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第126話「ギルドマスターは思考に沈む」

 その日はやけに静かで、朝から魔物の目撃情報が激減しており何か虫の知らせではないかと邪推していたのだが、結局特に問題が起こることもなく宵が訪れようとしていた。

 魔法の使えない拳闘士としては珍しく冒険者ギルドの支部長を任されているアームは、こういう不安に包まれた時間を過ごすときには決まって銀髪の少女たちのことを思い出す。

 今頃彼女達がどうしているかは、知り得ない。剣舞を得意とする少女も、数え切れないほどの虫を操る少年も、どのような成長を遂げているのか……考えれば考えるほど、気分は高揚し不安も押しのけるようにして思考から追い出してくれる。

 そのまま書類の整理を進めた彼はようやくいつも通りの自分自身を取り戻した頃に本日最後の署名を終えて、執務を完了した。

 ちょうどその時、声をかける機会を待っていたかのように付き人が戸を開けて執務室に現れた。正しく礼儀作法科を卒業した彼女には珍しく瞳に動揺が浮かんでおり、アームは何やら面倒なことが起こりそうだと心の内に溜息を残した。

「アーム支部長、高位ではありませんが要地を任されている貴族の御子息が面会を望んでいらっしゃいます」

 その言葉の意味を飲み込んだとき自分はどんな表情をしていたのか、アームにはわからなかった。


 執務室に積み上げられた重要書類をしっかりと分けて目の届かないような場所に移した後、もてなしは要らないという言葉に甘えて御子息をを迎え入れる。何やらお忍びのようで、彼は深い飴色のフードで顔や髪を隠していた。

 自らの能力に自信があるのか護衛の一人も伴わずに現れた彼は、若々しさを感じさせる覇気のある声を出す。

「貴方なら、俺の姿を見れば話が通じそうだ」

 そう告げてフードどころか身なりを隠していたローブごと身を隠すものを取り払うと、そこにはいつかの少女の面影のある銀髪と人に近いものの長く先の尖った耳、加えて首から下げられているギルドカードはランクAだということを示し、その腰には細身の剣。

「俺の妹がここを通ったはずだ。彼女の噂が社交界に出回っているおかげで、未だ貴族位を持たない彼女を囲い込もうとする者が現れた」

 そこまで聞くと、納得する。本人もその周囲の人物も才能を持ち、将来的にも有望であろうことはうかがえる。特に女子となれば、妻に置いて魔力を残させるという手段もあるのだから。

 しかし彼女も貴族の一員なら、何かしら後ろ盾があるのではないか。そう考えたのを見透かしたように、男は薄ら笑んだ。

「実家は騎士爵で彼女自身を護る権力はほとんど無い」

 差し出されたギルドカードには確かに騎士爵位の出だと記されており、その原則一代限りとされる地位は後ろ盾という意味ではまるで意味を成さないだろう。そしてここに彼が……魔剣士スラントが現れたのは、それと関係がありそうだ。

 スラントが、アームの表情がこわばったのを見逃すはずがなかった。

「彼女を知っていて、彼女を利用しようと企てておらず、またこの国の外にも権威が届く者に、セルカの後ろ盾となってほしい」

 そのまま畳み掛ける様は、逃げ場を塞ぐ悪魔だ。アームの人の良い部分を刺激し、気持ちをひとつの方向に向かわせる。

「教会が今のところは守ってくれているが、その教会も彼女のことを神に近しい者として見ている。この国や本部の者は腐敗していないが、他はどうだ?」

 その情報はアームの知るところであるが、邪推し過ぎてはならぬと思考に蓋をしていた。

「クォーターエルフがどうやってハイエルフになれたのか、だとか……銀の氏族はどう対応するか」

 目の前の男スラントが兄なら、確かにセルカは純血種ではなかったはずで、森の民に高位とされ敬われる立場、つまりハイエルフとなる筈はない。可能性は、限りなく無に近い。

「数名、わる〜い(セルカの情報を探る)エルフも見つかっている」

 そこまでスラントが口にした頃には、青白く顔色を転じさせた大男は硬い表情で視線を床に固定していた。アームは何を言うべきか迷うまま、それでも迷う余地のない状況だと強く感じ、顔を上げる。

 彼がスラントに視線を向けると、相手の視線もこちらに向いていた。どちらからでもなく交わされた握手は、それぞれの思惑が、目的が合致していることを確かめ合うように、長く力強いものだった。




 書類に署名を終えたアームは、去っていく銀の残滓を手のひらに求めた。その手に残る痺れが、スラントと、そしてその妹との繋がりをじんわりと心に刻んだ。

 無意識に反対の手をカップに伸ばせば持ち上げた陶器は存外に軽く、中身がカラであるとわかる。

「お茶を用意いたします」

 いつの間にか後ろに控えていた付き人がカップに触れるか触れないかというところで、アームはそれを止めた。

「……他の飲み物がよろしいですか」

 訝しむような視線を掻い潜るように椅子の背もたれに寄りかかると、その動作をバネにして勢い良く立ち上がる。その太く骨張った指がカップを持ち上げると、そのままそれを持って廊下に出た。

「な、何を」

 アームは動揺を隠せない付き人を見てほんのりと笑みを浮かべると、また背を向ける。そして振り返らずに言った。

「久し振りに淹れてみますよ」

 給湯室は彼には酷く狭く感じられたが、それよりも出来上がった渋い茶が印象強く残った。それでもさっきのやりとりよりは甘く思えて、笑みは苦くなるばかりだった。

短く、また流れを途切らせるような内容ですが、本編です。

セルカたち幼女守護団の冒険者ランク昇格試験をおこなったアーム支部長が、セルカの正式な後ろ盾となりました。

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