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第129話「黒」

畑は今後どうなるかわからないが、今のところは完成となる。周辺地理に詳しくないので河川などの水場がどの程度離れているかも知らないが、わざわざ畑として良い場所を伝えてくれたということは難のある土地ではないのだと信じたい。

ジャガイモ自体もそこまで世話は大変じゃないと思うので、水魔法をある程度扱える人がいれば大丈夫そう?

ライライの虫たちはほとんどの本性が魔物だが、数少なく見習い時に練習として捕獲していた本物の虫をこの際放出してしまおうとのことでこの土地に置いていくことになった。それを抜きにしてもやはり数え切れない程の従魔(ムシ)がいるため、戦力の低下とは思わなくて良い。

そうして畑作りを終えて集落の人通りが多い方へ戻ると、帰還を待ちわびていた様子のクーラナーガとその隣の護衛らしき大男が向こうから寄ってきた。対戦があったものの畑をつくるという言葉からは想像出来ない早さで仕事を終えたはずだったが、もしかして彼女らはずっと待っているつもりだったのだろうか。

「土地はどうにかなったかな、ミコト」

早すぎる、などという転生モノ定番のリアクションはなく、ただ終わったかを訊かれた。規格外の存在が転生でなくとも常識内で存在するのだから、実際はそこまで驚くことはないのだろう。ちょっと残念。

「種芋を置いていくから活用してください。くれぐれも食べないように」

私は両手で抱えるほどの布袋に八分詰まった種芋をまるごと手渡す。セルカが死蔵し記憶からも追いやられていたものは他にもある。

「あとはこれ……行商と逢うことがあれば物々交換がしやすいかもしれません」

こちらは少ないが、魔石だ。魔物を屠る度に溜まってはいたものの、小さいものはほとんど使わないし討伐証明として要求されるのはツノなどの部位だから、全くといって良い程必要ない。

ただ魔力に自信のない商人や冒険者にとっては貴重な燃料となり得るので、特にこのような辺境やその近辺で活動する者にとってはなかなか嬉しい品ではなかろうか。実際、実家でも洗面台などの細かな照明器具にはクズ魔石を使っていた。

小さな麻袋二つ分、そこまで多くない量だが、鬼人たちは魔道具を持ち歩いてでもいたのかそれを見ると歓喜する。いつの間にか注目を浴びていたことよりも、仕事の早さに驚かれず魔石を贈与して大きな反応をされたことが意外だ!

クーラナーガを見ると、彼女は芋の入った袋を肩に担ぐと空いた手で魔石を大切そうに受け取る。そして何度か言葉を交わすと、足早に自身の家へ引き上げていった。

程なくして、その建造物内から濃い魔力が漂ってくる。同時に空の色が僅かに蒼を深めた。なんだろうと神力で瞳を強化して見てみると、どうやら青鬼の集落を包むように結界を生成したようだった。

そんな大掛かりな魔術に必要なほどの魔石量ではなかったはずだと首を傾げると、トーマが耳の後ろで囁いた。

「血魔法の媒体に必要たったのかもしれないな」

血魔法、つまり族長に伝わる秘術。トーマは剣を使うけれど、たしかに魔石が必要なこともあるかもしれない。納得して頷くと、岩を掘りこんだ深い穴の奥まった場所から、何名かの女子供が連れ出されてきた。

身重の女性と、離乳食くらいまでの子ども……つまり、彼女らは守られるために洞窟奥に潜んでいたのだ。はじめに出会ったような見えざる巨鬼がいることを思えば、当然の対応だろう。

そうすると、他の集落はどうなのか。

私は意識して青以外の肌をもつ鬼人族に目を向ける。その者達の反応はおおよそ好意的なもので、聞き耳を立てると「ようやく揃った」という言葉が耳に入る。きっとここの結界だけが揃えられなかったのだと安心する。

そうなると今度は結界の色が氏族によって違うのなら他のはどのような色合いなのかと気になってくる。魔法の関わることとなれば全て知りたくなってしまうどうしようもない性分だ、今は躊躇うが帰りになら寄っても良いかもしれない。

しばらくすると族長家からクーラナーガが出てきた。蒼の肌からは顔色の悪さを感知することはできないが、彼女の額には汗が滲み、周囲に発散される魔力量も桁が落ちているように思える。

それでも彼女は力強い足取りで民の前に立つ。歓声が上がる。人が押寄せるおかげで視界は塞がれすぐにクーラナーガが見えなくなるが、人垣はゆっくりと割れていく。族長の歩みに合わせ、私たちに向かって道がひらける。

「助力、感謝する」

そう言った彼女はごく自然に私の前に片膝をつくと、手を取って心臓の位置に抱き寄せた。流麗な動作にはマナーや敬語をしらない者だとは到底思えない、美しさがあった。

手のひらに感じるやわらかさを少し羨ましく思いながらも抵抗せずに解放を待っていると、斜め後ろから「んっんん」とわざとらしい咳払いが聞こえた。見なくともわかる、トーマだ!

クーラナーガはそれをわかっているだろうに気にした風でもなく、最後に指先に口付けてから私を自由の身にした。男の人にされたらどこぞの少女漫画かと思うものだが、女性だとただ美しいとしか思えない自身の語彙が憎たらしい。

そのまま鬼たちの歓声が収まらぬ中、族長が付け足すように言った。

「帰りは護衛を付けさせてくれ。獄を護るようにして無数の隠れ鬼がいるから、行きのように無事でいられるかが心配だ」

それを聞いて、思い浮かぶのは視認できない鬼の存在だった。巨大で、力強く、魔力を持たないパワーファイター。あれとまた闘うことになるとすれば、腕の立つ護衛がいた方が楽だろうかと片隅で考えた。

「ありがとうございます」

返答しながら、思う。

流石にここでその鬼を出して見せるのはナンセンスだろう。鬼型の魔物を神聖視する可能性を考慮して話題に上げなかったが、まさか食べたりしないだろうな、と。

人混みから耳が拾ってしまった「赤鬼は柔らかくて美味しい」という声は聞かなかったことにして、一先ずここで一夜を明かしても良いか聞いてみる。すると彼女とその周囲の鬼人たちは快諾、神殿に一番近い集落までの案内を買って出る者もいるほどだった。

どうやらその集落というのは黒い鬼人の住処らしく、こぞって声を上げる人々を見ればほとんどが彩度の低い灰や薄墨の肌をもつ。むしろ案内だけでなく空き家を貸してくれるという申し出まで!

私はここで青鬼の厚意に預かるか黒鬼たちの申し出を受け入れるかと迷って視線を彷徨わせるが、クーラナーガは薄く微笑んで「鬼が役に立てるなら」と見守る体勢である。

申し訳ないが、ここは先を急ぐとしよう。私は一人の黒鬼と視線を合わせると、笑む。

「では、そちらの方の話をお受けしましょう。案内、よろしくお願いします」

その途端に黒鬼たちは団結して、私が目を合わせた一人を中心に行動を始める。黒鬼たちは神殿に最も近い土地を与えられたが、その理由を訊くと優遇などではないようで、一人がそれを説明する。

「黒や灰の鬼人族は、人間の一般市民よりは筋力があるがそれでも隠れ鬼が現れれば対抗が苦しいんだ」

だからといって劣っているわけではないらしく、

「黒は皆、祈祷士の血筋といわれていて、族長でなくとも祭器で秘術を扱える。俺らは一時的に自身を強化する秘術が使えるから、こっちで他の鬼人にまじって土木作業をしていたんだ」

と先程よりも少し明るい声色で告げる。思わずトーマを見るが、彼は特段驚いたような反応をしていない。こっちは秘術を使える条件がわからなくて混乱しているのに!

黒鬼はそのまま私たちを黒の集落へ案内してくれたが、その間ずっと彼らの紹介と自慢を聞くことになった。祭器を用いた秘術……血魔法は族長が最も秀でているようで、黒の族長は制限が多いものの体感したことのある天気を再現する術が扱えるという情報には驚かされた。

私は僅かに首を傾げる。

部外者に秘術の詳細を教えてくれたことも、魔力がどのように作用して天気を操作するかも、全くわからない。トーマの血魔法はわかりやすく血液と魔力が使われるのに……。


悩みながらも黒鬼たちの集落へ到着した私たちは、すぐに空き家を紹介された。彼らは空き家だと言っていたが、他の民が言うには他集落への出仕を終えた身体強化組へ渡される予定の家……つまり案内してくれた彼らの家だという。

「……ステラ」

『了解』

私はアルステラに指示をして貸してくれる者に()()()()()()()を選ばせる。彼の店で私は女神の短剣や天弓と出会うことができたのだ、トーマもイヴァという相棒を見つけることができたのだから、黒鬼が祭器以外に血魔法の媒体として使用できるものを選別させるのにも不安はない。

影に沈んだまま会話するのは新鮮だが、すぐにステラの気配は失せてしまう。きっと店舗の方へ探しに行ったのだ。

歩くうちに空は茜に染まり、集落へ足を踏み入れてからは黒結界のおかげで薄暗く、すっかり夜の気分。資源や燃料が限られている昨今では鬼人族の就寝は早く、もう夕食も食べ終えている家庭がほとんどだ。

黒鬼は食事を振る舞いたいと言うが、この状況で頼むのは気が引ける。しっかりと断って、渋々といった風に鬼人が空き家から出ると、私たちは食卓と教会でもらった料理を異空間収納から引き出し、いつもより早い夕食を楽しむ。

この調子だと明日には神殿へ進入することになるだろう。分断されない保障はない。私の持っている食料を中心に振る舞うこととしよう。

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