーマに受け渡した。トーマの手には二振りの魔剣イヴァ。狼狽える彼の手の中でイスカが持っていた方の剣が溶けるようにして消え失せた。

 イスカは素手、服装は布を巻き付けたのみで先程までの戦闘によって一部が切り裂かれている。そのまま三メートル程度の背丈をもつ鬼神に肩車をするように乗った彼は、太い首に脚をかけ、闘牛のような角を取手代わりに握りしめて……思い切り緑鬼の首を捻った。

 ごりゅ、と嫌な音が響き私は視線を背ける。おかしな方向に曲げられた鬼の首は完全に脱力し、宿っていた微かな神力もイスカの肌に吸い込まれるようにして喪われた。

 イスカの合図に従って全ての障壁を取り除けば死体がその場に投げ出されるかたちとなる。横たわる鬼神だったものの頭部の傍らにしゃがみこんだ彼は、苦渋に歪む死に顔を覗き込むと、額の中央に位置する唯一の青い角を掴んだ。

『返してもらう』

 そう言って手首を捻りながら引き抜いた角は根元だけ少し翠に染まりかけていたが、イスカが付着した血液を舐め取ると透明感のある蒼色になる。それはイスカの肌に限りなく近い色合いだった。

 そしてイスカは蒼い(ツノ)に喰らいつき、砕き、咀嚼して呑み込んだ。彼の口内は角の破片で傷付き血にまみれていたが、それを気にする様子はなかった。

 彼は立ち上がると、無言のまま天井を見上げた。豪奢なシャンデリアは視線に射貫かれると散り、キラキラと輝く粉となった。イスカに視線を戻せば、彼の角は生え揃っている。

 鬼神の力を取り戻し神殿の主たる権限を滞りなく引き継いだイスカは、死体を床に沈める。死体周辺の床が粘性の高い液体のような動きをしてゆっくりと緑の肌を視界から消していくのを見届けて、トーマが口を開いた。

「イヴァ……」

 魔剣を利き手に持ったまま、彼はイスカに歩み寄った。トーマの長い前髪が汗で額に張り付いていた。

 力強さを感じさせる肉体なのにも拘わらず、私の目に映るイスカは言葉の通り透き通るような……幻のような不安定さを見せる。トーマも同様の感想を抱いたらしい。

 息を飲んで見守っていると、イスカはトーマが手の届く距離に来ると彼の頭に手を置いた。

『…………で、だ』

 頭に手を置かれたトーマは表情こそ動かなかったものの、呼吸を詰まらせて動揺を見せる。イスカは仏頂面の彼を見て歯を見せて笑んだ。

『どうして私が少年のもとに現れたか、だったな』

 イスカはトーマの頭をぐしゃぐしゃに掻き回し、無抵抗でされるがままになっているのが心底面白いとでもいうように目を細め続ける。

『まあその剣を持っていたからなんだが、詳細は後々わかるから話さない』

「あ、あぁ」

『次に……血魔法について教えるという約束は。これもあとでわかる』

 そこまで告げるとイスカは手を下ろした。

『私は淘汰され、彷徨った果てに()()()()()()顕現したわけだが、何をしようと一度堕とされた身。もう神格は得られない』

 理解ができないのか返答もしないトーマだったが、私は見当がついてしまい額に手を当てる。完全に私が眠りこけていた頃のセルカの記憶だったからこそ失念していた事柄を思い出した。

「トーマ、鑑定を」

 私が呼びかけると呆然としていた彼も弾かれるように顔を上げ、技能を発動させた。精度こそ低いが本人が隠す気もないためにイスカの情報は滞りなく彼に開示されただろう。



 魔剣イヴァ

 漆黒の鬼神イスカ・ヴァーサルが神格を奪われて逃げ延びた成れの果て。神格を得た際に賜った名の大半を喪い、魔物となる。その後大悪魔アルステラの手で屠られ、そのさらに残骸が迷宮の宝物(ほうもつ)に宿ったもの。鬼の血が流れる所有者を待ち望んでいた。一度だけ短い間その元の肉体を物質化して神格を奪う能力を発動できる。

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