第136話「神頼み?」
光を出して何か魔物や鬼なんかを寄せ付けると良くないため、私は自分と従魔二匹に暗視の魔法をかける。通路の壁には燭台のようなものが等間隔で設置されていたが、火がつく気配はなかった。きっと鬼火用なのだ。
アルトは歩くうちに自らの蹄の音が響くのを気にして獣人形態をとると、後ろで呟いた。
「ご主人様……お腹空いた」
見れば彼はわざとらしくお腹をさすっていて、しかし黒助もそれに賛同するように隣で震えていた。従魔の主食は魔力だったかと記憶から手繰り寄せた私は、随分とあげていなかったなと反省する。
私の神力と魔力とで変質していないかな。手元に集約させた神力を適当に氷の粒に込めて飴玉のように成形すると、それをどんどんと作って手頃な革袋にまとめていく。
それが袋二つ分貯まってから、それを投げ渡す。不思議そうに飴玉を眺める彼らに向けて、私は口を開いた。
「今まずひとつ食べてみて。一応私の神力で作られてるから」
食べるように促すと、アルトは躊躇いなく口に放り込んだ。続けて革袋をもふもふの毛の中にめり込ませるようにして持っていた黒助は袋を揺すって玉をひとつ落とす。そして地面に落ちるかと思われた飴玉の下に素早く割り込むと、それを大口開けて食らった。
鋭い歯が無数に並んでいる口内を目の当たりにした私は毛が逆立つような感覚を味わい、それから二人の反応をうかがった。……口角が上がっている。
「問題なければ進むよ?」
声をかけて前に進み出ると、彼らは何も言わずについてくる。まあ、そうか。
「合格」
もごつきながら飴の感想を言う声に、ちょっと笑う。基本的に二匹は一緒に行動してもらっているので、黒助のぶんもアルトが持つようだ。
そのまま通路を進むと、半刻もしないうちに真っ暗な広間に出てきた。広間といっても先程ののっぺらぼうや小鬼が出た場所とは似ても似つかない。
向こうは剥き出しの岩肌に凹凸の激しい地面の組み合わせから自然にできた空洞を利用したかのようだったが、ここは明らかに人工的で床は反射で私の姿が映り込むまでに磨かれている。美麗な装飾品や調度品、天井は暗視の効果が届かない高さであるが絢爛豪華なシャンデリアが垂れていた。
唐突に現れた神々しさとは程遠くいやらしくすら思える金のかかった空間に、面食らう。他の廊下などと比べても明らかに浮いているこの場は、塵一つなく新設されたばかりのようだ。雰囲気も時代も異なっているのだ。
違和感を拭いきれずまた幻影ではないかと身構えていると、不意に耳の奥に響くような声がした。
『ようこそいらっしゃった。現人神よ』
その言葉を脳内で噛み砕いたと同時に、広間が光で満たされる。シャンデリアは直視すれば目の奥を刺すような痛みが走るほどに眩く、華美な燭台やランプは近くの宝飾品を照りつける。
暗視を解除して暫くすると目がしぱしぱしているものの視界は確保された。それまでの隙だらけの私たちに危害を加えなかった声の主はまだ友好的ともいえる。
『用があって来たのだろう』
そこにいたのは、黄金に輝く玉座にもたれかかるようにして腰掛けている、鬼人族よりも魔物の巨鬼に近い外見をした翠色の鬼だった。
筋骨隆々、濁った黄色に黒い瞳が浮かび、角は三本、そのうちひとつ……額の中央に位置するものは青の混ざったような色をしていて真っ直ぐに伸びている。逆にほか二つは肌と似通った色彩に闘牛のような形状だった。
感想を正直に告げるなら、禍々しいといえる。また、神というよりは悪鬼羅刹を想起させる。しかしその尊大な物言いと、何よりその身を包む神力から彼がこの神殿の主だと知れる。
「用、は……」
私は求められるままに自身の望みを口にした。単に大海神や獣神の側に味方してほしいというだけだが、本能的に恐怖し警戒してしまうために舌が鈍くなっていた。
鬼神は私の要望を聞き届けると数度深く頷き、牙の並んだ口元を歪めて笑った。
『ほう、ほう。よかろう、よかろう』
彼は目を細め、顎を撫でる。そして私が安堵の息をつきかけたのを遮るように吠えた。
『ただし!条件をつけよう』
どきりとして、喉が軽く鳴った。
『悪心者がタイミング良くここを目指している。お前たちで排除できたなら、助力しよう』
豪快に笑う鬼神は、こちらの事情を聞いて云々というよりも面白そうだということを気にしていそうだった。悪心者とやらの強さも何も教えられず、確約出来るかも不安だが……拒否した先に何が起こるかがわからない。
ここでこの鬼神の機嫌を損ねるのは善策ではないだろうと、不満を飲んで首を振った。もちろん、縦に。