第130話「本領発揮」
翌朝、早朝、なるべく匂いの拡がらない料理を選んで手早く食事を済ませた私たちは、彼らが何を与えられれば喜ぶかを心得ているため、少量の乾物とクズ魔石何十個ぶんかにはなるであろうサイズの魔石を家屋内に残して外に出た。
集落内には何人か活動している者はいたが食事はやはり皆が起き揃ってから。匂いで起こしてしまうようなことにならなくてよかった。
ステラには家にお礼の品を届けておくように伝わっているはずなので、今置いてきた品々が先に見付かってしまわないようにしなければならない。昨日の親切な黒鬼たちが起こしに来るよりも先に起きる必要があった。
そして集落内の水場に水を張り、顔を洗う。順番はばらばらになってしまったがそのまま朝の習慣をひと通り終わらせると、作業をしていた男衆が水を求めにやってくる。
「おお、お客さんがいたのか」
「水嵩を増してくれたんだな。ハイエルフからの施しなんて、景気の良い」
朝から元気だなぁと感心するほど、彼らは気さくに話し続ける。はじめは嫌味かとも思ったがそこまで考えずに発言しているようで、細かいことは気にするだけ無駄なのだろうとわかる。服を着たまま水を浴びるさまは野生的に映る。
「夜のうちに来たのかい、朝早くご苦労さま」
次々と人が増えてきて水場を囲むので、そろそろと返答しながらその場を離れると、ちょうどこちらに歩いて向かう見知った顔をみつけた。寝起きのようで髪も服も乱れているので、これから準備があるのだろうから挨拶だけにしておこう。
「おはようございます。今日は案内、よろしくお願いします」
「こちらこそ!よろしくな」
男たちは手ぐしなんかしてどうにか取り繕うとするが、気にしなくて良いと笑うと照れたように頭を搔く。彼らの水場に向かう背を見届けてから、私は起き始めた女たちの元に寄る。トーマとリリアだけはついてくるが、他の面子はそれぞれの鍛錬などをするようだ。
「すみません、これから朝食の準備ですか?」
声をかけると、きっちりとひとつに結わえた髪を揺らし、女性が答える。
「ええ、そうね」
その手元にある食材は豊富とは言えず、そもそも葉野菜などの消費期限の短いものは行商と逢ったすぐくらいしか手に入ることがないのだろう、乾物も私たちの持っているものより保存に重きを置いたようなカチカチなものばかり。
少し悩んでから幾つか箱を出していくと、怪訝な顔で見られる。そういえばこの集落にいるほとんどの鬼人族には紹介されていないから仕方ないのだろうが、できるだけ気にしない風で箱の中身を見せた。
「ここに来る際に持たされた野菜や生肉が絶対に使い切れない量で、腐らせてしまいそうで、困っています。追加もありましたし」
そう言っておそるおそる隠れ鬼と思われる魔物のブロック肉を出して見せる。ほとんどは燃やしてしまったので量は少ない。
それでも反応は変わった。女性たちは「あらあら」と微笑む。一瞬、咎められるかと身構えるが、彼女らは顔に凄絶な笑みを浮かべて私に目線を合わせるようにしゃがみこんだ。
「お客さん、いいのかい?」
実際余っている食材だが、私の異空間収納の容量を知らない人からは全食料を引き出したように見えるのだろう、確認された。私はころころと笑い、数歩下がって馬車を引き出して見せる。
当然予想もしていなかった黒鬼たちは驚愕するが、目の前のお姉さま方は納得してくれたようだ。私たちはもう食べたので、是非、集落の皆と、特に案内役を買って出てくれた鬼人に振舞ってほしい。
馬車を片付けて、食材を運び始めた鬼人たちに続いた。手伝いします!
調理を手助けした甲斐あって、案内組用の朝食を多め、早めに提供してもらうことができた。量の限られた隠れ鬼の肉は特に、彼らへの優遇といえるだろう。肉は食べてみたけど、美味しかった。人型だったからと燃やしてしまったことが悔やまれる。
私たちのために早く起床した彼らは事前に食事時間の指定を頼むのも忘れていたので、感謝された。その食事中には私はリリアと一緒に魔法の訓練を、トーマは見つからないように細心の注意を払いながら血魔法の練習をした。準備を終えた案内役たちが集った頃には、良い感じに体が温まっている。
全員集合できたことを確認すると、まず広域にわたって切り拓かれた集落の土地から道に出る。来るときも通った道だがやはりその道幅は私たちの馬車を引くには足りないし、歩くしかないようだ。
幾つか分かれ道があるというので帰りのために道順をしっかり書き取らなければならない。
そう考えて羊皮紙を取り出したものの、その手、腕には学院長から貰った腕輪。さて、その機能を思い出してみてほしい。セルカの記憶に拠れば、地図をホログラムのように宙に描き出してくれるのだ。利用できないか?
私はすぐに腕輪に神力を通して起動させると、目の前に広がるメニューを見て思わず「わあ」と声を漏らす。鬼たちは怪訝そうに見てくるが、仕方がない。鑑定技能をほとんど扱えない私にとって、こんなゲームのような表示は無縁のものだったはずなのだ!憧れのチートは経験したが、またひと味違う嬉しさがあった。
私は胸が高鳴るのを自覚しながら半透明の操作画面を流し見る。待っている皆には悪いが、確認させてほしい。きっとすぐに終わる。
そう高を括り、腕輪の中身に干渉する。転生すらやり遂げた私に既存の魔道具を改造することなど造作もない。幸い魔術式の容量も余剰があったようで、その隙間に探索魔法、それから得た地理情報を可視化した魔力を用いて表現するための魔法構造を書き込んだ。神力を魔力に変換する機構も捩じ込もうかと思ったが、先程私が腕輪に流したのは神力だ。即ち、変換はいらない。
その作業はおおよそ十六秒の間に滞りなく完了された。顔を上げるとトーマから何をしていたかと質問されるが、いいから見ててよと腕を前に出した。
音もなく現れた平面図は、集落、建造物、動いている点、水場、現在位置などが描かれていて、表示範囲は少ないものの精度が高いことがわかる。全員に見えるようにと意識して表示させたので皆の目にもしっかりと映ったようだ。
「神殿にはどれくらいいるかわからないから、帰り道のマッピングをしようと思ってね」
地図情報の登録と表示だけができていた腕輪。拡大縮小はできても現在位置の表示されない不便仕様。現代っ子だった私には改造後の方がそだしみが持てる!
それを聞いて真っ先に反応したのはベルだった。その次にライライとトーマが感心したように声を出し、他の面子はあまりピンと来ていない様子。もっと反応が欲しい。
「言ったでしょ、私の功績……言ってなかったっけ?」
私は途中まで言ってから、はたと首を傾げる。現人神として降臨したことは告げていたと思うが、もしかしてその間に何をしたかの詳細は説明していなかっただろうかと。
代表するように大きく頷いたライライ。私はひとつ咳払いをしてから、笑む。
「教会のアレ、解析して量産したのは私だよ」
みなの反応は、今度こそ私の理想に近いものだった。リリアなんかは大声で叫びかけて、それから朝早いことを思い出して口を塞いでいる。黒鬼たちは何のことかわからないだろうが、私が凄いことくらいは理解出来たと思う。
「魔法、魔道具関連は特に、自信あるよ」
腰に手を当て、自身の笑みが深まるのを知覚しながら少なからず尊敬の念を含んだ視線を受ける。魔道具に長けた現人神の遺物を他の技術の現人神が再現するのは、私以外にはほぼ例がない。魔道具の知識や技術は神から賜ったものじゃなく、私の努力の証なのだ。
「すっ、すごい」
ベルが私の目の前でか弱い声を出した。魔法の修練を欠かさず、幼女守護団の中でも最も魔法に関心のある彼女の瞳は、わかりやすく輝いていた。
「そ、そうだ……。ミコトは魔法の……私はなんてことを忘れていたんだ」
「うんうん」
彼女はなかなか動く気配もなかったため、アンネに回収を頼んだ。私は彼女らの横にアルトを召喚して、行きの行程と同様に体力のないベルには騎乗してもらうとする。
「ほら、もう行かなきゃ!」
私が促すと、リリアが周囲を一巡してから私の肩に腰を下ろす。反対側には黒助がいるが、リリアに引かれて抱き枕にされてしまったようだ。
そのまま、出発。
地図が正しく動作しているのを確認し終えてから、歩き出す。見る限り大きな障害物もない通路は歩きやすく、思ったよりも早く着くかもしれない。整備されているおかげで迷わず行けるのはとてもありがたい!