第137話「妙な話だ」
鬼神に言われるがままに、私は長い通路に来ていた。物凄く従いたくないような相手だったし、正直二度とここに来たくないと思うほど気に入らない態度だったが、セルカの当初の目的を代行している私が独断できる内容ではないから仕方ない。
最近の神はこのような程度の者でもなれるのか。それならセルカでも……もっと言えば神位を受け取ればトーマでも充分務まるだろう。人格を考えれば、寧ろ今の鬼神より彼の方が適任だとさえ思う。
私のもやもやとした感情を受け取っている従魔二匹も少し落ち着かない様子を見せているが、アルトは特にしきりに耳をばたつかせて苛立っているようだった。それが私の感情に影響されてなのか、鬼神の態度を嫌ってなのかはわからないが。
聞いた話ではこの先に進めばかち合うだろうとのことだったが、そこそこ広い通路の先には闇が広がるばかりで本当に神敵とやらがいるのかもあやしい。
暗視魔法に頼らなければならないうえに曲がりくねっている。上り下りの坂になっている。鬼神の間とは全く違う雰囲気の内装。歩き続けてそろそろうんざりしてきた頃に、変化があった。
そこまで感知の範囲は広くないのに、トーマの魔力が感じられたのだ。だが、別の何かがすぐ横にいた。その上、ソレは神力を纏ってトーマと共に動いている。高密度の神力からわかるのはその存在が鬼神に迫る実力を持つということ。
「……これが?」
私は思わず歩みを止めてじっくりとその神気を確かめた。これが神敵なら、トーマは何をしている?囚われてはいない。距離が近い。そして、そもそも私は勝てるのか。
鬼神は元より私の頼みを聞く気がなかったのかと思えるほどの戦力差を感じた。たかが現人神の私に正真正銘の神に近いものを倒せだなんて、気は確かか。
一度意識してしまうともう、ただその存在感の強さに呆然とした。確実に近付いていた。確実に、私の元に。
流石に私の様子がおかしいことに気がついたアルトが訊いてくるので真実をありのままに告げれば、当然信じがたいため彼は「正気?」と薄い笑いを浮かべた。黒助にだって異常さはわかるのだろう、普段はふわふわとしている毛を硬く逆立てている。
そして、ああ、見えてしまう。
「トーマ」
暗視の範囲に入ったばかりの彼らからは私が見えないようで、まだ魔剣に手を添えて警戒をするだけだった。トーマの隣を歩く者がこちらの気配に反応して彼に声をかけているのは、それだけ打ち解けているからか。
悪い方向にばかり向かう思考を抑え私も弓を構えて戦闘態勢を整えるが、相手の姿がはっきりと見えるようになった途端、息が詰まるように感じた。そろそろ相手からも見えるだろうが、咄嗟に女神の天弓を異空間収納に放り込む。
無手になった私は警戒はしながらも敵対意志がないことを示すように魔法の準備ひとつせずに二人と対面する。
当たり前に、視界に私をおさめたトーマは目を驚愕に見開くと足を止める。しかし彼は魔力や神力から私が本人だと悟ると横の人物を手で制して剣を下ろした。
すかさず私は口を開く。
「何故、いつの間にあんなクソに明け渡していたんですか」
私はトーマの横で布一枚で身を包んでいる男に問うた。男は長い白髪を揺らし、青い肌に灯火を反射させて肉体美を晒していた。肌色や片方の角が折れているのは記憶と異なるが、私はミコトとして、現人神として彼を見たことがある……。
私の問にずうっと前の鬼神は答える。
『調子づいてたババアが。いつの間に若返っていたのか』
面白がるような目が向けられて、萎縮する。最早黒歴史となった現人神時代、そして隠居していた時に顔を合わせた思い出が甦った。
「反省しましたから」
苦々しい思いで応えると、彼は大きく頷いた。




