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第127話「鬼の」

 新しい隊列を組んで進み始めてから程なくして、頻繁に何かが通っているような小道に出た。荒れた岩石ばかりの地に現れた比較的平坦で広さも一定である道があるのは、十中八九知能のあるモノが手を加えたからだろう。

 幸いにもその道の利用者とかち合うことなく済んだがその地面に残った足跡はまだ風に消されておらず、あまり大きな音を出すべきでないのは明白だった。

 へたに索敵範囲を広げて存在を知られるのも面倒なので、私はすぐにライライの虫たちを回収させた。小さな蜂とはいえこのような場所には相応しくない生き物だ。辿られてはたまらない。

 蜂たちは索敵よりも見つからないことに重きを置いて飛行可能な限界まで高度を上げていたらしく、真上から一斉に雨が降るようにおりてきた様子には少しばかり肌が粟立つ。彼らはローブの下には入らずに主の周囲を飛び回り、何か報告しているようだった。

「……何かあった?」

 ライライが蜂から視線を外したタイミングで声をかけると、彼は目を細めて考え込むような素振(そぶ)りを見せる。確実に何かはあったが、確信は得られないということか。

 言葉を待っていると、少し遅れて数匹の蜂が降ってきた。するとそれを肩口に侍らせた彼は、まだ信じられないのか迷いを感じさせる声色で語る。

()()()大鬼がいるような場所に……鬼人らしきキャラバンがキャンプしてるのです」

 しかも永住でもする気なのか岩を削った住居まで作りかけだが存在するらしい、と付け加えられたのは、ライライが仲間でなければ虚言だと判断してしまいそうなほど信じ難い内容だった。

 所謂亜人と呼ばれていた種族の差別はなくなる方向へと進んでいる。それなのに、そんな時期に、鬼人族の一団が辺境も辺境、それも強大な魔物の跋扈する荒野に隠れるように住まうなんて。

 そもそも食糧は足りるのだろうかと首を傾げていると、ライライは私の独り言をしっかり拾っていたようで言葉を返した。

「違うのです」

 何が?と反射的に言ってしまったのも仕方ないだろう。そんな私に、彼は半ば頭を抱えるようにして続けた。

「一団じゃない……もっと、もっとです」

 ここはその集団同士が繋がれている経路なのだと、彼は説明した。元々数の多くない種族が一箇所に集まったことは、まだ鬼神の神殿という存在を知っている私たちからすれば合点がいく。

 だが生活が可能なのかと問われれば、私はそこから思考が進まなかった。まだ一団ならば手段があったかもしれない。その規模がそれより大きいのならば、ここに留まろうという選択肢は何故あったのだろうか。

 疑問より得体の知れない戦慄が身体中を駆け巡っていた。ここにいるってことは、強いのでは?それにこのまま進むにしても見つからない保証などない。それならいっそ先に接触したほうがマシだろう。

「私は挨拶だけでもしていくべきだと思うけど」

 提案しつつ仲間の顔色を窺えば、不安そうな色も見え隠れしているものの大半は賛同の意を示した。特にベルなんかは強靭な肉体をもつ鬼人族に襲われれば魔法を放つ前に無力化されてしまうだろうから、特に表情が晴れない。

 アンネは一層近くに寄り、アルトとその上に乗るベルに危害が加わらないようにと簡略化した舞の動作をとる。装飾剣が仄かに光を灯すと彼女の表情は少しだけ和らいだ。

 鬼人たちに警戒されない範囲で私も何かしてあげられることがあるだろうかと思案するが、物理・魔法障壁だと物騒だし魔法以外となると……今は私の肩ら辺で浮遊している黒助が目に入る。

「黒助、ベルのこと守れる?」

 返事の期待はしていないが、訊く。すると当の黒助はというと、ふわふわの体毛(?)を揺らして球体から変化する。

 いや、変化ではない。それはただ口を開けただけだったのだが。

 まるで襲い来る敵対者は喰らってやるとでもいうように奥までびっしりと牙の並んだ口腔内を見せ、何度かはくはくと開いたり閉じたりを繰り返す。それを見た私は頼もしさを感じると共に、今までご飯を与える際に植物性のものを選んでいたが彼は肉食だったのだろうかと首を捻るのだった。

 葉野菜を食べるのがウニの食事風景に似ていたから合っているのだと思っていたが、あの歯は私の知識では肉を食う生き物のモノに見えた。あげたほうがいいのかな?




 ライライによると一番近い鬼人族のキャンプは小道を辿ればすぐだというが、そこに行くとなると少し鬼の獄から離れることになってしまうようだ。それはいただけないので、私たちはもう少し先……鬼の獄の外周に位置する集落を目指すことになった。

 とはいえそこまでは道が整備されているため時間はそうかからないだろう。大きな段差などが取り除かれただけでも随分と楽なもので、無意識のうちに足が早まっていた。それは皆も同じようで、私はそれに気付いてからも口にはせずに歩き続けた。

 そうして進むうちに、簡素な物見櫓(ものみやぐら)のようなものが視界に入る。ということは向こうも私たちの存在を感知したのだ。隠れる様子などは見せずに堂々と、しかし警戒したまま進めば怪しまれることもあるまい。

 すると程なくして道の脇から現れた数人の鬼人は、それぞれ武器を手にしていた。反射的にトーマやアンネが剣の柄に手を掛けると、先方から声がかかった。

「この先に何か用があるのか」

 私はその言葉を聞いてはたと首を傾げ仲間たちの顔を見回した。()()()()()()()殿()()()()()()()()()と純粋に疑問に思うように。

 そして黙ったままでいるのも悪いと思ったので、私は口を開く。

「神殿を目的地としています。この道は整備されているので、神殿への一本道かと思っていたのですが」

 後暗いことなどない。敵対しているわけでもない。敵対されれば抵抗するのみ。私は「何故このような質問を」と付け加えるとわかりやすく警戒心を高め、私の前にトーマ、ライライが出てくる。これでこちらの重要人物はわかっただろう。

 さあ、どう出る?

 隠すことなくハイエルフの特徴を見せている私を注視していた先遣たちだったが、トーマが前に出てきたことで彼の容貌へ視線が集まった。鮮やかな肌に、すらりと伸びた角は誰が説明しなくても鬼人族だとわかるものだ。

 まだ魔剣を抜いてはいないもののいつでも対応出来るように構えていることは、張り詰めた空気からわかる。その後ろで私が魔力でなく神力を視認できるまでに集め高め始めると、最早猶予はないと悟った先遣のひとりが武器を下ろす。

 それが合図となったのだろう、剣や鎚などは次々と地面に下ろされると、初めに警戒体勢を解いた鬼人族の女性がかるく頭を下げた。

「すまない、勘繰った。だが、このような目立つ集団、悪い者ならば()()()()がここへ通すとは思えん」

 その謝辞を聞き届けたのち、すぐに武器を回収した先遣たちは退いていった。残るは代表と思われるひとりのみ。

「私はナーク。警備隊の副長を務めている。我等と同じ純血の鬼人がいるのだ、歓迎しよう」

 青肌のナークが額の中央にある艶やかな一角に触れて深く瞳を閉じると、トーマは同様に自らの角に指を添えて軽く瞼を下ろした。それは鬼人同士の挨拶なのだろう、彼女はその後すぐに普通の挨拶(軽い会釈)をして、先導する。

 彼女の進む先は鬼の獄と岩地の境目。そこを切り拓いてつくられた中規模の集落である。


 そこは存外に賑やかで、長く美しいツノをもつ人々が行き交っていた。様々な血族が集まった結果か肌の色は統一性がなく視界が一気に鮮やかになった。赤い肌といってもトーマのような少しくすんだ赤や彩度の高い肌、橙に近いような色の者もいる。

 そこそこの数が見られる青、白、黄、赤や緑と比べて黒い肌は珍しいのか、視界には一人二人のみ。悪魔に近い色合い故に数が減らされたという歴史は事実なのだろう。

 ライライの報告である程度の様子は聞いていたが、百聞は一見に如かずというように感じるものが違う。まず、遠目からでは間に合わせだと思われたテントも骨組みが確りと組まれており、土台がかなり堅実に造られていることから移動は視野に入れていないことがうかがえた。

 それはこの地に永住するという意志を感じさせ、これからこの場所が発展していく可能性を匂わせる。

「こんなに……」

 思わず出た言葉は、何に対してだったろうか。獣人の村落よりも文明を感じさせ、また規模の大きな住み処。瞳に映る光景は鬼の獄という地名に似合わず、鬼達の楽園だった。

 虐げられてきた者が地位を取り戻し始めたこの時代に彼らが自らつくりだした居場所は、つい最近のものでない。ゆっくり築かれた安寧の地だ。

 鬼人たちの視線は四方八方から私たちを射抜いていたが、それは妖精や夢羊(ドリームシープ)、ハイエルフといった目に新しいものへの興味を多く含んでいて暗い感情はほとんどない。私はそんなやさしい集落……もはや町の規模にまで膨れ上がったその場所の空気を肌で感じると、頭の中で異空間収納内の持ち物を確認する。

 沢山の資材がある。魔法もある。ここに緑を足すことも、悪くない。

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