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第13話「貧乳による貧乳のための訓練」★

 裏の広い庭。それは小規模な庭園を含む、魔の森全体を指して言った言葉だった。そして案内されて広大な森の目前に着いた時、バウは狼耳をぴーんと立たせて足を止めた。

「こっ、ここなのね?」

 少し周囲を警戒するように見渡してから、彼女は言った。私が軽い調子で肯定すると、彼女は尻尾を太ももの間に挟み込んで耳を頭に伏せた。

 どうしてこんな反応をするのだろうと考えても、私には全然わからない。私は仕方なく立ち止まって彼女の傍に寄った。

「どうしたの?ここはダメ?」

 問うと、バウは目を逸らしながら俯きがちに言った。

「セルカちゃんは知らないかもしれないけど、ここは魔の森と呼ばれてるんだね。狩人が立ち入ると生きては帰れないって言われてるのね」

 それを聞いた私は「あぁ、そのことか」と納得し、安堵した。彼女の心配事は方向感覚が狂わされることと強い魔物が多いことなのだろうが、それは私たちエルヘイム一族にはあまり重大なことではないのだ。それもそのはず、幼い頃から森に親しみ暮らしてきたのだから慣れないはずがないし、この森に住まう魔物達にとってエルヘイム家は畏怖を向けるべき対象だった。エルフの血もあるが。

 私が得意気にそのことを語ると、バウは驚きを隠しきれない様子でその話に聞き入った。そして歩き始めた私たちは、ある程度開けた場所……以前訪れてクエイクの犠牲となった広間を目指した。

 私が苦笑いしながらその場所を地図で指し示すと、彼女は何故苦笑いなのかと切り込んだ質問をしてくるが、それを「見ればわかる」と笑って誤魔化す。何だかんだいってバウは身分関係無く話してくれるのでリラックスできて、心地よかった。


 草木生い茂る森に足を踏み入れると、数分も経たぬうちにバウのテンションは最大限にまで高まった。私には価値はわからないが、狩人たちにとっては言葉通り「一攫千金」であるような動植物が至る所にあるというのだ。実際この森には相当経済的に助けられているようなので、納得できる。千変万花もそのうちの一つで、魔力を多く溜め込む性質があって有用だが栽培が極めて難しい。冒険者ギルドも苦労しながら栽培しているそうだ。

 私はバウの前をそこそこの速度で進んだ。木の根や茂み、柔らかな土の地面は歩きにくいだろうが、私もバウも慣れているのでまるで平地を走っているかのように歩みが進む。

「セルカちゃん、流石だね。この速度でも歩きにくいとかって感じていなさそうだね」

 駆け足で進む私に、彼女はとても嬉しそうな声を出して言った。私は頷きながら、地面を蹴る。新しいこのブーツ、底が前の靴より厚くて疲れにくい。見た目だけ豪奢で薄っぺらな靴が二度と履きたくないと思ったほどだ。

 獣道を駆けてどんどんと森の奥深くに入り込んでいく私たちは、そう経たぬうちに広間に到着した。ぐっちゃぐちゃのままで、隆起した地面は森以上に歩きにくい。

「ここなのね?」

「うん」

 私は頷くと、固まっているバウに笑いかける。まだ私がやったとは言っていないが、どうやら自ら答えに辿りついたらしい。でも楽しそうに尻尾を振っている様子からするとあまり気に病む必要もなさそうだ。私はそう結論を出すと口を開いた。

「ここは魔法の練習と実験に使った結果こうなっちゃった。獣人は魔法は苦手だけど魔力を感知する能力には長けているらしいし、もうわかってるのかな?」

 そう告げた私はちらりとバウの表情を覗き込む。彼女は何も言わなかったが先程よりも尻尾を勢いよく振り目はキラキラと輝いていたので、どうやら興味を持たれたようだった。

 バウは走り出すと一際大きく盛り上がり小山のようになった場所に登り、それからその向こう側を見渡した。向こう側も私の魔法でギタギタになっている光景が広がっているので、それを見た彼女は千切れそうなほどに尻尾を振った。

「セルカちゃん凄いね!ここだと楽しく訓練できそうだね!将来性を考えたら次は魔法職がいいよね……うん……その場合は……」

 彼女はにっこりと笑いながら私に話しかけた。しかしすぐに彼女の言葉は独り言に変化し、私の今後を想像しているようだ。何だろう、独り言が多いタイプなのだろうか。

 長く続きそうな彼女のトリップが終わるのをじっと待っている私は、彼女から目を離して周囲の様子を確認した。結界は以前と変わらない状態で保たれていて、ドーム状にこの一帯を覆っていた。しばらく黙っていると、私のすぐ近くに物が落ちる音がする。反射的に身構えながら振り向けば、そこには木製の矢が沢山入った矢筒があった。

 拾いながらバウを見上げれば、彼女は楽しそうに笑いながら「弓も渡しておくね」と言いながら木製の簡素な弓を投げて寄越した。私は一応キャッチするが、その弓を地面に置いて飾り弓を取り出した。バウから訝しげな表情を向けられる。

 しかしすぐに切り替えたバウは、ニタニタと笑いながら腰から短剣を抜いた。これだけ見れば盗賊みたいだ。そう思うが口にしないように気をつけつつ、私は彼女の指示を待った。そんなときに彼女は短剣を持った右腕を真っ直ぐ横に伸ばして言う。

「ほら、ボクが持ってるこの短剣の刀身を狙ってね。できるよね?」

 意地の悪い笑みを浮かべた彼女を見て、私はため息混じりに「スパルタだなぁ」と呟いた。得意といってもまだ慣れていないので、流石に当てるのは無理だろうと苦笑いをする。それでも私は飾り弓を構えた。

 バウは私の持つ弓を見て、目を細めた。以前の私と同じように見えないほど細い弦が張ってあるのかと予想したからだろうが、生憎この弓に弦は無い。私は矢筒から出した木の矢の先をバウに向けて、それから魔力を込める。距離があるから、強化しないともたない可能性があるからだ。

 私は一発目は動作の確認だけでいいかと思い、運良く掠ればいいなと思いながら矢を放った。自由になった矢はひゅんと空気を切り裂く音をさせながら飛翔した。そしてバウの肘の少し上辺りを通過した。

 彼女の表情を見れば、やはり威力に驚いているようで目を見開いていた。私はというと、弓の性能が問題なく発揮されたことに心底安堵していた。何気に一人で使うのは初めてだったのだ。

「もう一度やるよ」

 私は再び矢を放った。今度のは割と真面目に狙った。これで当たれば儲けもんだなぁ。そう思って放った矢は、見事にナイフに直撃して、何故か燃え上がる。私が目を疑っているとバウが小山から下りてきて小さく拍手をした。

「最初でそれなら上出来だね。才能があるね!」

「ありがとう!」

 褒められるのは嬉しいことで、私は満面の笑みを浮かべた。バウも何故かとても嬉しそうに破顔していて、私はもっと嬉しくなる。彼女は素直そうな性格なので嘘だとも思えず、それからは暫く笑顔のままで訓練が続いた。構え方の細かな修正や普通の弓を引く練習、動く的に当てる練習を終えた後は、ひたすら矢を射る。反復して、慣れさせるのだ。

 私はまだ力があまり強くないので、普通の弓だと少し狙いが逸れたり引きが足りなかったりと問題があったが、飾り弓のおかげで構えは様になっていた。ついでに飾り弓は込める魔力が大きいほどに威力が増すことと見えない弦の役割を果たしている“何か”の性質が変わり、強い弦を引いている感覚に近付くことがわかった。

 バウは弓の不思議な性能を見て迷宮産の武器だとは予想したようだが、私が値段を言うと目を真ん丸くして驚いた。

「迷宮産の高性能な武器なのに、たったの銅貨四枚で売ってくれたのね!?……セルカちゃんにしか使えないとはいえ、それはね。頭を疑うね」

 物凄く不満そうな表情で、彼女は唸り声をあげた。魔物由来の素材を売って生計を立てている彼女の記憶には、若さゆえに舐められて買い叩かれるという経験は苦い思い出として残っていた。そして彼女は続く言葉を聞いて固まった。

「えぇと、確か、一度無料であげる的な内容の事を言われかけたんだよ……生きていけてるのか心配」

 銅貨四枚ですらスラムの子供が稼ぐ金額に負けているというのに、無料。それを聞いたバウは言葉を呑み込んだのちにふらりとよろけてみせた。

 その様子を見てくすりと笑った私は、話を切り上げる。これ以上話すことはなかったし、できるだけ早く次の……短剣の訓練を始めたかった。何よりバウの持っている短剣が気になっていた。


 気を取り直して訓練再開。

 私はバウから受け取った何の変哲もない鉄の短剣を地面に突き立てて、自分の短剣を手に取っていた。鞘からは容易に抜くことが出来たので取り敢えず魔力を込めてからバウに対峙した。

 彼女の手には私に渡したものと同じ短剣が握られていて、あの不思議な短剣は使わないのかと落胆する。しかしそれを表情に出すことなく、私はじっと彼女を見つめた。

「じゃあまず、ボクを殺すつもり……くらいでかかってきてね」


挿絵(By みてみん)


 何故か妖艶な笑みを浮かべて告げる彼女に、私は初級魔法のゲイルを用いて追い風を作り出し、半ば飛ぶようにして突撃した。流石にそこまでは予想していなかったようで、彼女は感心したように何度か頷きながら攻撃を受け流した。

 何も言及されていないので魔法主体にならなければ良いのだろうと判断して、私は唯一覚えている各属性の初級魔法を応用して使いながら短剣を振った。バウはそれらを受け流したり短剣で防御したり、ダメージを受けていない様子。

 私は素直に「凄いなぁ」と思いながら、突きを放つ。魔力を身体に循環させると身体が軽くなり、楽しくてついつい止められなくなってしまう。普段は込めないで、ここぞというタイミングで速度を上げて攻撃するとバウの表情に一瞬の焦りが浮かぶのを見て私は思った。

 しかし魔力を巡らせたことがバレたのか、今回の突きは容易に防がれ、そのまま手首を掴まれて動けなくなる。感知能力が高いということが改めて感じられた。

「降参〜」

 にへっと笑いながら短剣を手から放せば、バウは「うん」と頷いて手を離してくれた。ちょっと握力強すぎて痛かったので、すぐに離してもらえて助かった。ふぅと息を吐いて力を抜く私に、彼女は耳をピンと立てて私の頭を撫でた。

「魔法の使い方がえげつなくていいね〜!対人戦で凄く強そうだね!ボクが短剣を初めて持った時なんか、かっこ悪い構えしてたのに……セルカちゃんはかっこよかったね」

 驚く私に賞賛の声がかかる。何だか物凄く眠くなる。いけない、これはダメだ。

 私は眠気を振り払おうとするが、バウは優しい手つきで撫で続け、まぶたが重くなっていく。私はそこでハッとして、「むぅ!」と声を出しながら頭を振った。バウの手が離れ少し名残惜しく感じるが、まだ訓練は終わっていないしここは自然豊かな森の中。魔物は怖くないとはいえ、もし蚊みたいな虫がいたらどうする!

 見上げると、バウも少し名残惜しそうにしていた。それでも彼女は自分の仕事を全うするために私の指導を再開した。相変わらずスパルタな彼女の指示は難易度も高く終わる頃には疲弊し切っていたが、とても気持ちのいい「疲労」だった。


「さ、帰ろうね」

「うん!」

 私は返事をしながらバウに手のひらを差し出した。

 一瞬迷いを見せた後に彼女の手のひらが私の手のひらに重なって、体温が伝わってくる。帰りは行きのように急ぐこともなく、私とバウは談笑しながら家に帰った。

 バウは、今日から住み込みで指南役として務めてくれる。優しくて貧乳仲間なので、もちろん大歓迎。

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