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第135話「天弓と神力」

 犬歯を剥いて笑うイヴァを見て、トーマはつくづく自身とはかけ離れた存在だと感じた。ただひとり状況を把握している彼からするとイヴァの尊大な態度や口上も、その異常なまでの力さえ『イヴァだから』で済まされる。

 体慣らしのために何度も剣を交わした結果、彼の利き手はじんわりとした鈍い感覚に薄く覆われている。暗くても大半を魔力で構成した彼の身体は目視可能であったが、視覚よりも手の痺れが彼との出会いを印象づけていた。

 暗闇となった通路にあっても迷いなく動くイヴァとは違って光を必要とするトーマは、刀身に魔力と炎を巡らせる。魔剣からイヴァの意識が外に出たことで補助能力は低下していたが、その一連の流れに淀みはない。

 視界が確保されたことで再びはっきりとイヴァの姿を目にしたトーマは、緩く布を纏った相棒を見て目を細めると、目を離した隙に闇に溶けてしまいそうな蒼を追いかけた。




 時間が経てば経つほどに、私の要塞は強くなる。セルカの知識と(ミコト)の実力があれば、幾ら数がいるとしても氷上に適さない魔物相手ならば後れを取るはずはなかったのだ。

 氷魔法を選択したのが功を奏したか、軟弱な炎で着飾った小鬼たちは尽くが床に這いつくばり、その足下には表面の薄らと融けて滑りやすくなった氷の地面がある。なんにせよ、相性の問題だった。

 そうやって動けなくなった小鬼たちは私が射抜き、近いものは神力の糸で引き寄せて黒助の経験値にするくらいには余裕がある。

 ただひとつの不安要素は、やはり総大将と思しきのっぺらぼうが未だ何も変化を見せていないことか。手が空き次第属性魔法を込めた矢を飛ばしているが、衝撃で後退することもなく、それこそ微動だにしないといった風である。

 のっぺらぼうは反応しないどころか配下を生み出すといった能力も扱わないようで立ち尽くすのみに見えたが、それが見せかけである可能性も考慮して、近寄る選択肢は後ろに蹴った。

 小鬼は数を減らすばかりで、次々と消えていく。アルトは彼らを幻影で翻弄し、私の砦に近寄ることさえ遅らせる。たまに一匹だけ独走させては黒助に餌にしている。のっぺらぼうは動かない。それが本当に不気味だった。

 とうとう最後の矢が放たれる。神力と魔力とで構成されたそれは、微かに曲線を描いて小鬼の側頭部に吸い込まれた。

「……結局」

 のっぺらぼうは、動かなかった。しかし口がないのに息遣いや獣のような鳴き声は度々聞こえてきて、その度に上半身を揺らす。

 私は試しに一度、神力のみで魔法を使ってみる。敵はそれには反応しない。だが、私が神力に混ぜ織り込んで使っていた純粋な魔力で氷矢を創り出すと、それを完成させた途端にのっぺらぼうはこちらを向いた。

 ゾッとしてその矢を最も遠い壁面に向けて射出すると、のっぺらぼうの注意は矢を追って、彼は壁に突き刺さったそれに飛びかかると馬鹿にならない力で殴りつけ、叩き、砕く。

「う……わ」

 もし私がごく普通の一般的な魔導師であれば、どれほど苦戦していたか。明らかに私の素の能力値では逃げ切ることができない速さだった。

 おそらく、のっぺらぼうは魔力に反応する。それがわかれば簡単だった。

 何故アルトの魔法に反応しないのかはわからないが、一応アルトや黒助は魔物の括りに含まれる種族なので、それが理由と考えるのが自然だろうか。

 兎も角、なるべく近寄らないべきだというのは正しかった。どれくらいの感知範囲だとしても流石にゼロ距離になれば、飛び退くより先に反撃されかねない。のっぺらぼうに関しては従魔の手助けは悪手かもしれない。

 囮用に幾つか魔力を飛ばし、それを愚直に追いかけるその背中を射る。痛みに鈍いのか余程魔力に執着しているのか、のっぺらぼうはこちらを気にする素振りを見せなかった。

 そのまま何度も女神の天弓で矢を放つが、消費神力の少なさは魅力的だが貫通力に秀でているためか純粋な威力に欠けているように思えた。まだ慣れていない天弓だからと込める術式は簡易なものにしていたが、そろそろ良い頃ではないか。

 アルトが支援魔法を継ぎ足すと、私はこれが最後の一撃となるように魔法を構築する。氷属性で、かつセルカの構想を補足し完成させたとっても()()な術式だ。勿論構成要素は神力だけで、事前に感知されて回避されることもないようにしてある。

 従魔たちが後ろに退避したのを背中で感じると、強大な神力が形作る矢を解放した。澄んだ青空のような色が薄明かりの広間を切り裂いて、顔のない怪物に襲いかかる。のっぺらぼうはそれに気付くことなく貫かれ、着弾点を中心に凍っていく。

「ちゃんと術式どおり……できたね」

 のっぺらぼうの体は、半ば程まで正八面体に近い形の氷に包まれていた。もっと神々しい形状も作れそうだけど、咄嗟にだったからこれが限界!時間があるときに最高にかっこいい凍り方をするように術式を考えよう。

 結局、アルトの願いは天に通じたようで私には擦り傷ひとつないまま戦闘が終わり、静寂がやってくる。振り向くと、ふたつのもふもふがこちらにとびこんできた。

 黒助はレベルが上がったからか、ひとまわりかふたまわりほど大きくなっているようにも感じられる。

 しっかりのっぺらぼうが息絶えていることを確かめると、私は砦の植物たちを操作して出口をつくり、その遺骸を回収する。その後明かりのない通路に向かって歩みを進めた。

まだ少し、短いお話が続きます

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