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第134話「ここは獄」

 広間からのびるたったひとつの通路は、いつ大きな鬼が現れてもおかしくない、幅も高さも十分に確保された空間があった。鬼火による導きもなく暗いだけに、不気味な様相である。

 通路内の壁などに最低限の装飾に加えて彫られた文字のようなものはトーマにも読めないのだろう、彼の目はその並びを一瞥したもののすぐに視線を離してしまった。

 魔剣はうんともすんとも反応しないが、光源が他に無いだけ仄かに輝いているのがわかった。

「……何度か奴隷商から逃げたとき、居場所がバレているとは知らずに多くの集落を巻き込んだ」

 トーマの語りは、相槌の間すらなく続く。

「商館でセルカ様に会わせた痩せぎすの者たちは、そのときにを助けてくれた人達だ。窃盗犯として彼らの雇った傭兵に捕らえられた」

 炎魔法を使えるというのに、トーマは暗いままの道を進む。

「あれから会っていない。今の、背も伸びて肉も付いて、奴隷の立場から抜けることができた俺を知ったらどう思うだろうな」

 トーマは奴隷の鬼人を両親として持ち、生まれた頃より知らなかった普通の外の世界を知りたくて逃亡したと語る。そのまま、誰かに向けて言葉を紡いでいく。

「肉体労働に適した鬼人なのにヒョロかったのは、その罰のせいだ。安い値で買い叩かれたのは、有用でないと判断されたからだ」

 剣は光を弱め、周囲が急に見えにくくなったことでトーマは歩みを遅くした。そして通路の真ん中で立ち止まると、今度は明確に魔剣に向けて言葉を発した。

「なあ、イヴァ。そろそろじゃないか」

 魔剣は光を生むのを完全に止めた。それから内包する膨大な魔力を少しずつ溢れさせると、かつて刀身を伸ばしたときのように液体のように動く魔力を固め、人のかたちを造っていった。

 その人型は半透明ではあるが触れることはできるようで、トーマが手を伸ばすと透けることなく肩に当たった手が止まった。その間にも細かい造形が完成されていき、気付けばそこには闇にぼんやりと浮かび上がるような青い鬼が立っていた。

 体格は鍛えたトーマよりもがっちりとしており、しなやかさよりも力強さを感じさせる。身体中に傷痕が残るのは彼の生活がいかに過酷だったかを示していた。角はひとつ、(つい)の片方を失ったのか額の右側にだけ生えている。

 髪は白。長さはまちまちではあるものの荒れてはおらず、余程元の質が良いのか手入れに念を入れているのかと推測される。最も長い部分では腰にまで到達していた。

 それで何故男だと判別できたかは、明白だった。彼は服や布類を一切纏わず、その立派な肉体とを闇の中で晒していたからだ。

 半透明の肉体の輪郭が安定してくると、トーマはその男の状態に目を剥き、それから瞠目して天を仰ぐと深く溜息をつき、野営用の幕を相手に被せた。装備品もサイズが違うので、それを服代わりにしろということだろう。

 どうにかして男が幕を着こなした頃、トーマは抜け殻となった魔剣を見ていた。魔剣に秘められていた膨大な魔力は男を形成するのにほとんど使い切られて、残されたのは美しい剣。特性は残存しているが、意志とそれによる補助が無くなった今、この(つるぎ)は血魔法の媒体に成りうるか。

 トーマは何度かその場で魔剣を振り感覚を確かめるが、その手つきに危うさはない。鋭く空を切る音、素振りはすぐに止まる。しかし確認は継続されていたようで、そのまま彼は右手の小指を強く噛み切ると、血魔法を構築していく。

 容易に作り出された血と魔力の刃はさほど集中力を要していないのか、トーマは剣を薙ぎながら男に語りかけた。

「調子はどうだ、口は動かせるか。血魔法はどうだ、約束通り教えてくれるんだろうな」

『非常に安定している。貴様の要望通りにしよう』

 トーマはその男の声を初めて聴くはずだが、驚くこともなかった。男はいつの間にか手にした()()を構え、トーマの素振りに乱入した。流れるように打ち合いが始まった。剣筋はまるで違うが、互いの攻撃には遠慮がない。淀みなく宙を滑る魔剣が相手を傷つけてしまう、殺してしまう可能性への恐れが見られなかった。二人は以前会話したことのある旧縁のように、長い仲のように、信頼関係を持っているようだ。

『ああ、素晴らしい。貴様は幸せ者だ。私は貴様の足りないものを持っている』

 魔剣と魔剣が噛み合って、鍔迫り合いになる。男はトーマが見せることのないような恍惚とした表情を浮かべていた。トーマの中では御法度となっている暴走に近いような、それでも自失せず己を制する色が見える。

 男はトーマの剣をこう評価した。

 気配を殺し不意打ちすることを前提に置いた身体運びが基盤となっているが剣自体は攻防を切り替えながら闘う完全なる前衛職。師匠(ロウェン)の癖を受け継ぎ、学院で学んだ主流派の動きも汲み、しかし卑怯な手も出し惜しまない。ただ全ては冷静さの下にある。

『折角鬼人族に、紅蓮の一族に生まれたのに力ではなく技を極めるとは、稀なことだ!』

 男はトーマの剣を弾くとそのまま後退、剣を下ろした。男の剣技は彼の言うように、技よりも力に注力したようだった。筋力と瞬発力で隙を減らし、技の速さに追い付く……半端な膂力じゃあ、成し得ない。

 向き合う二人の手にある剣は、同じだ。どちらも魔剣イヴァ。極黒鬼イヴァの先にあった剣だ。

『共に奪い返そうじゃないか、少年!貴様の望みも叶えてやろう!』

 男の名はイヴァ。

『くどいようだが、私の名はイヴァ!理由(ワケ)あって鬼神を殺す予定だ!』

「賎しい生まれ同士、頑張ろうか」

 トーマはアルステラに感謝していた。同時に淋しくもあった。この魔剣を手にしたことで、今、セルカのために尽くせる手段が生まれている。そして、結局ミコトの神力による助けを貰わないままに()()()()()()()

 三人の予定が一人減ってしまったが、トーマはできる気がしていた。なんたってイヴァがいるのだから。

2月の終わり頃まで、入学試験の関係で文量がおよそ1000から3000の間を彷徨います。

それが終われば結果にかかわらず、元の文量に戻る予定ですので、どうぞ今後ともよろしくお願いします。

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